第二十七話 自覚
1
「それ見たことですか、熱意ある若者には挑戦させてみればよいのです」
戻ってきた二人にミーシャをドリスタスに預けることを話すと、レディエールが鼻を鳴らして頷いた。
「ちょ、ちょっとお! アニス、そこは止めるところじゃなかったの!?
明らかに戦いには向いてないわよこの子!」
「うーん、でもまだミーシャさんお若いですし。レディさんのような戦士になれるかどうかは置いておいても、素質を見てもらえるならそれが一番かなって。
言われるなら自分に何ができるのか確かめてもらってからの方がミーシャさんも納得できるでしょうし」
「それはまあ……そうだけど」
フォリントはいまいち納得しきれていない様子で腕を組み、頬をぶすぶす膨らませた。
メイドとしての勤務経験があるなら、なにも危険な冒険者など志さずとも引く手は数多だろうに。
器量も良し、下手を打って顔に傷でもつけたらもったいないことになるではないか。 そうミーシャを案じているのだ。
「心配する気持ちは分かりますが、やりたいことを頭ごなしに否定されるのは辛いものです。
あなたにも思い当たる節はあるんじゃないですか」
「そりゃあるわよ。あるけど……うーっ、べっつにいいじゃないっ、一人くらい止める役がいたって!
皆してそっち側ついちゃって、もー!」
この言にドリスタスは少々の驚きと共に気付かされた。
フォリントの言う通り、肯定派に意見が傾きすぎているきらいがある。
本来こういうものは肯定側と否定側で半分に分かれた上で、本人がどうするか決めるべきなのだ。
現状だと単に意見の多い側に流されてしまっている感があり、完全に健全であるとは断言できない。
僕もまだまだ、か。
肩を竦め、自嘲気に息を一つ吐く。今から否定側に回ることはできない。
ならば、無責任に肯定したわけではないと伝える必要がある。
「フォリント嬢のいう事もよくわかるよ。
安心してほしい、僕が責任をもって監督するから。
冒険者に向いてないと思ったら、別の仕事も斡旋する。
冒険者になるまでは怪我一つさせないと約束しよう」
そこまで言って、ようやくフォリントは――渋々と言った様子ではあるが――納得し、しょうがないわねぇと一言零した。
2
ミーシャをドリスタスに任せ、改めて防具屋で装備を新調した。
特にレディエールは今までの革鎧から鋼鉄を多く使ったものに変え、より騎士らしいいで立ちになった。
盾もところどころ木材が使われたものからすべて鋼鉄製の重盾に変えたため、重厚感が随分と増した。
そんなに重そうな装備でこれまで通り動けるのか疑問に思ったアニスだが、着込んでなお平然とした様子のレディエールを見て感心半分呆れ半分といった心地で息をついた。
フルプレートメイルでもレディエールなら万全に動けるだろう。そんな確信を抱いた瞬間であった。
また、フォリントも岩鹿の革鎧から鷲獅子の革鎧に変え、アニスは防御力を高める魔術が施されたチュニックを購入した。
あとはこまごまとした消耗品を買い込んで、出立の準備を整える。
もはや慌てて出る必要もなかったが、そもそもモルデオシに長居するつもりはなかったのだ。
翌朝、発つことになった。
「四日も経ってないけど、なんだか随分長いこと居た気がするわねえ。
もー当分こういうへんてこな依頼はごめんね。次は冒険者らしい分かりやすいのがいいわ」
フォリントの愚痴に二人とも大いに頷く。当分と言うより二度と受けたくない。
補給してなお路銀は十分に余っているため、新たな依頼は受けずに先を急ぐことにした。
当初の予定ではフルストイで補給する算段であったが、それも精々食料を買い足す程度で済むだろう。
「とは言えずっとなにもしないと腕がなまってしまいます。
フルストイに着いたらなにか依頼を請けましょう。
フルストイの次はオンドルマールですが、大分離れていますしね。
道中の村々でこまごまとした依頼も請けましょう。
案外、そういうところの方が情報があるかもしれませんし」
情報? とフォリントが首を傾げるとレディエールが白い目を向ける。
「あなた、自分が何のために冒険しているのか忘れてしまったのですか。
なにやら伝説の弓を探しているのでしょう、そろそろ聞き出しを始めてもいいぐらいには移動してきたでしょうに」
「わ、忘れてなんかないわよ!
ただこの辺はおじいちゃんも旅してただろうし、ちょっと油断しただけ!」
はあ、と呆れた様子で息を吐くレディエールにアニスが苦笑いをこぼす。
「あ、あとドリスタスさんも言っていた新しい仲間も探さなきゃですね。 魔術師なんて、中々いないと思いますけど……」
「並の程度扱える者だったり一任務に付き合う者ならいくらでもいるでしょうが、魔術に精通しており長旅にも付き合える者というとかなり限られますよね。
その上女性でなくてはならないので、余ほどのことがない限り見つからないかと……」
「そうねえ。グランフェティに行くってなら最低でも大学は出ていて欲しいわね。
野良魔術師じゃ魔族相手には荷が重すぎるわ。
しかも女かあ。うーん、魔界に入るまでに見つかるのかしら……」
頭を捻る二人に、アニスがおずおずと小さく手を上げる。
「あの、女の人じゃないといけないってことは……」
「いけません!」「だめよ!」
レディエールとフォリントの声がピッタリ同じタイミングで重なった。
「女三人に男一人、そんなの男が増長するに決まっています!
私やフォリントならいくらでもあしらえますが、アニス様を狙うような不届き者だった場合は、わっ、私、殺してしまうかもしれません!」
「そーよアニス、これは男のためでもあるの。
このアニス狂いを見てごらんなさい。ほら、手が震えてる。想像しただけでキレすぎてこうなってんのよ。
あんたが思ってる以上にこの女、ヤバいわよ。知ってる? ドリスタスとあんたが話してる時、レディエールの目めーっちゃ血走ってたのよ。
あたし自身が今はあんまり男と旅したくないってのもあるけど、それとは別に、このパーティで男は生きていけないと思うわ」
「アニス様に悪い虫をつけまいとしているだけです。誤解を招く言い方はやめてください」
アニスはため息をついた。深く、それは深くついた。
普段は凛々しく恰好良いレディエールが、自分のせいで変になってしまうのがとても悲しくもあった。
「……レディさん、しばらく添い寝禁止です」
「なっ、何故ーっ!?」
「じゃああたしがもらおーっと、いいわよね、アニス?」
「はい、宜しくお願いしますフォリントさん……」
「うっ、嘘だーっ!!」
その日の夜は、アニス、フォリント、レディエールの並びで眠ることになった。
アニスの抱き心地は実によかったが、後ろから呪詛のような嗚咽が聞こえ続けるのが最悪だったと、翌朝フォリントがげっそりとした様子で語った。
3
馬車に荷物を積み込み、協会でドリスタスに別れを告げた後モルデオンを発った。
ミーシャは残念ながら準備で忙しいらしく、会うことができなかった。
「お別れぐらい言いたかったですね」
「まあ、なんだかんだまた会える気がするしいいんじゃない?
それにこの状態のレディエールを見せるのはたぶんよくないと思うし」
カルドイークを駆るレディエールの背にいつもの闊達さはなく、意気消沈と肩を落としあからさまに落ち込んでいた。
時折後ろを振り返っては物欲しげな視線をアニスに寄こすが、アニスはその度に人差し指を斜めに交差させ、頭を横にふるると振った。
「……その、慕っていただいているのは勿論嬉しいんですけど、流石に最近度を超えているというか……怖いなって思うときが多いので。
護ってもらっている身分で言う事じゃないかもしれないですけど、少し頭を冷やしていただければなって……」
「うんうん、アニスもようやく主人っぷりが板についてきたわね。こういう忠犬タイプはね、甘やかしちゃ駄目なのよ。
適切な距離感、それでいてご褒美を上げる時はしっかりと。欲しがるだけあげてたらそれこそ増長するだけなんだから」
もはやフォリントを怒る気にもなれない。
口の減らない女だと最初は憤っていたが、夜通し自分の行いを振り返ったところ、確かに言われても仕方ないシーンがいくつかあったことは否めなかったからだ。
あくまで騎士として主人を慕う心があるが故、と思っていたが、だとすれば添い寝で一喜一憂するのはおかしな話である。
最初はベッドが一つしかなかったから已む無く、というのが理由だったが、今や添い寝をすること自体が目的になっている。
自分は、アニス様に主人以上の想いを抱いている……?
ひとたびそう考えてしまうと、今までの行為や感情すべてに遡及し、顔面が燃えるように熱くなった。
「う……」
この気持ちを、認めるわけにはいかない。
こんな感情は、間違っている。
自分は女で、アニスも女。種族も違う上、アニスはまだエルフとしては子供の範疇である。
だって、騎士として、主人としてという立場でないのであれば。
私がただのロリコンということになるではないかっ!
「うぐ~~~ぅ……」
恥ずかしい。ただただ、恥ずかしい。思えばかつて猫可愛がりしていた従妹のシャルティレーゼも、愛らしい美少女であった。
ロリコンの上に面食い! 胸の奥から奇妙な声が漏れ出るのを止められない。脂汗が止まらない。
己が醜悪な性癖を騎士道と言う耳心地の良いお題目で隠していたことに気付いてしまった。
自分の中の理想の騎士が、侮蔑の目を投げかけているのをはっきりと感じる。
わざわざ祖国を抜け出してやることが、少女をかどわかすこととは。
父上が騎士になることを認めて下さらなかったのは、きっと私のこの醜い内側を見透かしていたからだ。
それを女だから認めてくれぬなどと騒ぎ立てて。勝手に抜け出して。
鳴呼、こんなことならあの時、助けてなどもらわぬ方が――
「はい、ストップ、ストーップ!
あんた顔色どんどんヤバくなってるから! 絶対ロクでもないこと考えてるでしょ!
そんな思いつめるようなことじゃないから、一回おちつこ? ね?」
「うう……ふぉ、フォリントォ……」
うわ、とはこちらを振り向いたレディエールの顔を見た第一の感想である。
勇壮で整った顔立ちはすっかりぐずぐずに崩れており、なんとも情けない面を晒していた。
年上のこういう顔見るのキツいわー……。
一先ず街道脇に馬車を止めさせて、レディエールとフォリントだけで木陰に腰を下ろした。
アニスが心配そうな目をこちらに投げかけるが、大丈夫と首肯で伝えた。
「それで? どうしたのよあんたらしくもない。
言っとくけどアニス分が足りなくて落ち込んでるだけとか言ったらグーで行くかんね」
「い、いえ、そういうわけではなく……」
恐る恐ると言った様子でアニスに対して不埒な感情を抱いていたことを吐き出していった。
言うのは大変恐ろしかったし、言葉にすることで余計に自覚させられて苦しくもなったが、反面毒が抜けていくような心地にもなった。
フォリントは、時折を相槌を打ちながら腕組をして聞いている。
特に口を挟むことはなく、こういう面もあるのだな、と話しながらレディエールはどこか感心した。
「……なるほどね。まあ、大体合ってるんじゃない? ロリコンの面食い。あたしもそれはそうだと思う。
あんたアニスを見る目だけ明らかに違うしね。
……でもまあ、アニスなら別にいいんじゃないかなとも思うけど」
「はい?」
レディエールは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
もっと気持ち悪いだとか罵倒されるとばかり思っていたため、まさか肯定されるとは夢にも思っていなかったのだ。
「だってアニス、ああ見えてあたしたちより年上だしね。エルフとしては確かにまだ子供かもしれないけど、法に反してるわけじゃないと思うわ。
勿論アニスの気持ちは大事なのは大前提として……今回問題になってるのはその過保護さなわけだし。
好きなこと自体は悪いことじゃないでしょ。それに、ロリコンとかそういうの取っ払って考えると、愛する人を守るってよっぽど騎士らしくない?」
黒く鬱々とした霊が、ぱっさりと切払われていくようであった。
「その気持ちを否定するよりも、認めちゃってこれからどうするかを考えた方がずっと建設的だと思うけど。
それとも、もう騎士としてはやっていけない?
アニスとの約束もほっぽってどっか行っちゃう?」
「……はは、そっちの方がよっぽど騎士道精神に反していますね」
確かに性癖と言うのはあるかもしれない。しかし、それがなんだというのだ。
人が人を慕う気持ちに良いも悪いもない。気持ち自体に罪はないのだ。
大事なのは、その気持ちとどう向き合っていくか。そして、どう行動していくかだ。
「ありがとうございます、フォリント。おかげで目が覚めました。
大分迷走していたようです、迷惑をかけました」
「あたしだけじゃなくてアニスにもちゃんと謝りなさいよ。 一番気を揉んでるのはあの子なんだから。
で? 結局あんたはどういう騎士になりたいの」
騎士になる。そんな目標は常にあった。
始めは国の正騎士に、今ではアニスの騎士に。
しかし、所属を考えはしてもどのような騎士であろうとしているのかまでは、考えが及んでいなかった。
おとぎ話に出てくる、勇壮な騎士。そんな存在がただ漠然と頭の中に居座っているばかりであったのだ。
「それは……まだ、わかりません。
自分がどういう騎士になりたいのか。どう、アニス様と接していけばいいのか。
それはこの旅で見つけたいと思います」
「ふうん……ま、いんじゃない?
すぐ出るような答えじゃないもんね。がんばってちょーだい。
んじゃあたし先に戻ってるから。あの子には慰めといたって言っとくから、変に意識しながら戻ってくんじゃないわよ」
「わかりました。……少し、間をおいて戻ります」
ん、と力の抜けたような返事を一つして、フォリントが馬車に戻っていく。
その背が、なぜだか随分大きく見えた。
姉、か。
確かにそう呼びたくなるのも少し分かる気がするな。
やや時間をおいて、レディエールは馬車に戻った。
心配かけてごめんなさい、もう、大丈夫です、と明るく笑ったのを見て、アニスはほっと胸をなでおろした。




