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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第十九話 グランドマスターの指令



「やァお嬢さん達、また逢ったね。

 よくよく女神フィルスターシアは僕らに微笑んでくれているみたいだ」


「何を言いますか。ここで待ち伏せていたのでしょうに」


 警戒心むき出しの声でレディエールが威嚇するのを、ドリスタスは肩を一つ竦める程度で流してみせた。


「ま、事情があってね。そう身構えないでくれよ、僕は敵じゃない。

 君たちにとっても大事な話があるんだ。ちょっと時間を貰えないかな」


 この通り武器も持っちゃいないだろう、と両手を上げて見せる。確かに武器どころか楽器の一つも持っていないようである。

 三人はお互い顔を見合わせて、どうするか目線だけで相談した。

 フォリントがまず一つ頷き、合わせるようにアニスが二度頷いたため、レディエールはため息混じりに振り返った。


「……いいでしょう、どうすればいいのですか?」


「助かるよ。近くに小屋がある、そこで話そう」


 馬車に乗ってもいいか聞かれたがこれは固辞し、先導を任じた。

 信頼されてないなァと泣き言を言いながら進む先に、こじんまりとした襤褸小屋がぽつんと佇んでいた。

 一応罠ではないかレディエールが先に入って確かめると、中は物置のようで、農具などが雑然としまわれていた。

 四人で話し合うにしては手狭すぎるし、埃っぽくてとてもじゃないがアニスを入れる気にはなれなかった。


「ドリスタス、本当にここで話し合うのですか?

 これなら外で話し合ったほうがマシな気がしますが」


「一応、機密事項を扱うもんでね。

 安心してくれ、此処は入り口だから」


 入り口? と復唱する間もなくドリスタスは小屋に置いてあった古箒を手に取り、持ち手側の先端で戸を二度叩いて、ルーモア(開け)と唱えた。

 すると古びた戸が下からまるで侵食されるように高級感のある扉に様変わりしていき、独りでに開くではないか。

 扉の奥に見える光景は納屋が如き埃っぽい空間ではなく、誂えの良い調度品が並べられた品の良い部屋である。

 一行が唖然としていると、してやったりといった笑みを浮かべたドリスタスが、恭しく頭を下げた。


「申し遅れた。

 僕はここ、ホルブリス王国に於ける冒険者協会(バステア)総管理人(グランドマスター)、ドリスタス・カーマインと言う。

 以後お見知り置きを」





「全く、人が悪いですよグランドマスター。

 最初からそう仰っていただけたのなら気を張ったりしませんでしたのに」


 ドリスタスの名乗りに大いに驚いた三人は、勿論その身分を疑ったが、グランドマスターの証明となる十二星の勲章を見せられては納得せざるを得なかった。

 そして協会に所属する冒険者である以上、グランドマスターの召喚には応える義務がある。

 扉の奥は、彼の執務室であった。つまり王都ホルブリスまで飛んだのだ。

 残念ながら目的地としているグランフェティからは遠ざかってしまうが、カルドイークでもってして一月はかかるであろう距離である。

 部屋に招かれた三人はソファに腰掛け、出された茶を啜った。

 この茶がまた今までに飲んだことがないほど美味であったのだが、状況が状況だけに味わう余裕がない。


「敵を欺くにはまず味方からってね。

 僕は重大な問題に関するヒントは放浪から得るようにしているんだ。

 住民や冒険者達の噂話は玉石混交だが、此処で座っていては得られない生の情報でもあるからね。

 そういう時、この肩書はちと邪魔なのさ」


「まさか、最初っからあたしたちを狙って……」


「いやいやいや、君たちを知ったのは本当に偶然さ。

 女の子三人だけのパーティなんて面白……じゃなくて、何かあると思うのはそう変なことじゃあないだろう。

 案の定、君たちは想像以上の働きをしたわけだしね」


 想像以上の働き? とアニスが首を傾げると、


「蜘蛛の女王ウーラスーラ。

 あれはランクで考えると君たちでは到底対処できない問題だった。

 ところが見事に交渉を成功させてみせた。アニス嬢、君は素晴らしい能力を持っているね」


 などと言うので、レディエールが不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「つまり、見ていたわけですね。

 それもあれだけ驚異的な存在がいると知って、手助けもせずに」


「ああ、そうなる。

 僕の立場としては、ウーラスーラがどういう奴なのかを見極めなくてはならなかったからね。

 このどういう奴なのか、っていうのは勿論強さも含まれている。

 どういう技を使うのか、魔術寄りなのか魔法寄りなのか、とかもね。

 場合によってはオリジナルランクの冒険者を派遣する必要すらあった。

 君たちには悪いと思っているけど、グランドマスターとしての職務上ああするしかなかったんだ。

 本当に申し訳ない。

 今更信じてもらえないかもしれないけど、本当に危なくなったら手を出すつもりだったよ。僕なりの方法で、だけどね。

 君たちはあそこで失うには惜しい人材だからね」


 そう言いながらドリスタスは引き出しから小箱を取り出し、三人の前に置いた。

 協会の紋章が入った革張りの小箱は、如何にも大事なものをしまっていると分かる造りである。


「これは?」


「お詫びにってわけじゃないけど、君たちの実力は十分それをつけるに値すると思って。

 特にアニス嬢、君が革級なんてなにかの冗談だろう?

 僕の権限で、レディエール嬢とフォリント嬢は銀級に、アニス嬢は銅級に上げておいた。

 本当はアニス嬢にも銀をあげたかったんだけど。流石に早すぎて周りから何か言われかねないからね」


 中身を確認すると、それぞれ銀と銅の冒険者タグが入っていた。

 確かにこれは詫びで送るような品ではない。

 実力に見合わぬ称号など重荷でしかないのだ。


「お詫びなんて、大丈夫です。

 ドリスタスさんの考えはわかりますし、こうして今無事に話せているんですから。

 昇級、ありがとうございます。謹んでお預かりします」


「いやァ、本当になんて出来たお嬢さんなんだろう。

 もしこの先王国領で困ったことがあれば力を貸すから、遠慮なく頼ってね」


 レディエールとしてはもう二、三お小言を言ってやりたかったが、アニスが赦した以上何か言うわけにもいかず、黙っておくことにした。


「それで、用ってのはこれなの?

 あんな真面目な顔して立ってるからなにか不味いことでも起きてるんじゃないかって思ってたんだけど」


「いや、本題はここからだし、不味いことも起きているんだ。

 単刀直入に言おう。アニス嬢、今君は何処かの国の姫ということになっているよ」


  ……ん?


 しばし静寂が訪れた。

 時の魔女でも来訪したのかと思うほど空気が静止した部屋で、ドリスタスだけが気の毒そうに茶を啜っている。

 静寂を破ったのは、レディエールである。


「アニス様、やはりそうだったのですか!?」


「違いますよぉ!?」


 これにはドリスタスもフォリントも吹き出すのを我慢できず、二人して大笑いを上げた。


「いやーハッハッハ、いい。君たち最高。本当にお似合いの主従だよ。

 それはさておき、レディエール嬢が"やはり"と言うように、君はそもそも"それっぽい"んだよ。

 それに加えて、覚えているかな? ある酒場で下世話な冒険者を言葉巧みに制しただろう。

 あれが不味かったみたいでね」


 フォリントが勢いよく机を叩く。先程まで笑っていた表情が巌として険しくなり、今にも飛びかかっていきそうな勢いである。

 忘れるはずがない。フォリントにとっては相当な因縁を持つ男だ。


「ロゴスッ! 奴がなにかしたの!?」


「落ち着いてくれよ。見給え、アニス嬢なんてびっくりしてお茶を零してしまったじゃないか。

 ……あの男はああ見えて顔が広くてね。

 アニス嬢について、お忍びの貴族が冒険者やってるなんて言いふらしたのさ。

 その話が広まるにつれてどんどん尾ひれがついて、今では君たちは一国のお姫様とその護衛ってわけ」


 ぎり、と悔しそうに唇を噛み締めてから、フォリントは項垂れた。


「ごめんなさい、アニス……また迷惑かけちゃったみたい……」


「そんな、フォリントさんが謝ることじゃないですよ! 顔を上げて下さい……!

 それで、ドリスタスさん。そうだとして、不味いというのはどういう具合に不味いんですか?」


「ああ。君たちが今目指しているモルデオンでもこの話が広まっていてね。

 しかも、どうやら領主の耳にも入っているらしいんだ」


 モルデオン現領主、バゲニーゼ・モルデオンは大の浪費家で有名である。

 血税を使い込んで酒池肉林の毎日を送っており、その煽りを受け領民が苦しい生活を強いられている。


「それも何がどう伝わってか、絶世の美姫がモルデオンへお忍びで遊びに行くために冒険者を装っている、なんて話になって歓待の準備を進めているようなんだよね」


  絶世の美姫?

  誰が?

  わたし?

  ……なんで!?


 さーっと意識が遠のいていく。ちょっと物語の真似をしただけで、なぜこうなるのか?

 噂話というものの恐ろしさを直に感じてアニスはソファに腰掛けながら、ずるっと体勢を崩した。

 おろおろとどうしたものかと混乱したレディエールが、何故かそのままアニスの頭を手で自らの膝の上まで寄せて、膝枕の形で頭を撫で始めた。


「おいたわしやアニス様……こんな、生まれたての子鹿のように震えて……。

 それで、グランドマスター。なにか解決策は用意しているのですか?」


 その状態で話を続けるのか……とドリスタスは面食らったが、こほんと一つ咳払いをして頷いた。


「ああ、というより僕はこれをチャンスだと思っていてね。

 バゲニーゼ・モルデオン。現領主だが、実はこの人物は何らかの術にかかっている可能性がある。

 確かに我儘な放蕩息子だという記録は残っているんだが、近年その増長っぷりが度を超えているんだ。

 ずっと調査したかったんだが、領主ということでガードが固くてね。どうしたものかと思っているところに、君たちが来た。

 それも、向こうから歓迎してくれるという形でね」


 はっと嫌な予感がしたフォリントが、恐る恐る口を開いた。


「ちょっとマスター、あんた、まさか……」


「そう。君たちにはバゲニーゼ・モルデオンについて潜入調査を依頼したい。

 美しき姫君とその護衛という肩書でね」


 やっぱりー! とフォリントが頭を抱えるのと同時に、レディエールの膝の上で震えていたアニスががばっと起き上がり、眉を吊り上げて叫んだ。


「むぅーーりぃーーっ!! ムリムリムリ、無理ですっ!!

 お姫様の真似事なんて絶対無理! あのときですら心臓が破裂しそうなぐらい緊張したのに!

 しかもそれ、自分で名乗っちゃ詐欺じゃないですか! 犯罪者です、お縄ですーっ!」


 羞恥、不安、そして怒りが綯交ぜになった感情が爆発して、駄々っ子のようにじたばたとアニスが暴れ始めた。

 居合わせた全員が一瞬ぽかんとしたが、フォリントはうんうんそうよねそうなるわよねと頷き、レディエールはやはりおろおろと狼狽し、ドリスタスに至っては肩を揺らして笑いを堪えていた。

 実に性格の悪い男である。


「おっほん。犯罪の嫌疑については心配しなくてもいい。

 これは協会からの指令ということで片付けるので君たちにその責が回るようなことにはならないよ。

 むしろこの任務を請けてくれないと、今出回っている噂を消すのが難しいんだ。

 何もないのに我々が介入してどうこう言っても説得力がないからね。

 調査のために敢えてそういうふうに振る舞っていた。しかも他でもないグランドマスターである僕の指示でね。

 このスタンスが今回の作戦の肝なんだ」


  外堀が完全に埋まってるっ!


 アニスは泣いた。それはもうわんわん泣いた。びえーって、泣いた。それほどまでに嫌だった。

 レディエールは、そんなアニスをただただ撫でることしか出来なかった。話を聞く限り、これを請けないという選択肢はないからだ。

 おいたわしや……とほんのり涙ぐみながら、めいっぱい撫でた。


「でも、正直この任務しんどいわよ。

 領主を相手にするんでしょ? 報酬が噂のもみ消しってだけじゃ割に合わないんですけど」


 こういう時に物怖じせず交渉できるのがフォリントの強みである。

 そうだそうだ、とアニスは加勢したくなった。


「勿論、報酬なら用意しているよ。噂の件はあくまで副次的な結果に過ぎない。

 報酬として虚空の鞄を用意しているが、どうかな?」


 レディエールとフォリントの耳がぴくっと揺れた。

 虚空の鞄。それは空間魔術を用いて造られたマジックアイテムで、内部にほぼ無尽蔵に物をしまえるという冒険者にとっても商人にとっても垂涎の代物である。

 馬鹿みたいに高価で、もっているパーティなど一握り。少なくとも三人という少人数で組まれたパーティで持っているところはないだろう。


「……それ、マジなの?

 あれって家とか軽く買える値段すると思うんだけど」


「おや、家の方がいいかい?

 それならホルブリスの一等地に屋敷でも建てるが」


 レディエールとフォリントが目線を交わらせた。

 そのあと、レディエールがぽつりと、申し訳ありませんアニス様……と零した。


「鞄でいいですぅ~! そして、その依頼!

 この"聖蝶の園ガベート・ホル・パルフィ"がありがたく請けさせて頂きますぅ~!」


 フォリントの凄まじい猫撫で声を皮切りに、アニスのいやぁぁぁぁぁぁぁ!! という悲痛な叫びが無情に響くのであった。

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