第十三話 放浪の吟遊詩人
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その場はなんとかなったと言っても都合の悪い相手がいることには変わらないため、翌朝は早起きをして朝食もそこそこに宿を出た。
店主や先に起きていた客たちの視線がやけに神妙そうだったのが気になったが、特に何事もなく出立できたのでよしとした。
「そういえばアニスの持っているナイフだけど随分凝った造りよね。
ちょっと見せてもらえる?」
馬車に揺られている間に他愛もない雑談をしていると、思い出したようにフォリントが頼むので、アニスは快くこれを手渡した。
銀細工の巧みな装飾が施されたナイフである。柄は平和の象徴である蛾を象っており、刀身にも何やら細かく模様がびっしりと刻まれている。
魔法や魔術の触媒は時に美術品として扱われることがあり、このナイフは十分にその資質を持っている。
その上、尋常ではないほどに軽い。稀少鉱である霊銀で作られていることは明らかだ。
「はあ、やっぱりすっごい綺麗……これ一つで家ぐらい買えるんじゃない?
魔女様の娘ともなると触媒も凄いのねえ」
「わたしももうこれ以外の触媒を使うのはちょっと考えられなくって……。
軽いし刃こぼれもしないしマナの乗りもすっごいいいんです。あんまり武器としては使ってあげられないんですけどね」
本来武器型の触媒は接近戦も得とする魔剣士などが使う貴重な代物である。
武器そのものに魔術・魔法が封ぜられていることが多く、例えばマナを込めるだけで炎を纏うなどするため、魔剣と呼ばれることが多い。
アニスのナイフで言えば"刃こぼれしない"がそれに当たる。
その効果故に魔剣士でなくても珍重され、よい魔剣にはかなりの値がつく。
アニスの場合は接近戦はからっきしなため多少もったいない感じは否めないが、万が一にでも近づかれた時に壊れないナイフが一本あるというのは心強かった。
「でも、あんまり見せびらかしちゃダメよ。
今このパーティが持ってる者の中で多分一番価値が高いものだから、見つかれば真っ先に狙われるわよ」
「う……やっぱりそうなりますよね……」
言われなくても見せびらかせるような真似はしないが、魔法を使うときには必ず使用するものだ。
詠唱を見られればナイフも晒すことになる。かといって他の触媒に乗り換える気もしないため、うーん、とアニスは頭を抱えた。
「れ、レディさん……どうすればいいと思います?」
馬車を繰る背中越しに問いかけられたレディエールは、ふむ、と思案するように首を傾げた。
「私は魔法には疎いのでよく分からないのですが、布か何か巻いておくというのは無理なのですか?」
「あー……布ですか。
マナの乗り具合の関係で出来れば避けたいところなんですが、そうも言ってられないですよね……。
絹であれば伝導率もそれほど下がらないと思いますが」
「いやいや、絹だって高価じゃない。それじゃ如何にも高価なものを包んでますよってなって意味ないわよ。
包むんなら麻とか綿とかじゃないとね」
「ううっ……な、なにかいい案は考えておきます、おいおい……」
情けない声を上げて萎れるアニスにくすりとレディエールが微笑む。
「大丈夫ですよ。万が一なにかあっても私が必ずお守りいたします。
それよりも見られることを気にして下手に出し惜しみされる方が怖いです。
使う時は存分に使ってくださいね」
「さっすが銀嵐様、かっくいー!
……ま、しょうがないわね。あたしもいざというときは守ったげるわよ。
普段から出しっぱにしてなければ、まあなんとかなるでしょ」
そう言うとフォリントはがさつにアニスの首に腕を回して、緋色の髪を思いっきりわしわしと雑に撫で回した。
「だからそうしょげんじゃないわよ、せっかくの可愛い顔が台無しよ!」
きゃあきゃあ黄色い声が漏れる馬車を背に、レディエールはほんの少し羨ましくなった。
2
残念ながら今日はどこかの村に着く様子がない。
辺りも薄暗くなってきたため、野宿することとなった。
レディエールが火を熾し、アニスが食べられる野草を見つけ、フォリントが野鳥を狩る。
フォリントが一撃で見事に獲物を獲ってみせた時は、アニスがいたく感心していた。
保存食に頼り切った旅をせずともよいというのは大きい。アニスの野草と合わせ、冒険食としてはバランスの取れた食事が今後も期待できるというものである。
今日の獲物はよく肥えた尾長雉で、羽毛を丹念にむしった後一口大に肉を切り、串焼きにして食べた。
肉と肉の間にはアニスが採ってきたスムリという植物の茎を切ったものを挟んである。
この茎は熱するとほのかに甘みを帯び、それでいて食感がしゃきしゃきと歯ざわりがいいため肉料理と合わせると大変に美味であった。
たっぷりと脂の乗った尾長雉の豊かな味わいを、スムリの甘みが際立たせてくれるのだ。
「フォリントがいると食事が美味しくなるのでありがたいです。
やはり弓使いは必須でしたね」
「別にご飯のために弓覚えたわけじゃないんですけど?
ま、褒め言葉として受け取っとくわ」
談笑していると、ざく、ざくと草を踏む音が聞こえてきた。動物のそれではない、人間の足音だ。
緩んでいた空気が俄に張り詰める。野営を襲う山賊の話は後を絶たない。
二人は身を屈めながらアニスを庇うように前後に分かれ、足音の主が顔を出すのを待った。
「やァやァ、驚かせてしまったようで申し訳ない!
敵意はないよ、そう身構えないでくれ」
現れたのは、ヴィーズと呼ばれる弦楽器を携えた若い男だ。
楽器以外には護身用だろう、腰にナイフが一本あるのみで、冒険者といった風情ではない。
「賑やかな笑い声と美味しそうな匂いがしたものだからついつい立ち寄ってみれば、なんと楽園はここにあったのか!
目を瞠るばかりの美女、美女!そして美少女!
こりゃ女神フィルスターシア様の思し召しだなァ」
女神に感謝を、と言いながら男はヴィー図の音色を夕空に向け捧げた。
軟派な男だが、顔立ちは甘くそれでいてどこかひょうひょうとした雰囲気があり、その上女性受けのし易い人懐っこさがあった。
それに、立ち居振る舞いや言葉遣いに山賊や盗賊のたぐいでは身に付かぬような教養の深さをレディエールは感じた。
「失礼ですが、どちら様ですか?
「ああいや、こりゃ失敬! 僕としたことが名乗ってなかったね。
旅情に万感の想いを込めて歌い上げる、放浪の吟遊詩人ドリスタスとは僕のことさ。
どうだろうお嬢さん方、その串焼き一本で一曲聞いていかないかい?
実はもう食料が尽きてしまってね、今晩をどう過ごそうか悩んでいるところだったのさ」
ぐう、とドリスタスの腹もどうだろうかと尋ねてきたので、フォリントが思わず吹き出して警戒を解いた。
「あーもう、緊張して損した!
あんた、何も言わずに近づいてきたらそりゃ山賊って思われるわよ!
次からはヴィーズ弾きながら来なさいよね!」
「ハッハッハ、そりゃいいや!
次からはそうさせてもらうよ、そして次があることも願ってる。
こんな華やかなパーティを見るのは初めてだからね、何度だって拝みたいもんだ」
レディエールもひとまずは剣を鞘に納めた。だが、警戒は解かずにドリスタスの一挙手一投足をよく観察した。
甘い言葉で女に近づきこっそり金品を奪う男の話など、何度聞いたかわからない。
特にアニスに近づけてはならない。霊銀のナイフなど見つかった日には、例えやましい気持ちで近づいたわけでなかったとしても魔が差してしまうことは大いに有り得る。
「ふふ、はいどうぞ。焼き立てですよ。
ゆっくり食べてくださいね」
「おお! これぞスフェーリアの甘美なる恵み! ありがとう!」
だと言うのに当のアニスはすっかり警戒を解いており、無邪気に串焼きを差し出すのでレディエールはがっくりと肩を落とした。
昼にしたナイフの話を覚えていないのだろうか。
「アニス様……人を簡単に信用しすぎですよ。
まだどんな人物かわからないじゃないですか」
「え? でも冒険者手帳にも書いてありましたよ。
困っている人を見つけたら助くべし、って」
うぅ~んいい子ぉ……。
夜にあって眩しく輝く笑みを見せつけられ、レディエールはこれ以上アニスに何かを言うことが出来なかった。
どかっと座り込んで鋭い視線をドリスタスに送る。
「私は見張っていますからね」
「ハッハッハ、うん、いいパーティだね。勿論そうしてくれて構わないよ。
一人はそういう子がいないとね、優しいばかりじゃつけこまれるってもんだ。
苦労すると思うけど、君がこのパーティをちゃんと導くんだよ」
せっかく睨みを利かせたというのに頼んでもない講釈を偉そうに垂れられて、レディエールは一層に面白くなかった。
「いいですから、食べて歌って、さっさとどこかへ行ってください。
流石に一緒に寝るとは言いませんよね?」
「そりゃ勿論。僕ぁ詩人である前に男だが、男である前に紳士だからね。
さて、では失礼して……」
串焼きに豪快にかじりついてスムリと一緒に頬張る。
瞼を伏せ悩ましげに眉をたれ下げつつ、あいたもう片方の手の人差し指を立てて、宙をかき混ぜるように回した。
「おお、おお。
なんと味わい深い……このスムリとのハーモニーはどうだ、甘いのにしつこさがまるでない。
まるでスヴァクドルング王とドレスフィーナ妃のような奇跡的な逢瀬じゃあないか。
おお、女神フィルスターシアよ、この出会いに感謝いたしますぞ!」
スヴァクドルング王とドレスフィーナ妃というのは、有名な婚姻譚である。
激しい戦争状態にあった二国であったが、密かに想いを通じあわせていた王子と姫の愛によって戦争を集結させたという子供向けのお話だ。
面白いのはこれが完全なる作り話というわけではなく、千年前にあった実話をベースとしているというところで、愛には戦争を止めるほどの力があると老若男女問わず人気が高い。
しかし串焼き一つでここまで大げさに語れるなら、食堂の料理ではどうなってしまうのでしょうか。
これが吟遊詩人というものか、とレディエールは呆れ半分関心半分といった様子で聞いていた。
咀嚼を終えたドリスタスは満足げに舌なめずりし、活発に笑う。
「いやあ、堪能させてもらったよ!
こういう出会いこそが旅の醍醐味だとつくづく感じるねえ。
それではこの夜の出会いと奇跡の詩を、一つお披露目するとしようか」
「わーっ、わくわくしてきた!
やっぱり旅といえば歌よね、歌!」
なぜあなたはそんなに乗り気なのですか……。
フォリントのテンションが振り切れている。引き気味でちらとアニスを見れば、こちらもまたかなり期待をしているようで、可愛らしい小鼻をふんふんと鳴らしている。
自分一人だけ乗り切れない疎外感をどうしても感じてしまい、早く帰ってほしいと、口には出さず視線で念じた。
「では、一曲……。
旅の道、吹きすさぶ風の中
出逢いは三柱の女神
星の光彩、その瞳に輝く
彼女らの微笑み、如詩の一篇
姿は優美、心は澄みわたり
三つの夢を束ね、目指すは遥か彼方
贈られし優しき想い、そして至福の味わい
口に広がる、幻想の楽園
美しい出会い、永遠の宝物
この歌、君たちへ捧げん」
ヴィーズの素朴な音色に合わせて朗々と歌い上げられるのは、正しく今夜の一幕である。
演奏の方は多少拙さがあるが、歌声は中々のものである。甘く落ち着く低音は、なるほど旅先で聞くには趣深い。
歌詞の方は些か気恥ずかしい表現が多々見られるが、吟遊詩人というものはことを大げさに語りがちというのは串焼きの件でわかっている。
少なくともアニスとフォリントは気に入ったようで、楽しげに手を叩いた。
「うんうんっ、これよこれ!
焚き火を仲間で囲んで、歌を聞く! あー、これぞ旅って感じ!」
どうもフォリントは旅そのものに憧れを抱いている節がある。
それはアニスにも同じなようで、フォリントの言にこくこくと熱心に頷いていた。
「楽しんでもらえたようで何よりだよ。
僕もこんなに楽しく歌えたのは久しぶりだ、ありがとう。
そうだ、旅先で出会った人には皆に聞いているんだけど、よければ名前を教えてもらえるかい?」
まずフォリントが快く答え、続いてアニスが名乗る。
レディエールは暫く黙っていたが、二人のじっとりとした視線に耐えかねて、観念したように名乗った。
「フォリント嬢にアニス嬢、それにレディエール嬢ね。その名前、しっかりと刻んでおくことにするよ。
……ところでこの道を通るということは、ひょっとしてモルデオンへ行くのかい?」
「そうよ。まあ最終目的地ってわけじゃなくてあくまで通過点だけどね」
「ふうむ。
今のあそこはうら若き乙女三人で行くような街じゃあないんだがね。
しかし、そうか。ふむ……」
ドリスタスは考え込むような顔で、なぜかアニスを見つめた。
「ではせめて、君たちの頭上にアンネリーゼの星が輝き、導かんことを。
今日はありがとう、また会える日を楽しみにしているよ」
アンネリーゼの星とは、魔女の始まりにして今も尚その頂に君臨し続ける世界最高の魔女、"星の魔女"アンネリーゼを指す。
星の庇護者にしてその意志を伝える巫女であり、何万もの年月を生きているという、正に生ける伝説である。
あくまで魔女であり、つまり――驚嘆すべきことだが――人であるため、ドリスタスが捧げた祈りは正式には神への祈りよりも下の扱いとなる。
しかし途方もない力を振るうアンネリーゼはほとんど神として扱われており、それでいて人に近しいためより確実な守護を請けられると庶民の間では信じられており、事実上はこちらの祈りが格上となる。
そんな祈りをしなければならぬほどに危険な街なのか。
ドリスタスの去る背を見ながら、レディエールは身震いさせた。
スムリはネギみたいものを想像してください。要するにネギマです




