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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第十二話 貴人の振る舞い



「それでは初討伐とフォリントのパーティ参加を祝しまして……乾杯!」


 解体の甲斐あって鷲獅子の素材はなかなか高値で売れたため、祝勝会とフォリントの歓迎会と称してその日は豪勢に豚肉のソテーを三人でつついた。

 (ヤーグ)は畜肉の王者である。よく産みよく育ち味が良い。

 牛は乳、鶏は卵を要するため畜肉としてはあまり食されない贅沢品の一種である。故に肉といえば豚なのだ。

 よく火を通した豚肉の塊が供される。香り付けのハーブと赤瓜などの野菜が共に焼かれて添えられており、彩りも鮮やかだ。

 肉の上には贅沢にもバターがふんだんに載せられており、肉の熱でじゅくじゅくと溶け出し、鉄の皿の上で肉汁と混ざってこの上ない香りを放っていた。

 肉の焼ける香りというのはどうしてこうも食欲を掻き立たせるのか、フォリントなどは肉を前に垂れた涎を袖で拭っていた。

 ナイフで一口大に切り分け、口に運ぶ。噛めば噛むほどバターと肉汁が口内に溢れ、途方もない幸福感が押し寄せた。


  ああ……。


 言葉もなく瞼を閉じ、ただただ幸せを舌で感じる。肉は一口目がとにかく至高である。

 身体の内に足りていない栄養素が瞬時に補われていくような、一種の恍惚感にレディエールは酔いしれた。

 これに比べると先般属した鷲獅子は些か野趣が過ぎていた。無論美味いは美味いが、この豚には遠く及ばない。

 調理の腕も当然ある。絶妙な塩加減、それに焼き加減である。それにやはり旅先でバターなどは使えない。比べるのもおこがましいというものだ。

 フォリントはがつがつと貪るように、アニスは小さな口でもごもごと懸命に食べている。そして皆一様に無言である。本当に美味しいものを食べると、人は黙るものだ。

 共に出された赤ワインの芳醇な香りがまた合う。ふぅ、と吐き出す息すらご馳走に感じた。


「いやー満腹満腹!

 こんな美味しい豚のソテー、あたし初めて食べたかも!

 感動しちゃった!」


 幸せそうに腹を撫でるフォリントが実におっさん臭くて、レディエールもアニスも苦笑いを隠せない。

 見た目は繊細な工芸品が如き美女だが、中身は良くも悪くも豪快な女である。


「んで、あたしたちはグランフェティを目指すのよね?

 じゃあ次の街はやっぱりモルデオンかしら」


 満腹と言いつつ肉汁とバターの溶けたソースにパンを浸して食べながらフォリントが問う。レディエールは俄に眼を顰めた。

 グランフェティを目指す、といってもずいぶん遠い。カルドイークの足でも、まっすぐ休むことなく走り続ければ半年で着くだろう距離である。

勿論現実には一直線に行けるわけもなく、休憩・食事、金銭的な問題も考慮すれば、一年で着ければ相当早い計算になる。

 無論間にはいくつも街がある。モルデオンはその中でもここから比較的近場にある都市であった。

 あまり良い話を聞かぬ街である。数年前に領主が代替わりしたが、これが大変に無能で、血税を使い込んで大いに遊び呆けているともっぱらの噂だ。

 グランフェティとはまた違った、より生々しい意味で立ち寄りたくない街だ。とはいえ補給は必要である。


「そうですね、一旦はそこを目指します。

 ですがあまり長居はしたくありません。軽く補給したら早々に発ちたいところです。

 モルデオンを抜けて、本格的な補給はフルストイでしましょう」


 フォリントはある程度モルデオンについて知っているのだろう、軽く頷いたが、アニスにはよく分からなかったようで首を傾げている。


「今モルデオンは情勢が不安定なのです。

 税が高くなっていると聞くので、恐らく貧困層が出来ています。

 貧しさからどんなことをされるかわかりません。トラブルを回避するためにも長居はしたくないのです」


 う、とアニスは言葉に詰まる。

 もし山賊などに成り果てていれば襲われる可能性が高い。

 特にこのパーティは女三人で歳も若い。舐められること必至である。

 人が襲ってくるかもしれない。襲われれば迎え撃つしかない。場合によってはその場で殺すことになる。

 魔獣に対しては覚悟ができたが、人に対してできたかと問われれば、流石に尻込みしてしまう。

 表情からそれを察したのか、レディエールは瞼を伏せて続けた。


「私もアニス様にはまだ早いと思います。

 ですのでさっさと立ち去ってしまいましょう。ね?」


  気、遣わせちゃってるなあ。


 弱い自分を恥じ入りながら、わかりました、と力なく首肯した。

 こうなるのが分かっていたので、レディエールはできればこのおめでたい席で行き先の話をしたくなかったのだ。

 フォリントをキッと睨むと口には出さずに手を合わせて身振りで謝ってきた。


「人が襲ってくることの怖さはわかります。私だって怖いです。ただ、慣れただけなのです。

 ましてやアニス様は治す側のお方。私としては、出来ればあなたには慣れてほしくありません。

 私はお優しいアニス様が好きなのです。なので、どうかそう気を落とさないでください」


「レディさん……」


 うるうると目を滲ませて見つめ合う二人を見て、この二人デキてるのかしら……と思わずにはいられないフォリントであった。





 翌日、世話になった組合の受付嬢に今日出ることを告げた。

 レディエールは特に惜しまれ、必ず帰ってきてくださいねとまで言われていた。

 実力を買われている以上に、レディエールという人物が女性に好かれやすいのだ。

 下手な男などよりよっぽど頼りになり、物腰は基本的に穏やか。その上顔立ちも整っているとくれば、好かれるのも道理である。

 それでいて無茶をしがちというのも女心を擽るのだろう。

 アニスは、なぜだか少し得意げな気分になった。

 買い込んだ物資を馬車に詰め、レディエールとフォリントにとって長らくの居場所となっていたテラコッサに別れを告げる。


「いよいよ旅の始まりって感じよね、ワクワクしてきたーっ!

 冒険者になったばかりの頃を思い出すわ!」


 レディエールが少なからず感傷に浸っていると、その気配を微塵も感じさせぬフォリントが快活に笑った。

 この女には情緒というものがないのかと呆れそうになったが、逆にこれぐらいのほうが冒険者らしいのかもしれない。

 未知に心ときめかせ思いを馳せるものこそが冒険者なのではないか、そう考えれば自分がセンチメンタルになりすぎていたと反省した。

 むしろここで自分がやるべきなのは、


「そうですね。ですが、浮かれて足元を掬われないようにしなければ。

 今から目指すところは、そう喜んでばかりもいられない場所なのですから」


 気を引き締めさせることである。それは言わないでよーフォリントから不満が飛んできたがこれは殆ど軽口のようなものなので無視してよい。


「モルデオンまではカルドイークの足で恐らく五日かかると思います。

 ですが何分初めての道なので勝手がわかりません。

 想定以上の日数がかかってしまうことも考えて、体力はなるべく温存させておいてくださいね」


 ところでカルドイークだが、人員も一人増え、旅支度の品も色々載せたので流石につらいかと思ったが、そんな素振りも見せず全くの軽い足取りである。

 寧ろフォリントが来る前よりもなんだか元気に見える。いよいよただの女好きであるというのが確信になりつつあった。

 パーティ唯一の雄なのでちょっとしたハーレム気分なのかもしれない。足が速くなる分には一向に構わないが、アニスの注ぐ視線が少々冷たいものになってしまったのは致し方ないことであろう。

 逆にフォリントは重荷などものともしない様子に心底惚れ込んだようだ。昼休憩に木陰で休んだときなど、あんたはほんっとにいい子ね~! とわしわし頭を撫で終いには頬に唇を寄せていた。

 英雄色を好むと言うが、それは駿馬にも当てはまるのだろう。ぶひひんと実に嬉しそうに(いなな)いたカルドイークを見てレディエールは肩を竦めた。

 そんな一幕があったからか、午後からはよりやる気に満ちた様子で、無事目標としていた宿場町にたどり着けた。

 実に単純な馬である。


「乗ってるだけっていうのに、一日揺らされると思ったより疲れるわねぇ。

 レディもお疲れ、あんたなんてもっと大変だったでしょ」


 いつの間にかあなた呼びからあんたに戻っているが、やはり素はこちらだったようだ。


「いえ、カルドイークは乗りやすい子ですので。

 騎士を目指して鍛えていたんです、これぐらいはわけありません」


「さっすがは銀嵐様、頼りになるぅー。

 アニスは大丈夫? お尻痛くなってない?」


 フォリントのアニスに対する接し方は、一言で言えばおせっかい焼きの姉といった形である。

 聞けば弟妹が合わせて四人いるのだという。

 実際にはアニスはフォリントより歳上なのだが、家族を思い出してどうしても世話を焼きたくなってしまうらしい。

 アニスはこれを特に気にした様子もなく、寧ろ嬉しそうだ。

 やはり家族愛に飢えているのだろう。レディエールは嗜めることなく二人を見守ることにしていた。


「大丈夫です、馬車には慣れているので。

 でも、お尻に敷く布団とか買ってもいいかもしれませんね」


 ナイスアイデア、この町に来てる行商人が売ってたら早速買いましょうよ! と意気込みながら酒場の門をくぐる。


「おっ? おいおい、フォリントじゃねえか」


 酒に焼けた下卑た声を浴びせられ、フォリントは露骨に顔を顰めた。


「げっ、ロゴス……なんであんたがこんなところにいんのよ……」


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた男が馴れ馴れしくフォリントに近づいてくる。

 首から下げたタグを見て、こんなのでも冒険者なのかとレディエールは気付かれぬようため息を吐いた。


「おいおい随分な言い草じゃねえの?

 俺は被害者なんだぜぇ? お前に斬られた手がまだ痛むなぁ~」


 見れば確かに男の手のひらに切り傷の痕が残っている。

 ばつが悪そうに表情を歪めるフォリントを見るに斬ったのは確かなのだろう。

 レディエールはアニスを自らの後ろに隠すように立たせた。


「あれは……ッ、あんたが変なことばっかりしてくるからでしょ!」


「知らねえなあ、ンな証拠ねえし」


  なるほど。

  あれはフォリントの昔のパーティですね。大方セクハラ紛いのことをして斬られたのでしょう。

  冒険者同士の刃傷沙汰はご法度なので組合に訴えるわけにも行かず、揉めていると言ったところですかね。


 男女混合のパーティでありがちなトラブルである。

 男としても下手に訴えてセクハラが露見すれば面倒なので、組合を介さずなあなあで別れたのだろう。


「あんたがあることないこと言うせいで、全っ然まともなパーティが組めなくなったんだからね!」


 フォリントが最初棘々していた理由がすっかり分かってしまった。全部この男のせいである。

 要はお互い訴えられないのをいいことに良からぬ噂だけを冒険者の間で流したのだ。

 結果変な男ばかりが集まるようになったため、心を鎧ったのだろう。

 ロゴスと呼ばれた男がレディエールに気付いたのか、ひゅうとわざとらしく口笛を吹いてみせた。


「その割には大層なやつ連れてんじゃねえの。

 あの"銀嵐"がパーティ組むたあ驚きだ。それもこんなうるせえだけが取り柄のアバズレ女なんかをなあ。

 案外()()()()()があるのかい、知らなかったぜ~」


  おお、清々しいまでのクズだなこいつは。


 特に苛つきはしなかった。こういう手合はいる。相手の神経を逆なでさせて掌で転がそうとしてくるタイプだ。

 ただ、アニスが気がかりである。こんな下卑た輩をアニスに見せたくなかった。その一点に関しては怒りを感じた。


「うーん……別にそれで構いませんよ。今考えてみたらそれで被る不利益ってそこまでありませんし。

 ねえフォリント?」


「へ!? え、ええ、そうよ、そうだわ!

 むしろあんた達みたいなのが寄ってこなくていいかもね!」


「そういうわけで私達が愛し合ってようがなんだろうが構いませんので、もう話しかけてこないでください。

 時間の無駄なので」


「そうよ! あたしたちラブラブなんだから!」


  こらフォリント、それは違うでしょう?


 思わず頭に手刀をお見舞いしてやりたくなったが、話がややこしくなりそうだったので後ですることにした。


「へえ……じゃあその後ろに隠れてるちびっこもそういうわけだ?」


 思わず舌打ちをする。バレれば確実に面倒になるのが目に見えているので隠していたかったが、こういう手合は得てして目敏いものだ。

 見れば何の騒ぎかと周囲の客もちらちらとこちらを窺っている。あまり気分のいいものではなかった。

 どうしたものかと逡巡していると、アニスがレディエールの前にゆっくりと出た。


「すみません皆さん、お騒がせしています。

 わたし達は「聖蝶の園ガベート・ホル・パルフィという冒険者パーティです。

 実は人探しをしており、各国を旅する予定なのです。わたしと同じぐらいの背格好で、黒いウェーブ掛かった髪の女の子を見ませんでしたか?」


 その場に居合わせた客たちが口々に見てないなあ、知らないねと話し始める。


「あなたはどうですか、ロゴスさん。

 お聞きした限りでは顔が広いご様子ですので、何かご存知ではありませんか?」


「い、いや。知らんなあ」


 うまい。周囲の客に聞いた後に名指しで聞けば、自身に注目が集まるため下手な回答はできない。

 話のすり替えも見事だ。まだ何の話なのか客たちが理解しきってない状態で下世話な話を自身の目的の話に昇華させている。


「そうですか……すいません皆さん、ありがとうございました。

 ご協力いただきましたお礼に、一杯ごちそうさせてください。

 もちろん、ロゴスさんも」


 おお、と歓声が沸いた。これには問題事の予感を察知してうんざり顔だった店主も満面の笑みである。

 レディエールは驚きと興奮で震えを抑えられなかった。なんたる風格か。

 おっとりとして笑みを絶やさず、それでいて堂々とした物言い、そして気前の良さ。どれをとっても貴族の鏡のような振る舞いである。

 すっかり毒気を抜かれたのかロゴスもそれ以上何も言ってこず、客たちの感謝に包まれながら静かに夕飯を済ませ、上階の宿に入った。

 部屋に入った途端我慢できなくなったのか、フォリントがアニスに抱きついて思いっきり頬ずりした。


「アニスゥゥゥゥゥゥゥ! なにあれ、なにあれ! 超かっこよかったんですけど、え、なに!?

 思わずきゅんと来ちゃったんですけど!」


「えへ、えへへへへ、もう心臓ばっくばくです!

 前に読んだ物語で丁度こんなシーンがあって、一回言ってみたかったんです、皆さんにごちそうするって、えへへ!」


 かなり緊張していたのだろう、開放感から普段アニスから出ないような笑い声を上げている。


「アニス様の手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。

 しかし、感服いたしました。よもやあのような手で切り抜けるとは……。

 まるで貴族のような立ち居振る舞いでした、お見事です」


「そんな褒めすぎですよぉ、えへへへへ」


 あまりにも上手く言ったこの出来事は、後々大きな事件に発展していくのだが、このときの三人には知る由もないことであった。

こんな奴でも冒険者の面接受けたんだよな……

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