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第九話

 屋根から屋根へと飛び移りながら、俺は最短距離で宮代の家へと走っている。倉にいる時の狼の姿に戻った俺は人間の目に映らなくなるので、屋根の上の高貴な俺を見て大騒ぎするという心配もない。突風が吹いたとでも思っているようだ。

 太陽は真上よりやや下にあり、時刻はまだ正午になっていない。休日の昼間、人々は高い建物の建ち並ぶ市街地方面には集まっているためか、住宅地は閑散としており人影はほとんど見えない。

 住宅街の中でも広い土地を占め、高い塀で囲まれたこの街有数の旧家は三十歩ほど行ったところで、その大きな庭が見えてきた。俺はその、宮代の家の裏手にそっと降り立った。


『着いたぞ。もう大丈夫だ。』

「分かりました。あ、ありがとうございました。」


 そう言う若菜は俺の背中に乗っている間中ずっとおれの体毛の中に潜りこんでいた。俺は姿が見えなくなるが、彼女は違う。そのまま俺の背中に普通に乗っていれば他の人間に見られてしまうこともあり厄介なので、俺にしがみつかせて体毛の下に隠していたのだった。

 若菜は俺の背中からじぶんのいえの裏庭に降りると、もじもじしながら俺の方を見た。


「白、私はこれからお父さんに河川敷でのことを報告に行きますが……」

『ん?なんだ?』

「一緒に行きませんか?そっちの方が状況が分かりやすくていいんじゃないかと。」

『やだやだ。俺は遠慮しとくね。俺はお前とは関わりがあるが、この家には興味ないからな。』

「そう、ですか。そうですよね……」

『……』

「……じゃあ行ってきます。」

『……』

「……今日も夜に修行しに行きますのでよろしくお願いします。」

『……』

「……あ、先ほどは私を助けてくれてありがとうございました。」

『……』

「……あの、よければ何で白が気付いたのかとか、何が飛んできていたのかとか教えておいてもらってもいいですか。」

『しょうがねえな……』

「え?」

『ったく、俺が一緒に付いて行ってやるから、それでいいか?』


 行ってきます、と言いながらいつまでも会話を止める気配のない若菜に業を煮やして、俺は一緒に付いて行くことをしぶしぶ了承した。


「ほ、ほんとですか!良かった……。あ、別に一人が嫌ってわけじゃないのですが、私一人だとまともに相手してくれないし……」

『分かった分かった。ほら行くぞ。』

「はい!」


 まったく、俺はこいつの親か何かか。あれだけ渋ったということはその父親、宮代の現当主とは相当仲が悪いのだろう。

 俺は若菜を急かして彼女の父がいるであろう場所へと先導させた。


「そういえば今朝はどうして私の部屋が分かったんですか?私、教えたはずないですし。」

『バカ。俺くらいになるとお前の妖力を探知してどこの部屋にいるかくらいは分かるんだよ。』

「すごい!じゃあそれがあれば人や妖怪を探す時に便利ですね。」

『そう上手くいくもんじゃない。例えば妖力はしばらく一緒にいないと覚えることはできないし、ちょっと力のある奴なら妖力をぼやかすことができる。お前の妹はそれが上手いな。どこにいるのか見当がつかん。』

「えと、じゃあ今朝の私は?」

『駄々洩れ。お前から私はこっちにいますって言ってる感じだったな。気を付けた方がいいぜ。他の奴よりちょっとでも妖力があるお前は人食い妖怪にとってはご馳走だからな。』

「ひぃ。わ、私美味しくないです~。」

『ふっ、まあ俺様と一緒にいれば襲われる心配は絶対ないから安心しろ。』

「……わぁ。」

『あ?なんだよ。』

「いや、凄く白が頼り強いって思って……」


 見れば若菜は俺に尊敬の目を向けていた。くくく、もっと俺を崇め奉れ。俺のことを信じればお前にとっても得なんだからな。


「あ、あの部屋が普段お父さんがいる部屋です。」


 若菜が指さしたのは、先日俺たちがちょっかいを出した桜の部屋のすぐ近くにある部屋であった。俯瞰して見た場合、屋敷のちょうど真ん中あたりの場所にある。


「お父さん、若菜です。失礼します。」


 若菜は扉をノックして静かに開けた。若菜の父は机の上で何やら書き物をしていた。彼は若菜の方を見もせず、興味もなさそうに要件を聞いた。


「若菜か。どうしたんだ?」

「あの、私は先ほどまで河川敷の方へ出かけていたのですが、」


 そう言ったところで宮代の現当主はさっと顔を上げて初めて娘の顔を見る。彼は怒ったように一言若菜に言った。


「最近、人を襲う妖怪がこの浅葱市(あさぎし)に出没している。無駄な外出は控えろ。」

「……はい。」

「力のないお前は、妖怪にとってただの餌でしかない。暫くは一人で出歩くな。」

「はい、ごめんなさい。」

「分かったなら、もう消えろ。」

『おいおいお前。それでもこいつの父親か?』


 あまりにも冷たい若菜の父の態度に俺は彼女の後ろから出て言った。このまま彼女の後ろで気配を消したまま部屋を出ても良かったのだが、あの態度は我慢ならない。


「お前、……妖怪か。この家には幾重もの結界が張ってあるのだが。若菜、厄介なものを連れて来てくれたな。」


 そう言って宮代の当主はすっと立ち上がると俺に向かって手を上げた。そのまま何やら言葉を唱え始めた。あいつ、宮代壮馬(みやしろそうま)の言葉に合わせて、俺の足元が発光し出し、


「待って、待ってくださいお父さん!白は違うんです!」

「白?」

「この妖怪は私の……えと師匠みたいなもので。私を助けてくれた良い妖怪です!」


 若菜の言葉に、彼女の父はさっと手を下ろした。それと同時に床の発光が収まった。若菜の言葉に納得したというより、脅威ではないと判断しどうでもよくなったようだ。なんとなくムカつくなあいつ。


「お前に執心するということはそいつはその程度なのだろう。まあいい、とにかくお前は暫く外出禁止だ。学校にもそう言っておく。」

『はぁ?お前マジで、』

「分かりました。ありがとうございます。」


 俺たちを完全に軽んじるあいつの態度に頭に血が上った俺の体を若菜は強引に引っ張って部屋を出た。中型犬程度の姿である俺は抵抗するすべもなく部屋を出されると、若菜に問い詰めた。


『どういうことだ!なんで止めた!俺ならあいつを!!』

「こんな所で戦ったら白もただでは済まないですよ!」

『……だがお前、暫く家から出られないと。』

「慣れっこなので大丈夫ですよ。それに白との修業は出来ますから。」


 若菜は気丈にふるまってはいるが、本心は彼女の顔に出ていた。美人ではないが笑顔に何となく心惹かれる、その顔をゆがめて苦しそうにしている。学校と言うのはよく分からないが、家から出られないということは彼女の友人にも会えず、辛いのだろう。


『分かった。俺がすぐに解決してやるから待っとけ。』

「え?」


 彼女の言葉も聞かずに、俺は屋敷を駆けだした。

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