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第十話

 その晩、俺の所には相変わらず若菜が来て修行を行っていた。いつものように飽きもせずに小さな小箱を動かそうとしてる。この忍耐力も一つの才能だな。


『ふむ、全然動かないな。』

「ご、ごめんなさい白。」

『まぁ気にすんな。……お前も妖力の流れは感じられてんだ。何もできないわけじゃあない。そうだな……次はあの箱に手の平を向けて念じてみろ。その際に流れている妖力を意識して、その方向に手をかざせ。』

「分かりました。」


 若菜は目をつむると、右手を箱の方に向けた。その手をしばらくフラフラと様々な方向に、まるでダウジングマシンのようにかざしていたが、やがてその動きを止めて集中し始めた。妖力の流れる方向が分かったようだな。

 だが、手をかざしても彼女の目の前に置かれた小箱はピクリとも動かない。これはまだ暫く動かないだろう。そう思った俺は犬から大きな狼に姿を変えた。


『まだまだ小箱が動くまでは時間がかかりそうだな。』

「す、みません。」

『ちょっと出掛けてかるから、お前はある程度の時間になったら修行を終わらせて帰れよ。』

「え……?」

『あー、そんな悲しそうな顔をするんじゃねぇ。別にお前の修行に飽きたわけじゃねえ。ただ今日はちょっと野暮用があるだけだ。』

「そうなんですか。分かりました。私はその間修行して待ってますね。」

『いやいや、お前はある程度の時間になったら帰っていいから。いつ帰って来るか分からんからな。人間は寝ることも大事だろ?そういうことだから、ちょっくら行ってくる。』


 若菜の前で一声ワンと鳴いてから、それまでの犬の姿を狼の姿へと変えた。俺の変化していく姿を見上げていた彼女に、じゃあなと言って俺は疾風のように倉を出て屋敷の屋根へと駆けあがった。


『うーむ、意気込んで俺が対峙するとは言ったものの……。手掛かりと言う手掛かりがねえからなぁ。』


 実際に”それ”に遭遇したのは午前中の河川敷の公園が初めてであり、結局何が若菜に向かって攻撃してきたのかは分からなかった。


『ん?そういえば……』


 あの時に飛んできたものは何だった?妙に粘性の高い布のような物だった。俺の炎でやっと焼き切れるほど強靭なあの布で、人間を捕まえているというのは分かった。だが誰だ。俺の知ってる奴に布を使う奴は……多すぎて見当がつかん……。

 例えば一反木綿。あいつはそもそも布の妖怪だから強力な布を使うことはできて当然だろう。髪鬼は自分の髪を自由自在に操れて布のように編んでいたこともあった。あとは和服の付喪神は帯を自由自在に伸ばせたような……。


『とりあえず、そういう奴らがいないか。下級共に聞いて回ってみるか。』


 俺は今朝、若菜と共に散歩した河川敷の方へと走り出し、情報を集めることにした。まずは俺たちがその妖怪に遭遇した場所だ。若菜の父親はこの町中で被害が出ていると言っていたから、そいつが戻ってきていることは考えにくいがもしかしたら証拠が残っているかもしれない、そう考えたからだ。

 一度通った道だと慣れたもので、俺は昼間の半分の時間で河川敷近くまでやって来た。……屋根の上を駆けているのでほぼ直線なのだが。


『ん?……なんだありゃ。』


 河川敷の公園では何やら人が集まっており、明かりが煌々と照っている。なんだ?何かの集まりか?……まさか人攫いの犯人(犯妖)たちか?

 俺は自分の妖気を悟られないように気配を消して、その集団に近づいて行った。これ以上近づいたら気配を消していても気付かれるというぎりぎりの距離で、俺は丁度公園の遊具と彼らの明かりでできた陰に隠れた。

 集まっているのは人間の他に何人かの妖怪もいる。恐らく俺と同じく事件を調査している退魔師なのだろう。


「本当にここにいるのですか?」

「どんな奴かもわからないんでしょう?」

「ああ、だが昼間ここで若菜が襲われたらしい。」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「若菜様が?ほうそれは……よくご無事でしたね。あの方力が弱いので妖怪にとってカモみたいなものですからね。」

「こら、やめろ瑞名(みずな)。当主、弟が申し訳ございません。」

「別に構わん。お前たち、なんでもいい何か証拠を見つけろ。ここには必ず残っているはずだ。」


 げっ、人間の中心にいるのは宮代壮馬じゃないか。あいつがいるってことはこいつら宮代の退魔師どもか。めんどくせえな。


「……そこに何かいるようだ。いけ。」


 ちっ、流石は退魔氏一族の当主と言う所か。俺は咄嗟にその場から音を立てずに遠ざかった。その瞬間、


ザシュッ


「ふむ、勘違いか。」


 俺のいた場所一帯が大きく刈り取られていた。な、なんだあいつ?壮馬の周囲にいた人型の妖怪が刀を抜刀しているから、あいつがやったということは分かったが攻撃は全く見えなかった。やべえ、バレなくてよかったな。

 ほっとしていると、今度は壮馬の脇に控えていた二人の男、先ほどの会話で瑞名と呼ばれた方の携帯が鳴った。瑞名は少しの間応答した後、急に顔色を変えて当主の方を見た。


「当主!駅の方で人間を襲う妖怪が発見されたようです!」


 離れていたが、当主の目に鋭い殺意が生まれたのを、俺は見逃さなかった。

 

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