5:逃げ切る
何故、証拠品であるヒューマノイド・ロボットが逃げるのか。
その理由を考えた時、俺は勝手に二つの予測を立てていた。
一つは、どこかの段階で令嬢のアンドロイドがハッキングを受けたと言うものだ。それにより犯人を認識できなくされたか、こちらは可能性として弱いが殺人プログラムを刷り込まれたというパターンがあり得る。
チャドウィック氏の空中豪邸は、文字通り空の上に浮かんでいるという特性上、不審者の侵入は非常に困難だ。天然要塞とも言えるそのセキュリティを突破するには、元から内部にいる存在を利用するのが手っ取り早い。アンドリューはそうした違法なプログラムに従って令嬢を殺害あるいは見殺しにし、今度はその痕跡を暴かれないようにするため同種のプログラムによって逃亡をはかったのだと考えられる。
そしてもう一つ。これは予測と言うよりかは単なる俺の妄想だ。十年以上主人に寄り添い人間同様に扱われてきた旧型ロボットが、疑似人格を得て、その末に嫉妬心だか独占欲だかで婚約を間近に控えた己の主を殺害、逃亡したと言う想像。
正直、これは可能性としては皆無に等しいだろうと思うが、その一方で電脳に異常をきたしたアンドロイドが狂った理論に従って凶行に及んだと言うのも、アンドリューという実物を見ている限りまったくあり得ないとも言い難かった。
とにかくその理由がなんだとしても、俺はどうにかしてあの暴走アンドロイドを取っ捕まえて、本部に送り届けなければいけないのだ。
俺は片手でタブレット端末を操りながら、エンジンが焼け付く限界ギリギリの速度で四輪自動車を走らせる。画面には簡素ではあるがこの近辺の地図が表示され、ある一カ所に赤い点が明滅している。それはアンドリューの現在地だった。
昨日、アンドリューに撒かれかけ肝を冷やした俺は、毛布や食べ物を仕入れるついでに購入したシールタイプの発信機を、こっそり奴の機体に張り付けておいた。試す暇もなかったから無事に作動するかは五分五分だと思っていたが、無事に発信機は逃亡するアンドロイドの居場所を指し示していた。
しかしそれには若干違和感もある。取り付けた自分が言うことではないが、正直なところアンドリューが発信機に気付いていなかったとは到底思えないのだ。
また、もし奴が本気で逃亡しようとしていたのなら四輪自動車を壊すなりタイヤをパンクさせるなり、足止めする手段はいくらでもある。ロボットは人に危害を加えることはできないが、街に連絡する手段はある訳だから、荒野で立ち往生したとしてもその日のうちに救助は来る。
アンドリューはむしろ、追いかけられることを望んでいるかのように俺には感じられた。
発信機により、アンドリューが潜伏していると発覚した場所は無人のショッピングモール跡地だった。かつてはこの近辺は中規模都市として栄えていたが、中心であった産業の衰退や市の財政破綻により徐々に人が離散し、今ではすっかりとゴーストタウンになっている。
新しい概念が生まれ、革新的な技術が生活を一変させる一方で、古いものは衰え、淘汰される。時代の移り変わりを止めることができない以上、そうした変化は受け入れるしかない自然の流れなのだろう。
俺はショッピングモール廃墟の前で四輪自動車を止める。アンドリューがそこから動く様子はなかった。もちろんそれが発信機から得た情報である以上、逆手に取られた罠である可能性も考慮する必要はある。
俺は十分に警戒をしながら、放置された長い間に壊され、ぽっかりと開かれた入り口から屋内に足を踏み入れる。かつては流行の最先端を担い、多くの店舗が華やかに賑わっていただろうそこは、今や瓦礫や廃棄された什器などが散乱し見るも無残な有様になっていた。
入ってすぐのそこは、小さな家なら一軒丸ごと入ってしまうほど大きなホールとなっており、実際、何かのイベントも行われていたのだろう。吹き抜け状になったその一帯を、上の階から桟敷席のように見下ろせるようになっていた。
また正面にはエスカレーターが設置され、そこから二階に直接上がれるようになっていたらしいが、今はそのエスカレーター自体が途中から折れ、崩れている。そんな入り口正面の二階部分に、まるで待ち構えていたかのように奴はいた。
「おい、てめえ! そんな所で何をやっている!」
俺は廃墟にたたずむアンドロイドを怒鳴りつける。奴は感情を伴わない平然とした表情で、俺を見下ろしていた。
「マーク。あなたには、本当に申し訳ないことをしていると分かっております」
「じゃあなんで、懲りもせず逃げてるんだよ!」
怒りにまかせた俺の質問に、やはりアンドリューは答えない。
「それを申し上げる訳にはいきません。ただ、マーク。次にあなたに捕まったその時は、逃げることなく同行することをお約束します」
「じゃあ、今すぐここまで降りてきて捕まれよっ」
「それはできかねます」
奴は慇懃無礼なウェイターのように、頭を下げると踵を返そうとする。その後ろ姿に向かって俺は叫んだ。
「お前は誰の命令でこんな事をしているんだ!」
「……私が、お嬢様の御為以外の理由で動く事はありません」
振り返ったアンドロイドはそれだけを答えると、ショッピングモールの奥へと消えていく。
「くそぉぉぉっ」
俺は腹立ちに唸りながら、上の階へと繋がる道を求めて走り出す。このショッピングモールの見取り図は、ネット・アーカイブから引っ張り出して頭に叩き込んできた。廃材で埋もれている場所や崩落している場所もあるだろうが、作り自体は昔と変わることはないだろう。
敵は入り口から追いかける俺から逃げようとしている。地下は雨水が溜まったか地下水が浸水したかで、水没していた。ならば、向かう先は上しかない。
俺は奴を探しながら、ショッピングモールを走り回る。その際途中の階段やエスカレーターを、廃材や落ちていたワイヤーで手早く塞いでいく。こういった場合、一番危惧しなければならないのは探し回っている間にすれ違い、奴がショッピングモールから出ていってしまうことだ。一応、折々に発信機の信号を確認しているが、それがいつまで信用できるかは分からない。
広大なショッピングモールの階段を一つずつ封鎖していくのは非常に骨が折れたが、すでに通行ができなくなっている個所も多かったのでなんとかなった。もっとも吹き抜け部分から飛び降りられたらお終いだが、その時はもう落下の衝撃で足のワイヤーでも断絶してくれるよう願うしかなかった。
塵と埃だらけのその場所で、汗だくになりながらロボットを探して走り回る。目に入った汗に顔をしかめながら、正直俺は、なぜ自分がこれほどまで必死になっているのか、だんだん分からなくなってきた。
どれだけ骨を折り、苦労をしても、結局上の判断一つで自分の首はあっさり切られる。ならば大きな失敗だけはしないようにして、要領良く適当に手を抜いて仕事をこなしたとしても、得られる結果は同じじゃないか。
走り抜ける通路の左右では、人気のあった店舗が軒を連ねている。だが現在はショーウィンドウが割れ、空になった棚が横倒しになり、文字の剥げた看板が辛うじて壁に引っかかっているばかりだ。
かつては客で賑わい、沢山の人間が入れ代わり立ち代わり働いていただろう。しかし、その名残りはいまや荒れ果てた廃墟に微かに感じ取れるだけ。それ以外何一つ残ってはいない。
つまりどれだけ一生懸命働いたとしても、それによって何かを残せる訳でもないのだ。後で形が残るような仕事ができるのはごく一部の業種限り。それだって百年後、二百年後まであり続けるかは分からない。それが時代の流れなのだ。
ならばどうして、人は働くのか。金を稼ぎ、生活を成り立たせる以上のものを、仕事に求めるのか。
ひと一人いない通路に、自分以外の足音が響いている。これほどまでに広大なショッピングモールだというのに、俺はアンドリューの姿を見失ってはいなかった。足音や、逃げる後姿が俺の追跡の助けとなっている。
だが、マグレブ・ボードに乗って追いかけてた時とは違い、人間の足で本気で逃亡するアンドロイドに追いつける訳がない。俺はますます、アンドリューには何らかの意図があり、俺はそれに巻き込まれているのだということを確信した。
果たしてわざと追いかけさせているのか、それともどこかに誘導しようとしているのか。
階段をのぼったアンドリューが、その階層の通路をまっすぐ走っていくのを確認する。俺は頭の中の見取り図を広げ、その先にあるはずのものを思い浮かべた。
「――どちらにしろ俺は、お前の追いかけっこに付き合ってやれるほど暇じゃねえんだよっ!」
俺はそのまま階段を一つ上の階層まで一気に駆け上った。俺はあえて足音を立てながら、奴が向かったのと同じ方向に通路をひた走る。
下の階とこの階は同じ作りになっているが、小売店ごとに壁で区切られていた下層フロアと違い、こちらは少数の大店舗がオープンスペースで店を出していたので一区画分斜めにショートカットができるはずだ。俺はそれに賭けて、全力でフロアを走り抜ける。相手よりも早く、そこに着くために。
薄暗い通路から、光の中に飛び込むように目的の場所へたどり着く。階層ごとに幾重にも角度を変えて伸びた空中回廊が、吹き抜けの空から差し込む陽の光に照らされている。それはまるで万華鏡の中にいるかのようで、同時にもうこんな高くまで日が昇る時間になっていたのかと場違いなことを考える。
そのうちに、足音が俺の耳に飛び込んできた。俺の期待通り、アンドリューもまた階下の通路を辿って、この場所までたどり着いたのだ。空中回廊を渡る奴に向かって、俺は叫ぶ。
「捕まえたぞッ――いかれマネキン野郎があぁぁっ!!」
そして躊躇うことなく、空中回廊を飛び降りる。驚いたように上を向いたままの奴に俺はしがみ付く。が、崩れかけた廃墟で行うには、それは随分と無茶なスタントだった。衝撃によって連鎖的に瓦解する回廊と一緒に宙に放りだされながらも、俺はせめてもの意地でアンドリューから手を離さなかった。
(ったく、本当に何をやってんだかな……)
真っ逆さまに落下しつつ、俺は衝撃を覚悟して固く目を閉じる。そしてあっさりと意識を手放した。
(ねえ、いいから今日は仕事おやすみしなよ……)
そう言って縋りつく子供を困ったようにあやしているのは、どこか俺に似た顔つきの、痩せて顔色の悪い若い男だ。少し間をおいてやっと、それが自分の父親だという事に気が付く。これは過労で倒れ、まだ体調が戻っていないにも関わらず仕事に出ようとしている親父と、それを引き留めようとしている子供時代の俺だった。
「大丈夫だ。お前のためだと思えば、少しくらい大変だってお父さんは頑張れるんだ」
「ぼく、お菓子だっておもちゃだって我慢するよ。お腹が空いたってわがままも言わないから、もうお仕事しなくていいよ」
「そんな訳にもいかないだろう」
今の俺よりも一回りも若い親父は苦笑しながら、幼子の俺の頭を撫でている。親父はひょいと自分の子供を抱き上げた。やつれて顔色も悪い親父だったが、日々の労働で鍛えた体は子供ひとりぐらいなら軽々と持ち上げる。子供の俺は確かそんな親父の逞しい腕が好きだったなと、ふいに思い出した。
「それにな、仕事だって何も苦しいことばかりじゃないさ。そりゃあ今は忙しくて目が回りそうだし、嫌なことだって多い。だけどな、誰かがおれを必要としてくれるというのは、それはそれで嬉しいもんなんだぞ」
そう言って歯を見せて笑う顔を見て、俺は長らくの自分の勘違いに気が付いた。
「なあ、マーク。よおく覚えておけよ。仕事をしている奴は労働者だが、仕事をさせられている奴はただの奴隷だ。お前は――、」
仕事に追われるようにして死んだ親父だったけれど、その姿は決して仕事に振り回される『奴隷』なんかではない。
親父は、幼い俺を掲げるように高く抱き上げて何かを言い聞かせている。親父がこの時、俺に言った言葉は確か――、
身体が濡れて冷たい。湿ったシャツが皮膚に張り付く感覚が不快で、俺は布地を引っ張りながら瓦礫の上で身体を起こす。下を見れば随分と深い所から溜まっている透明な水の中で、小魚が群れを作って泳いでいた。さらには遥か頭上に見える蒼天から降り注ぐ日光が、水に差し込み、また瓦礫の上にも小さな陽だまりを作っている。ちょうどそこに当たるよう、俺の着古したぼろジャケットがコンクリから飛び出た鉄筋に引っかけられて干されていた。
俺はシャツの胸ポケットに入れていた煙草の箱に手を伸ばしたが、それがぐしょぐしょに水を吸っている事に気付いて、投げやりに放り捨てる。
「ご気分はいかがでしょうか?」
ふいに掛けられた声に振り返ると、そこには全身埃だらけになり乳白色の外装のあちこちに細かな傷を作ったアンドロイドが、姿勢よく斜めに傾いだ空中回廊の残骸の上に腰かけている。その片腕が途中から消えていることに一瞬ぎょっとするが、そう言えば手錠を抜け出すのに自分で外していたことを思い出して嘆息した。
「史上最悪だよ。俺はいったいどうなったんだ?」
「回廊の崩落後、運良く破片にぶつかることなく水の中に落ちました。気を失っていらっしゃったようなので、水も飲まずに済まれたようです。差し出がましくも、水上に引き上げ、上着は干させて頂いてます」
「そいつは世話になったな」
俺は立ち上がると、腕を大きく回す。体が冷え切っているくらいで、確かに大きな外傷はないようだ。
「マーク、本当に申し訳ございませんでした。まさか、このような大惨事になるとは想定外でした」
「あー、こっちもかなり無茶をやらかしたからな。自業自得だ」
俺は深々と頭を下げるアンドリューに首を振る。そしてちらりと、逃走経路になりそうな道を確かめながら尋ねた。
「もう逃げないのか?」
「はい、お約束いたしましたから」
その言葉通り、こちらに近づいてくるアンドリューを見て俺はほっと肩の力を抜く。さすがにもうくたびれ切って、追いかけっこをする気力はない。もっとも、前言を翻してアンドロイドが再度逃げ出したなら、律儀に俺も追跡を開始してしまうのだろうが。
「それで、逃げていた理由はやっぱりまだ言えないのか?」
「はい、その通りです」
悪びれもなくうなずかれては、もう笑うしかない。俺は肩を震わせて、気が済むまで笑い続けた。
ジャケットはまだ生乾きだったが、そろそろこの穴倉から脱出しようと動き出しす。だが、崩落したショッピングモールの吹き抜け部分から抜け出すのは、存外骨が折れた。アンドリューと協力して外に脱出した時には、日もだいぶ西に傾いていた。
「ちくしょう、今から中央シティまで運転するのかよ」
俺は顔を引きつらせ毒づきながら、車に乗り込む。助手席に腰を下ろしたアンドリューに、俺はそう言えばと思って足元に落ちていたものを投げる。
「ほらよ」
投げつけられたそれをを受け取ったヒューマノイド・ロボットは、まるできょとんとしたように一瞬動きを止めた。
「なに呆けてるんだよ、お前の腕だろ。自分で取り外したんだから、まさか直せないとは言わないだろうな」
「はい、大丈夫ですが……」
「ですがなんだよ?」
俺は証拠品のアンドロイドを、腕が損壊した状態で本部に引き渡さずに済みそうでほっとする。もっとも、この一日で随分とぼろっちくなってしまった以上、さして変わらないのかも知れないが。
「本当によろしいのですか? 腕を預かったままの方が、マークは安心できるのではないでしょうか」
その言葉に、俺はああと納得する。確かに腕がなければ、仮にまた逃げ出そうとしたところで、万全の時に比べれば支障が出るだろう。
「別にいいさ。もう逃げるつもりはないんだろう?」
「ええ、その通りですが……」
それでも、いささか納得していない様子のアンドロイドに俺は言い添える。
「それに、嘘をついてお前が逃げたとしても、追いかけてまたとっ捕まえてやるさ」
それもまたぞっとしない話ではあるが、しかしそれならそれで対処してやると言う意欲が俺の中に燻っていた。
「マーク、私はあなたを……人間を羨ましく思います」
ふいにアンドリューが言う。
「ロボットがいくら仕事をしても、それは単なる作業でしかない。しかし人間はそこに意味を、感情を見出すことができる。私はそれが羨ましいのです」
ロボットの口から出るのは、何の色も感情も伴わない淡々とした声音。しかし、そこには不思議と狂おしいまでの渇望が込められているかのように俺には感じられた。だからこそ俺は、にやりと笑う。
「ああ、存分に羨め。それこそが、人間様の特権だ」
(仕事をしている奴は労働者だが、仕事をさせられている奴はただの奴隷だ。お前は――誇り高い労働者になれ)
長い間忘れていた親父の言葉を、俺は思い出していた。
仕事は辛く、厳しく、理不尽なことも馬鹿みたいに多い。ただ生きるため、金のためだけなら、そんなこといくらも続けていられないだろう。それでも歯を食い縛って働くのは、そこに達成感や喜び、そして何より誇りがあるからだ。
それはきっと、言われた仕事を言われた通りに熟すだけの機械には得られない、人間だけの特権だ。
だからたとえクビが決まったとしても、きっと俺は最後まで胸を張って自分は刑事だと言い続けるだろう。そう思える自分自身を俺は誇りに思った。
途中、四輪自動車がガソリン切れを起こしたりタイヤがパンクしたりと、ささいなトラブルに見舞われた結果、中央シティに俺たちがたどり着いたのは深夜を回ってからだった。その間、アンドリューは逃げる素振を一切見せなかったので、全て純然たる俺の不運のせいだ。まったくついてないことこの上ない。
仕方なしに宿を取り(さすがに二日連続の車中泊は勘弁したかった)、朝一番に中央本部へ向かう。きっかり丸一日、到着が遅れたことになる。新人の時以来の大失態だが、これによってクビが確定しようと、俺は全力を尽くしたのだから仕方がないと腹を括った。
しかし建物に足を踏み入れようとした時、俺のタブレット端末が着信を告げた。そこに表示された名前を見て、俺は顔を青ざめさせる。それでも、ここで着信を無視する訳にもいかないため、俺はしぶしぶと通話機能を起動させた。
「あー、おはようございます、パルマ警部補。ご連絡していました通り、今ちょうど中央本部に着いたところで――、」
「マーク、令嬢が発見された。戻って来い」
俺はその言葉に唖然として、声を張り上げる。
「犯人が見つかったんですか!?」
「いいや、だが事件は終わりだ」
理解できない俺に、警部補はどこかうんざりした様子で説明をする。だがそれは、俺の察しが悪いせいではないだろう。
「エリザベス・チャドウィックは死んでなかった。彼女は誕生日を待って、遠方の都市で婚姻届を提出、受理された」
「は? 相手はまさか婚約者で……」
「そんな訳ないだろう。令嬢の周囲をうろついた不審者だ。どうやら令嬢の恋人で、成人して親の許可がいらなくなるや否や強引に入籍したらしい。つまりは駆け落ちだな」
つまり事件性がなくなったということらしい。あれだけ主張していた父親のチャドウィック氏の言葉は、得てして当たっていたようだ。もっともそれは、彼にとっては嬉しくもないまったくの別方向にだが。
中央本部にはいかなくていいから、そのまま引き返してこいと言う台詞を最期にパルマ警部補の通信が終わる。俺は呆然と、この二日間の苦労はいったい何だったのだという気持ちで、隣にたたずむアンドロイドを見た。
「……お前、さては全部知っていたな?」
常に令嬢の側にいたヒューマノイド・ロボットは、彼女の秘密の恋人のことも、この駆け落ち計画のことも見聞きしていただろう。計画を成功させるには、結婚に親の許可が要らなくなる成人の誕生日まで、その秘密を隠し続ける必要がある。
「つまり、それまで逃げ続けて情報を漏らすなと言うのが、お前が令嬢から受けていた命令だったんだな」
おれはアンドリューに確認するが、アンドロイドは何も答えず、いつもと変わらぬ澄ました無表情を浮かべている。もっともそこはかとなく、してやったりという満足げな気配があるように思うのは俺の気のせいではないだろう。
(……なんだよ、ロボットだって誇りを持って仕事をすることもあるんじゃねえか)
こいつは負けたな、と午前の澄んだ空を見上げながら俺は溜らず苦笑を漏らしたのだった。
SF=しらばっくれていたとは、ふてぇ野郎だ!