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ラヴァーズ  作者: 水瀬 ハル
18/20

真実というナイフ

茜と桂は泣いて別れを惜しんでくれた。

未だ、切り抜ける力も頭も無かった。

幼かった、私達には

おばあちゃんは最後まで反対してくれた


『・・暗いね。』

うん。

『怖いかい?』

・・・

『自分の本当の顔、どうだった?』

おともだちに、なれたよ

でも、どうしてかな

まだ、わたし、普通に遊んでいたかった。

わたし、たくさん、色々ね、遊びたかった

わたしね、たくさん、たくさんおぼえたんだよ

わたしは、けいちゃんとあかねちゃんがいて、しあわせだったんだよ

わたし、もっとあそびたい、まだここにいたかったよ



大人達に着せられた白くてかたい衣装を纏って、かび臭い子供一人がやっと入れるくらいの薄暗い小さな木の部屋の隅にうずくまりながら、最期にそんなことを願った。

思えば、生まれて初めての願いだった。




「・・あさひ!」

不意に、光がさした。


そこには、出会った頃と同じ笑顔で、自分と同じ格好をした茜が居た。小さい体で部屋に侵入してくる。


「あかねちゃん・・だめなんだよ、ここはもうあぶないよ!」

旭の必死の説得にも関わらずずんずんと茜は旭の前まで進み、止まった。


「あさひ、だいじょうぶだよ。けいのこと、よろしくね。それから、その力を大切に、間違えちゃだめだよ。」


「あかねちゃんなにいって・・」


茜は最後ににっ、と笑った。


「わたしはあさひのかわりになります!だから、あさひを生かして。わたしの、大切な妹を生かして。お願いします!かみさま!」


茜がそう叫ぶと、強い光が辺りを包み込んだ。光の中の茜は、幸せそうに笑っていた。




「・・かね、・・・・きろ、あかね・・・」

遠くの方から声が聞こえる。

誰だろう。誰だっけ。


「ん・・・けいちゃん。」


「けいちゃんってなんだよ気色わりぃ。お前、なんでこんなとこで・・」


目の前には泥だらけの服を着た桂が居た。

泣き腫らした顔で、桂は心配そうに旭の顔を見る。


「あ、れ・・そうだ!「旭か・・・・・」




桂がそうつぶやいて部屋の隅にうずくまる白色を見る。


「・・・?なにいってるの?あれは『だめだよ』


遮るように響く頭の中の声。

旭はぼーっとしながらよく働かない頭で答える。


なにが?

『茜は、君の代わりに御子になった。それから、今君の顔は本当の顔・・つまり、茜と瓜二つだ。』

か、わり?

『そう』

あかねちゃん、もどらない、の?

『・・・そうだね、もう、きっと』

「・・・っ、そんなのっ。」


いやだよ、いやだ。あかねちゃんがいなくちゃ意味ないよ。あかねちゃんがいなくちゃ、わたしは生きれないよ。

誰か、もどして

お願い、もういきたいなんておねがいしないからもどして、


ねぇ、

ねえ。




【・・・また、ないてるの?】

頭の中に、自分によく似た聞き慣れた声が響く。


【あさひ!ないちゃだめだよ。ほら、笑って!だいじょうぶだよ、って言ったでしょ。】

あかね、ちゃん?


半信半疑でそう問う。



【けいにはないしょね!あさひだから、私は生きれるんだよ!】

その日から、私は夕野 茜。

二人で、茜。


桂と二人、茜の遺体は近くに掘った。

私たちが8歳になった日、やっぱり寂しくて、掘り返してしまった。

二人で、茜の墓を。


「----け、い。」

どういう訳か、茜の体はあの日から全く腐る事なく、成長していた。

髪の毛が、長くなっていた。

体は青白く光って、異様さを放ちながら。


その時に、「旭」は全てを悟った。

変わりなんかじゃない。

ほんの少し、旭が茜を借りているだけの事。

時期が来たら入れ替わり、旭は死に、茜は甦る事。



そして、最後の時間を楽しめ、というかのように16歳を機に茜の人格を現れなくなった。

茜は、恋をしていた。

だから、応援しようと、15歳の一年は旭が茜の中で息を潜めていた。

そんな筈の茜が、一切消えた。



残ったのは、空白だった。





* * * *


「・・私は、ずっと待ってた。対話で、この風習を無くしてくれる人が現れる事、知ってたから。

ーーー全てを見通す『眼』の持ち主の、あなたのことを、ね。もう終わりにするわ。私は、十分幸せだった。ああ。それからーー茜は、もうちょっとで出てくるから、待っててもらえますか?九条利さん。」


茜ーー否、旭が吹っ切れた顔でそう笑った。

九条は、眼を伏せる。

そして、笑った。


「茜は、家庭教師をしていた頃の生徒だったーーいい子だったよ。だから、きっと、君の選択を彼女は喜ばない。俺は、真実が知りたかっただけだ。」

九条の言葉に、旭はくすり、と笑った。


桂は未だ茫然と立っている。

「けいちゃん、ずっと騙していてごめんね。あかねちゃんは九条さんが好きなの。17年間、ありがとう。」

なぜ忘れていたのだろうか。記憶の中の少女は何時だって笑って、桂を励ましてくれたのに。

なぜ、名前すらも。

「・・旭。」

戸惑いながら、桂は名前を呼んだ。


「・・・それで、後悔は、ないか?お前の選択で、この村の風習を終わらせて、後悔はないか?

選択は重い。

風習を終わらせる事による、デメリットもある。

それで、本当にいいのか?」


三蔵が探るように視線を送る。

旭は笑った。


「ええ。沢山の悲劇があった・・桂のお母さんも、私たちも。

終わりにするわ。ありがとう。幸せだった。」




少女の笑顔は、出会ったころの100倍、きれいだった。

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