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 ゲムトスの大きな悲鳴と共に、里美の身体が放り出される。空中で身を翻し、少し体勢を崩しながらも両足で着地した。

 振り返ると、黒い煙の中で怪物がもがいている。煙が薄れてくると、鋏が砕け、左半身が巨大なスプーンでくりぬいたように大きくえぐり取られたゲムトスが姿を現した。その大きな焦げた傷口からは、大量の紫色の液体と、細長いチューブのような器官がこぼれ出していた。奥歯が砕け、口の中も血に塗れている。あたりには肉の焦げたひどい匂いが漂っていた。

 里美は口元を左手で覆い、顔を背けた。

 「すごい・・・」

 「カムルーグエンジンのエネルギーを、手の平から一気に放出するキャノンだ。砲身と出力の不安定さから、距離が空くと極端に威力が落ちるが、至近距離での威力は大きい」

 手の平を見ると、真ん中が赤く腫れて、線香のような煙が立ち昇っていた。

 「ねえ、私、勝ったの?」

 「いや、まだだ。奴はまだ生きている」

 ゲムトスは地面をのたうちまわっていたが、徐々に暴れるのをやめると、ゆっくりと起き上がり、里美を睨みつけた。瞳の色が赤く変わっている。

 左側のえぐり取られた傷口の上下から、無数の糸が伸び、互いに絡み合って傷を覆っていく。呆然と見ている間に、傷口が塞がってしまった。修復した部分は、上下の皮膚を引っ張って無理やり縫い合わせたように、周囲の皮膚が引きつっていた。左の口元が吊り上がり、不気味な笑顔を見せる。さらに、上体を一振りすると、ニ対の鋏が根元から再生した。

 「ちょっと、もう傷が治ってるよ!」

 「ゲムトスは、心臓を狙わない限り死なない。そして、生きている限り、全身を焼かれようが、手足をもがれようが、体を再生し続ける。しかし・・・あり得ないぞ、ここまで回復が早いとは」

 「さっきの攻撃が効いてないの?」

 「いや、キャノンは効いているはずだ。ゲムトスは、生命の危機を感じると、更に生命活動が活発になるらしい。最後の抵抗という所だろう」

 「どうしたらいいの?」

 「奴の心臓をキャノンで撃ち抜くんだ。先ほど解析が完了した。心臓の位置は、奴の目の真後ろだ。目を貫く気持ちで狙え」

 怪物が真っ赤な目をギョロリと回す。

 「う、うん・・・わかった! やってみるよ」

 里美は右手を前にかざした。

 「待て! キャノンは一度撃つと、再度エネルギーを充填するまでに約3分かかる! あと2分ほど、時間を稼ぐんだ!」

 「ええっ!?」

 ゲムトスが大きく裂けた口を開き、雄叫びを上げながら突っ込んでくる。里美は高く跳んで突進を避けようとしたが、里美が地面を蹴ると同時にゲムトスも飛び上がり、空中で鋏を突き出してきた。とっさに首を曲げてかわす。鋏が首元をかすめた。

 里美が先に着地すると、ゲムトスに背を向けて走り出した。


 ゲムトスも、すぐ後ろを追いかけてくる。里美も全力で走るが、徐々に差が狭まってきていた。

 「足も速くなってるよ! 何とかして!」

 並走する銀色の球体に向かって叫んだ。

 「落ち着け! 単純な力比べなら、まだお前の方が強いはずだ!」

 「ほ、本当!? でもさっきも負けそうになってるし・・・」

 「掴まれなければ勝てる!」

 「でも!」

 目の前に、先ほど落ちてきた崖が迫る。里美は逃げるのを諦めると、急に身体を翻してゲムトスに向かって走る。怪物は一瞬驚くが、すぐに鋏を突き出す。里美は、2対の鋏をかいくぐり、顔面に飛び蹴りを放った。ゲムトスの前歯が折れ、体が大きくのけぞった。続けて、怪物の前脚めがけて回し蹴りを入れると、折れる感触が伝わり、大きくうな垂れた。

 ゲムトスが頭上から鋏を突き下ろしてくるのをかわしてさらに接近し、思い切り目玉を殴りつけた。怪物は背中から地面に倒れる。

 「今すごいチャンスだったのに! まだ撃てないの!?」

 「残り43秒・・・」

 「あーもう!」

 里美は、倒れた怪物の、上側の鋏にしがみ付き、肘を打ち落として片方の刃をへし折る。続けて、もう1つの鋏に手を伸ばそうとすると、ゲムトスが身体をよじり、里美を振り払った。間髪入れず、鋏を開いて襲いかかる。里美は後ろに跳んで攻撃をかわした。

 気が付くと、ゲムトスの前脚が既に再生している。上体が波うち、さらに新しい鋏が生えてきた。残りの鋏も根元から生え変わる。

 「いくら壊してもキリがないよ!」

 「もう少しだ! 頑張れ!」

 ゲムトスは3つの鋏で襲いかかってくる。里美は後ろに下がりながら次々と鋏をかわすが、不意に足を滑らせて、尻もちをついた。ゲムトスは大きく跳び上がり、鋏を下に向けて里美めがけて落ちてくる。里美は横に転がって間一髪で身をそらすと、鋏は深々と地面に突き刺さった。

 怪物が鋏を地面に突きたてたまま、真っ赤な瞳で里美を睨む。体を震わせると、新しいニ対の鋏が甲殻を突き破り、飛び出した。さらに上体が盛り上がり、左右から次々と刃が生えてくる。怪物が体をまっすぐ伸ばすと、まるで剥き出しの巨大なあばら骨のように見えた。


 ゲムトスは無数の刃を、指でも動かすように開閉しながら迫ってくる。抱きしめられれば、バラバラに握りつぶされてしまうだろう。

 里美はゲムトスの脇をすり抜けて突進をかわすと、今度は池の方に向かって元の道を走り出した。

 「ヤバイよ! なにあれ!」

 「凄い再生能力だ・・・あれ程の変異は前例がない」

 「あんなのに勝てないよ!」

 「待て・・・今、エネルギーのチャージが完了した。キャノンが使える」

 「え!? でも、あれに接近するのは無理だよ!」

 「このまま野放しにはできない。それに、おそらく奴も限界だ。今ならやれる」

 「でも・・・」

 「こちらから一気に間合いを詰めるんだ。接近してしまえば、こちらの勝ちだ。掴まれる前に撃て! 」

 「・・・わかった、やるよ」

 里美は振り返り、怪物に向き直った。


 ゲムトスは、危険を感じたのか、足を止めた。里美は、初めてゲムトスの目を真正面から見据える。

 「目の後ろを撃てばいいんだね」

 「しっかり狙えよ。これを外すと、かなりまずい事になる」

 「これ以上プレッシャーかけないでよ!」

 里美は、全速力で怪物に向かって駆け出す。ゲムトスは一瞬怯むが、すぐに刃を開き、上体を覆い被せるように里美を包み込む。

 里美の姿が刃の中に隠れて見えなくなる。次々に襲いかかる刃に捕まらないように走り抜け、赤い瞳に手を触れた。

 その直後、爆発が起きて、白い光がゲムトスを貫いた。

 ゲムトスはそのまま、前のめりにくず折れる。無数の鋏が一斉に垂れ下がった。

 

 銀色の球体が動かなくなった怪物のそばに飛んできた。

 「里美、大丈夫か!?」

 里美は折り重なった刃の隙間から、顔を出した。

  「うん、なんとか平気」

 刃のカーテンを掻き分けて、ゲムトスの体から這い出す。右半身は、ゲムトスの体液で紫色に染められていた。

 「よく頑張ったな。作戦は成功だ」

 里美は振り返って、ゲムトスの死体を見下ろした。

 「私が、殺しちゃったんだよね。・・・少し可哀想な気がする」

 「やらなければ、里美が殺されていた。仕方が無いさ」

 「うん・・・」

 「それだけじゃない。里美は、自分の身を挺して、多くの人間の被害を未然に食い止めたんだ。とても立派な事をしたんだよ」

 「そう、なのかな」

 「この死体は、後で私が処理する。帰ろう、里美」


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