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 里美は耳を疑った。

 「そんなに驚くことかしら・・・? 道に迷って、私の家の前に倒れていたのよ。あんたのお父さんを取材したいって言うから、案内したんだけど」

 「香奈恵が連れてきちゃったの!?」

 「そうよ? もしかして、迷惑だったかしら?」

 「だっ、大迷惑だよ! だいたい、いくら田舎って言っても香奈恵の家の前で行き倒れてるなんてめっちゃ怪しいじゃん! 何でそんな人を連れてくるのよ!?」

 里美は香奈恵の肩を掴んで言った。

 「言われてみればそうね。どうしてあの女を家に上げたり、里美の家に連れて行ったりしたのかしら?」

 香奈恵は他人事のように、遠い目をして言った。

 「きっとどうかしてたんだわ・・・。そう言えばあいつ、おじさんを怒らせてしまったって言ってたけど、里美の家で一体何をしでかしたの?」

 「それは、えーと・・・」

 暴行、殺人未遂、銃刀法違反、拉致、拷問。様々な言葉が浮かんだが、どれも香奈恵に言ったら大ごとになりかねない。

 「取材の仕方が強引すぎるんだよ、あの人! 勝手に家の中を漁るし、お父さんが答えたくないって言っても、しつこく聞いてくるし!」

 「そんな事をしてたの? 確かにあいつは強引だけど、そこまでするとは思わなかったわ。悪かったわね」

 「次は連れてこないでよね。絶対だよ!」

 「わかったわ、もう行かないように言ってみる。でも、もう里美の家を教えてしまったし、あいつ、おじさんが取材に答えてくれるまで諦めずに何度でも行くって言ってたから、多分無駄でしょうね」

 香奈恵はそう言うと、紙パックの牛乳を飲んだ。里美はふと、香奈恵の口ぶりが気になる。

 「・・・ねえ香奈恵、その人のことをよく知っているみたいだけど、仲がいいの?」

 「そんな訳ないじゃない! 誰があんな変な女と!」

 「でも、すごい詳しいっていうか、私の家から帰った後の事も知ってるみたいだし。言ってみるって、いつ言うつもりなの?」

 「帰ったら言うわ」

 「え? どういうこと?」

 香奈恵は箸を置いてため息をついた。

 「あの女、今、私の家に居候しているのよ」

 「はあっ!?」

 里美は思わず大声を出し、立ち上がろうとして机に膝をぶつけた。

 「な、何で?」

 膝をさすりながら言う。

 「何故って、私にもわからないわよ。泊まるところがなくて困ってるって話だけど、よりによって家に来る事ないじゃない。もちろん、私は反対したわよ? あんな胡散臭い女を家に泊めるのは嫌だって。でも、どういうわけかお父さんもお母さんも、あの女を信用しているのよね。昨日会ったばかりなのに。・・・修のバカもたぶらかされてるし」

 「そんな・・・。大丈夫? 変なことされてない?」

 「変なこと? あの女が変なのは知ってるわよ。でも、今のところ私達には何もしてないわ」

 「本当に? 怪しい機械とか持ち込んでない?」

 「何よ、怪しい機械って? ほとんど荷物らしい荷物は持って来てないわよ。一体、何を警戒しているの?」

 香奈恵は訝しげに里美の目を覗き込んだ。

 「そ、それは・・・まだあの人の素姓がはっきりしてないし。記者だっていうのも怪しいよ。とにかく気を許しちゃ駄目だからね!? 危ない人なんだから!」

 「心配しなくてもわかってるわよ」


 「うわ、めっちゃうめー!」

 「やべーよ! 店で食うやつより美味いわ」

 その時、背後から勇太と孝雄の馬鹿でかい声が聞こえてきた。興味よりも不快さが先立って、振り返って見ると、2人の班に人が集まっている。班の中には、千穂の姿もあった。

 「何の騒ぎなの?」

 香奈恵と里美も千穂の座っているテーブルに向かった。里美が千穂の肩越しに覗き込むと、綺麗に盛り付けられた料理が並べられている。里美は感嘆のため息を吐いた。ハンバーグの形も、焼き加減も完璧だし、上品そうにソースがかかり、千切った香草が乗っていた。国道沿いの、安いファミリーレストランで出て来るものより、遥かに美味しそうに見える。

 「あら、本当に美味しそうじゃない」

 「すごい・・・。一体、誰が作ったの?」

 「これはねー、ほとんど智章くんが1人で作ったんだよ」

 千穂が2人を振り仰ぎながら言った。

 「智章くんが・・・?」

 里美は、テーブルの端にいる千穂の、対角線上に座っている智章を見た。上品に小さく切ったハンバーグを口に運んでいる。伸縮する左頬に、あざができていることに気が付いた。

 「いやー、マジで美味いって。お前らも食いたい? 残念、やらねーよ!」

 勇太が他の班の生徒に見せびらかしながら、口を大きく開けてハンバーグを口に入れる。

 「うまっ! しっかし、すげーな智章! 店開けるだろ、これ」

 「褒めすぎだよ、長谷川くん。でも、気に入ってくれて良かった。予定より少し時間が掛かっちゃったけど、待たせた甲斐があったみたいだね」

 「トモくん、すごーい! 料理教室に通ってるの?」

 いつも智章にまとわりついている、早苗という女生徒が媚びた口調で智章に話しかけた。

 「習い事は何もしていないよ。僕の家は、親が2人ともいない事が多いから、普段から僕が作っているんだ。兄さんは全く料理をしないからね・・・。それで、だんだん面白くなってきて、本やネットで調べているうちにどんどん凝ってきちゃったんだ」

 「料理ができる人ってかっこいいよね! ねえ、私にも食べさせてよ!」

 早苗はそう言うと、智章に向かって大きく口を開けた。

 「自分で食べなよ、子供じゃないんだから」

 智章はフォークを逆にして早苗に差し出した。

 「やだー、冗談に決まってるじゃない」

 よくやるわ、と香奈恵の呟く声が聞こえた。早苗は遠慮なく、大きめの肉片を口に入れた。大きく口を動かして咀嚼する。

 「おいしーい! 今まで食べたハンバーグで、1番美味しいかも! 何かいい香りがするけど、何の匂い?」

 「ハーブを挽肉に混ぜているんだよ。僕が愛情を込めて育てた、自家製の奴をね」

 「ハーブを育ててるの? 私も好きなんだ! 今度見に行ってもいい?」

 「本当に? でも、家には兄さんの仕事道具がいっぱいあるから難しいな」

 「えー、行きたーい。ところでトモくん、その顔のあざ、どうしたの? もしかしてケンカ?」

 「・・・違うよ。これは家の前で転んじゃってね。口の中も切っちゃった」

 智章は、あざを指でなぞりながら言った。

 「僕は喧嘩はしない主義なんだ。まず、勝てないからね」

 「そうなの? 身長高いから、強そうに見えるのに。もっと体鍛えなよ!」


 「美味しいわ、これ。里美も食べてみなさいよ」

 智章と早苗のやり取りを見ていた里美は、急に香奈恵に声をかけられて振り返った。いつの間にか口の中にハンバーグを詰め込んだ香奈恵が、千穂から奪ったフォークを里美に差し出している。里美も小さい肉片を選んで口に放り込むと、ゆっくりと咀嚼する。しばらく口を動かすと、首を傾げた。

 「里美には合わないかなー?」

 「そんなことないよ。上手に火が通ってるし、肉汁も出て来るし、ソースも美味しいよ。でも・・・」

 「何の文句があるっていうの? ・・・ははーん、もしかして、智章くんが里美より上手だからって、悔しいんでしょ?」

 香奈恵がからかうように言う。

 「違うよ。この味付け・・・ハーブの匂いに覚えがあるんだよね」

 「そうなの? でも、珍しくはないでしょ? ソーセージにも似たようなのが入ってるのがあるし」

 「それはそうなんだけど、何だったかなあと思って」

 香奈恵はもうひとつ、ふたつと大きく切ったハンバーグを口に運ぶ。

 「香奈恵ー、私の分無くなっちゃうよ!」

 「私のもあげるわよ。里美が作ったやつだけど」

 「ちょっと、私のを出来が悪いみたいに言わないでよ」

 里美がハーブの記憶をたぐっていると、突然勇太が大きくむせた。

 「ぶはっ!? 何だこりゃ? このスープ、クソ不味いぜ!?」

 「あれ、長谷川くんの口には合わなかったかな?」

 智章が勇太を振り返る。

 「いや、俺にも合わねーよ! くせーよ、このスープ!」

 「トモくん、私もこれはないと思うわー」

 孝雄と早苗も、勇太に同意を示す。

 「そう? 残念だな、ハンバーグよりもスープの方が自信作だったんだけど。こっちも自家製の新鮮なハーブをたっぷり使ったんだよ」

 そう言うと、智章は美味しそうにスープすすった。

 「うん、良くできてる。この香ばしさが堪らないね」

 「お前、味覚おかしいんじゃねーの? ハンバーグの味が台無しだぜ」

 勇太達の様子を横目に、千穂と香奈恵もスープを飲む。

 「う・・・これは確かに匂いがキツいわね。それに、この苦い後味が最悪・・・」

 「うーん、凝ってはいると思うんだけど、味付けが日本離れしてるっていうか・・・。エスニック料理っぽい?」

 里美も2人に続き、怖いもの見たさでスープを口に運ぶ。と、目を大きく開いた。

 「・・・あ!」

 「何よ? まさか美味しいっていうの?」

 「ううん、違うよ!」

 里美は、力強く否定した。直後、しまったと思い、智章を振り返る。

 「里美まで、はっきり言い過ぎだよー、トモくんが可哀想じゃない」

 早苗が笑いながら言った。

 「ご、ごめん、今のはこのスープが美味しくないって言ったんじゃなくて・・・」

 「構わないよ、城崎さん。人には好みがあるからね」

 智章は里美に微笑みかけた。

 「いや、でもホントにそんな嫌いじゃないっていうか、飲めなくはないよ、私。複雑で高そうな味がするし、レストランとかで出て来たら、普通に飲んじゃうと思う」

 顔を赤らめながら、しどろもどろに言った。

 「あまりフォローになってないし、もうやめときなさいよ」

 「香奈恵が余計な事言うから・・・」

 里美はもう一口、スープを口に含んだ。・・・やはり間違いない。この味は以前、創士が家で作った料理に似ている。創士が作ったのはスープではなく野菜の煮物だったが、同じ独特の風味がする。確か、ベトナムのシソとパクチーと・・・名前は忘れたが、その他何種類かのハーブを入れたと言っていた。日本でハーブが手に入りにくいという理由と、里美に不評なので最近はめっきり作っていないが。

 「やっぱり食べたことがあるよ、この味」

 「本当に? ずいぶん変わった味じゃない」

 「あ、私も額川市のエスニック料理のお店で、似たような味のラーメンを食べたよ? お姉ちゃんが食べられないからって、私がもらったんだ」

 「千穂、それラーメンじゃないわよ、絶対」

 「そーかなー? でも、中華風のどんぶりに入っていたよ?」

 「まあ、東南アジアあたりだと、ハーブを使う料理は珍しくないんじゃない? 確か、智章くんはお父さんの仕事で海外に住んでたことがあるって言ってたし」

 「ふーん・・・」

 智章の方を見ると、早苗の話を聞き流しながら、ひとり満足そうにスープをすすっていた。


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