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U・N・オーエンの告白  作者: 面沢銀
Chapter.1 精神失陥 
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The Faculty

 第二話 The Faculty


 不可解な生徒の死、その報告の最中にさらに不可解なグロテスクな様になっての教師の死。

 ともかく教員数名が体育倉庫からビニールシートをとってくると倉持の死体に被せる。

 しかし鉄が錆たかのような鼻にまとわりつくような、倉持の死体から発せられる死臭は生徒達の平常心を奪うには十分すぎた。


「出せよ! 出せよ!」


 混乱した生徒の数人が体育館の通風扉を開けて外に出ようとするも、それでは事態が悪化すると思ってか教師がそれを許さなかった。

 もっとも、教師もまた正気とは言い難い状況ではあったが。


「静かに、救急車と警察がすぐに来るので! 静かに!!」


 壇上の校長が声を上げる。

 しかし、この体育館にそのまま生徒を閉じこめているわけにもいかない。

 生徒指導の教員と教頭が校長に耳打ちをすると、校長がさらに続けた。


「一年一組から順にグラウンド側の出口から順番にグラウンドへと進んでください。決して前を押さないように、走らないように」


 冷静な行動を心がけるように言うものの、果たして生徒にはどこまで伝わっていただろうか。

 それでも、その明確な指示のおかげで一種の恐慌状態は収束を迎える。

 女子生徒の数人はいまだにしゃがみこんで立つ事もままならないが、それでも友人に肩を借りて歩きだす。

 男子生徒の中には落ち着きを取り戻したのか『マジかよ……すげぇじゃん』と今までの日常ではありえなかったこの状況に興奮しているようだった。


「沙弥子、平気か?」


「うん、大丈夫。歩ける……」


 大介は生徒の中でもショックが比較的少なかったようで、足下がおぼつかない沙弥子に肩を貸しながらグラウンドへと進む。


「しっかし……倉持のアレ……何だよ……腕が無かったぜ……」


「学人、今は止せよ」


「あ、ああ。そうだな、悪い……」


 悪夢のような状況から脱した。

 と、言えるかは不明だが体育館ら脱したばかりで沙弥子が不安定である事に代わりはないのだ。

 寄り添うように、歩く三人を後ろから一人の女子生徒が見ていた。

 身の毛のよだつような体験から、教員もそれ以上の指示を的確にできるでもなく。

 とにかく生徒をグラウンドに集めておくという事くらいしかできなかった。

 もっともそれだけでも十分な対応をやりきったと言えるほどで、まもなく駆けつけた警察に指示がなされる。


 出された指示を要約すると、生徒は今日はこれで帰宅。

 明日と明後日は臨時休校とし、そのどちらかの日に警察が訪問し簡単な事情徴収を行うから外出はしないようにという話だった。

 生徒達も少しずつではあるが、落ち着きを取り戻しだしたのか、その指示に素直に従う。

 授業が無くなった事に喜んでいるようにもみえ、こんな恐ろしい体験からはやく逃げたくもあるようだった。


「帰ろうぜ、大介」


「ああ、沙弥子も今日は一緒に帰ろう」


 特別指示があったわけではないが、それでも生徒達は自主的に集団下校を心がけたようで、普段では考えられないほどクラスの中ではそういった会話が起こっていた。

 しかしながらどのクラスにも、クラスそのものに馴染めない生徒は存在する。

 小手桐子もそんな一人だった。

 そういった生徒の特徴をあげるならまず二つに分類される。消極的で自分から輪に入っていけないか、さもなくば社交性が無いというわけではないが、斜に構えて自分から友人を作らないかである。

 後者の場合は精神的に傲慢すぎるか、萎縮しすぎるかのどちらかである。

 桐子は後者の自ら友人を作らないタイプであった。

 逆にその理由は前者の精神的に傲慢すぎるという物である。


 ただ、その理由は明確だった。


 桐子はお世辞にも可愛い女の子とも、美人な女の子ともこなかった。

 あか抜けない黒くてやぼったい長い髪、日の光にそのものが苦手なのか、夏を前にしているにもかかわらず雪のように白い肌、顔にはそばかすが目立ち、目にはクマを作っている。さらにその目も厚い一重まぶたのせいで目つきが良いとは言えない。

 加えて口を開いたときに除く歯の矯正器が余計に、その桐子の体から醸し出されるほの暗い雰囲気を強調している。


「ねぇ、私も一緒に帰っていいかしら?」


「リス……小手もか?」


「いいわよ、影で呼んでるようにリス子で。リストカットから取ってるんでしょ、知ってるわよ」


「いやぁ……ははは」


 学人が乾いた笑い声もあげるも、桐子は意に介さない。

 桐子は見た目、評判も暗い子で通っていたが、桐子の本来の性格は堂々とした物である。

 別に会話が苦手というわけでも、声を出すのが苦手というわけでもない。授業での発表や朗読も実に通った声で話す。

 それでも、そういったイメージが付きまとうのは一重にその見た目のイメージのせいである。

 小さい頃にそういったイメージで馬鹿にされたのをきっかけに、そういった見た目で物事を判断するような連中とは付き合わないという事を子供心に思ったのだ。

 そう言われないように努力する、そうしないと友達ができない。

 そのような強迫観念めいた、友人を作る事を義務と考える幼少期に、特に女の子であるというのに、そういった決心ができたあたり桐子のメンタルは、そのおかげで強くなっていったと言わざるをえない。


 だから陰湿なイジメを受けはしたが、桐子はその強靱な精神を持って挫ける事は無かった。

 もともと黙って我慢するという性格でもなく、いじめる側も直接的な事は割が合わないと思ったのだろう。


 故に、桐子はさらに孤立したが、それを気にする事も無かった。

 小手という名字を手首として、桐子という名前をさらにかけてリストカッ子と呼ばれていて、今なおその名前で影で呼ばれているのはその名残である。


 しかし、学人のようにそういった背景を知らない物は桐子のイメージだけでそう呼んでいた。

 中には桐子がそういう事をしたのだろうという、勝手な想像で呼んでいた者もいただろう。

 桐子はそんな事はくだらない事と一蹴して、気にもしなかったが。

 そんな孤独主義の桐子が、自らすすんで誰かに声をかけるという事が、それもまた常識の外の異常事態であるのだが、そこまでの事であると大介も学人も、沙弥子も思うはずもない。

 大介にいたっては一人で帰るのが怖いのだろうという、本来の桐子とは正反対の印象を受けてしまう。


「いいよ、桐子さんも一緒に帰ろう」


「リス子でいいわよ。その方が呼びやすいでしょ?」


「それは……」


 大介は桐子の事をそう呼んだ事は無かった。

 桐子もまた、大介がそうであるという事を知っていたが気を使われるのも面倒だった。


「いいのよ、本気でそのあだ名を気にしてないから。むしろ私はそのあだ名を勝ち取ったと誇りに思ってるくらいよ。リス子、小動物みたいで可愛らしいじゃない」


 三人は桐子とまともに話すのはこれが初めてだったから、その気丈な振る舞いに驚く。

 無理をしているでもなく、堂々とそう言い切る桐子に面くらいつつも、その呼び方そのままに本人を呼ぶのにはいささか躊躇いを覚える。

 その妥協案として、沙弥子が一つ提案する。


「それじゃリス子ちゃんって呼んでいい」


「お好きにどうぞ、沙弥子ちゃん」


 同じくちゃんづけを被せる事で、桐子は親愛を込めたようだった。

 しかし、どこかその言い回しに大介と学人は違和感を覚える。


「それじゃ、リス子ちゃんも一緒に帰ろうぜ」


 そんな疑問を持ちつつも、学人はこの事件があった場所から早く逃がれたい一心で全員を促し、皆もそれに従った。

 四人が校門を出ようとすると、そこには何台ものパトカーがパトライトを明滅させながら停車しており。

 さながらドラマや映画の撮影シーンかのように、普段はあまり見られない制服を来た警察が何人もいた。


「……科捜研的な奴かな」


「わからないな、でもやっぱりスゴい事になってるね」


 学人と大介はその警察官のやりとりを遠巻きから眺めてしみじみと言うが、桐子はきちんと自分の周りに警察らしき人がいないのを確認してからわざとらしく言った。


「でも、いいのかしらね。私たちを帰しちゃって」


 その言葉に、沙弥子はわずかながらに体を震わせる。

 その変化を大介と、そうなるようにカマをかけるように言った桐子は見逃さない。

 しかし、学人は桐子の発言に深い意味があるとは知らず、そしてその意味がわからないために桐子にさらなる説明を求めた。


「リス子ちゃん、それってどういう意味なんだ?」


 桐子はさらにその、自分の目星が間違っていないかを確認するように言葉を続ける。


「あの状況じゃ、もしかしたら倉持は学校の外から来た不審者に殺されたかもしれないわけじゃない。最近じゃそっちの方を考えるのが普通じゃない?」


「まぁ、確かにな」


 言われてみれば確かにといった様子で、学人は頷く。

 何かしらの変化を沙弥子に感じたものの、その理由がわからない大介も桐子の言葉に納得するところがあるようだった。


「犯人が捕まってないっていうのに……っていうか何が起きてるかわからないのに生徒を下校させるのは危ないんじゃない?」


「おいおい……じゃあ、殺人犯がうろついてるかもしれないって事か!?」


 少し怯えたような学人の言葉に桐子は少し驚くも、すぐにクスクスと笑う。


「ああ、そう取るの?」


 学人はその笑みの意味がわからず、唖然としていた。

 不敵とも、挑戦的とも表現できる笑みのまま、桐子は続ける。


「あなたってサスペンスのよくある三枚目みたいね」


「何だよそれ、じゃあお前は名探偵か?」


「そうは言わないけどね。でも、私が言いたいのは逆よ」


「逆?」


 桐子と学人の話に割って入るように大介が言葉を挟む。


「やめろよ、そういう話はさ」


 沙弥子の様子は怯えるというより、憔悴に近い表情になっていた。

 何かこの話の流れに、尋常ならざる空気の重さが立ちこめるなか、それを意に介さない様子で桐子は告げた。


「もしかしたら学校の中に犯人がいるかもしれないって事」


 その言葉に含ませた意味に気がつけなかったのか、大介がさらに疑問の声をあげる。


「いや、それなら帰した方がいいだろ。だって学校に犯人が潜伏してるって事だろ?」


「あの時に在校していた誰かが犯人って事よ」


「ええっ!? そっちかよ、ってかリス子ちゃん脅かすなよ。そしたら体育館に居た全員にアリバイあるから大丈夫じゃんか。今のリス子ちゃんの話じゃ『俺が犯人』とか言い出すのかと思ったよ」


「あなたが犯人って言う気は無いわよ」


「ってか、リス子ちゃんて意外と面白いのな!」


「意外は余計よ」


 大介にそう言いながら、桐子はチラリと沙弥子の表情を伺った。

 沙弥子は暗い表情をしているが、桐子の見た限りでは特にこれといった変化は見てとれなかった。


「やっぱりこの話はやめよう」


 大介がそう言って、今の話の流れを完全に断ち切った。

 桐子も『そうね』とだけ言って大介の意見に賛同する。

 しかし、重苦しくなった空気では早々に次の会話など切り出せない。

 そんな状況はよろしくないと大介は何か話題をないかと考えを巡らせる。

 そんな大介の視線が、桐子の鞄のキーホールダーのマスコットに気がつく。


「リス子ちゃんの鞄についてるソレって、星のアスクレピオスのキャラだよね?」


「そうよ、よく知ってるわね。大介君って案外深夜アニメとか見る方なの」


「いや、俺は飛び飛びでちょっと目にしただけ。沙弥子が好きで話は聞いてるけど。それは主人公の千鶴とあさぎだろ?」


 大介の言葉に桐子は頷く。


「そうよ。面白いから通して観る事をお勧めするわ。原作もいいわよ。読みなさい」


「そうだな、そうしてみるよ」


「良かったら貸すわ」


 桐子はそう言うが、大介はいいよと返す。


「いや、沙弥子から借りるよ。沙弥子いいか?」


「うん……いいよ」


 沙弥子が頷くと、桐子は先ほどとは違った意味で沙弥子に俄然興味を持ったようで尋ねる。


「沙弥子ちゃんは誰が好きなの?」


「天童翼子」


「あら、思ったよりもアッパーなキャラが好きなのね」


 沙弥子の出した名前に桐子は意外だといった様子になる。

 沙弥子の挙げたキャラクターが、桐子が沙弥子に対して持っていたイメージにそぐわなかったのだろう。


「あ、リス子ちゃんじゃあ俺に貸してよ」


 ならばと大介がリス子につめよる。


「構わないけど汚さないでよ」


「心配ないってー! あ、そうだ携番交換しようぜ」


 言って大介の言葉に促されるように三人は桐子と連絡先を交換する。

 沙弥子はそれを少し躊躇いをみせたが、交換を済ませる。


「じゃ、俺達こっちだから。リス子ちゃんと同じ方向だったんだな」


「そうみたいね」


「じゃ、また明日……は休みか。また明明後日にな」


 大介と沙弥子は二人と別れる、別れると同時に沙弥子は大介の腕にしがみついた。

 怯えたという様子ではなく、不安といった様子ではない。その感情の出所を大介は読みとる事ができなかったが、それが自分に助けを求めている事は理解できた。

 拠り所を求めているのだと感じ取れた。


「大丈夫か? 親父さん今日も仕事で遅いんだろ。こんな事があって家で一人とか嫌だろ。久しぶりに家に来るか、鈴もいいって言うだろうし」


 鈴とは大介の妹の事である。

 幼少の頃から、大介の家に泊まりに行くと沙弥子は鈴の部屋で寝ていた。

 大介の申し出に沙弥子は笑顔を見せるが、我慢するようにその笑顔を戻す。


「ううん、大丈夫。ありがとう」


「無理してないか? 俺の家なら遠慮はないぞ」


 つきあいの長い大介はその我慢している様子を察して、さらに声をかけるが沙弥子はやはり首を横に振る。


「本当に大丈夫……でも、今はこうやっていさせて」


 言いながら沙弥子はより強く大介にしがみつく。

 そして、大介の家の前までやってきた。

 幼なじみといっても、家がすぐ隣というわけではなく、沙弥子と大介の家は角を曲がって百メートルほど離れている。


「家まで送るよ」


「大丈夫、知ってるでしょ。すぐそこじゃない」


 そう言って沙弥子は大介の腕から離れる。

 どこかぎこちない笑顔を作りながら手を振って、沙弥子は歩き出す。


「何かあったらすぐ連絡しろよ」


 沙弥子の背に大介は声をかける。

 すると沙弥子は足を止めて振り返る。

 逆行になって沙弥子の表情をしっかりと確認できなかったが、続く言葉。


「うん……そうするね……」


 それは涙で滲んだ言葉であり。

 さらに続けた。


「ねぇ……大介……もし私が化け物でも(・・・・・・・・・)……一緒にいてくれる(・・・・・・・・)?」

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