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浄霊②

来ていただいてありがとうございます。



「ねえ、見てあの人……素敵……!」

「背高ーい!かっこいい!」

「冒険者かしら、眼帯もいい感じねえ」

クリスと街を歩いていたら、そんな声がよく聞こえてきた。クリスってかっこいいんだよね。それに王子様だから品があるっていうか……。中には話しかけてくる女の子達もいる。私が一緒にいても気にしないってすごい。空気かな?


でも、クリスはやっぱり無表情のまま。

「失礼。急ぎますので」

って私の手を握って歩き出してしまう。

「さあ、次はどこを見てみる?」

「あ、うん。さっきの朝市面白かったね。見たこと無いものがいっぱいだった!今度はうーん、あの辺のお店、見てみたい」

私が指差した先には、石畳の大通りから外れた路地がある。映画なんかで見る昔のヨーロッパの街並み。いくつかの看板が各店舗の扉の上に掲げられてて、魔法道具でも売ってそうな感じ。興味があったのもそうだけど、何だかクリスの機嫌が良くないみたいに思ったから、人の少ない方へ行った方がいいかなって思ったんだ。


実際は大通りより少し薄暗いだけで、普通に衣料品屋さんとか薬屋さんとか普通のお店がいくつか並んでるだけの通りだった。置いてあるものは見てて面白かったけど。一軒だけ明かりが点いてるのにちょっと暗いお店があって、入ってみるとそこは本屋さんだった。店内にはずらりと本棚が並んでる。地震が来たら、倒れてきそうで怖いくらいにたくさん。


「これはすごいな……」

クリスが感嘆の声を上げた。クリスが嬉しそうなのが私も嬉しかった。

「何がすごいの?」

「うん、珍しい本がたくさんあるよ。王宮の書庫にもあるものも。無いものも!」

クリスは近くにあった本を手に取ってページをめくり始めた。読むのに邪魔なのか眼帯を外して熱心に本を読んでる。良かった。クリス楽しそう。私も本棚を見て回ることにした。


「いらっしゃいませ」

か細い声がすぐ後ろから聞こえた。あまりにも突然ですっごく驚いた。え?人の気配なんてあった?振り向くと茶色のふわふわの髪、水色の目の優しそうな女の人が立ってた。店主さんかな?


「こんにちは。すみません勝手に見せてもらっちゃってます」

「どうぞご自由にご覧ください」

少し掠れた声……。顔色も悪いみたい。体調が良くないのかな?その人はアニスと名乗った。二十代前半くらいかな。アニスさんは私の後をついて来るようにして、ぽつりぽつりとお話しながら店を案内してくれた。お客さんあんまり来なくて珍しいのかな?


この店は旦那さんが店主さんで、今は珍しい本を手に入れるために他国へ赴いているそうだ。ご夫婦でお店やってるんだね。私が本を手に取ると、その本は旦那さんがクオーツ王国で手に入れてきた本で……。なんて説明してくれた。一冊一冊に思い入れがあるんだなぁ……。


旦那さんの事本当に好きなんだね。いいな、私もそんな風に誰かを好きになってみたい。一瞬、クリスの顔が浮かんだけど、いやいやいやって打ち消した。助けてもらったからって好きになるとかって、ちょっと安易だよね?


「本当にあの人は本のことばっかりで、私の事なんて…………」

話の合間にそう言って左手の指輪に触れたアニスさんの表情が陰ったのが少し気になった。あと、やっぱり顔色が悪いのも……。

「あの、大丈夫ですか?体調が良くないんじゃないですか?私達はもう帰りますからゆっくり休んでください」


「ああ、あなたは優しいのね……」

アニスさんはそう言って少し笑った。あ、元々可愛い人なんだけど、笑うと人懐っこい感じでもっと可愛い。旦那さんは早く帰ってきてあげて欲しいな。結局クリスが数冊の本を買って、私達はその本屋さんを後にした。気になって一度振り返るとお店の明かりが落ちていた。ああ、今日は店じまいにして休んでくれたんだって、ホッとした。




それから、噴水広場に出てた屋台でお昼ご飯を買ってもらって、私達はアルスターさんのお屋敷に帰った。本当はもう少し街を回る予定だったんだけど、思ったより私が疲れてしまったから。それに新しい本が出たら、私ならすぐに読みたいもんね。


買ってもらったのはサンドイッチみたいなもの。パンの生地はパニーニみたいな感じだった。たくさんの野菜と揚げた白身の魚を濃い味付けのソースで味付けしてあるものが挟んであって、とっても美味しかった。


お庭でお昼ご飯を一緒に食べた後、嬉しそうに本を読むクリスを見てた。私も買った本を見せてもらったんだけど、全然わからなかった……。途中で本を閉じたのは覚えてるんだけど、気が付いたらクリスにもたれかかって眠っちゃってて、すごく焦った。そういえばゆうべあんまりよく眠れなかったんだった……。


「ご、ごめんね!重かったよね?」

慌てて謝った私にクリスは申し訳なさそうな顔をした。

「連れまわしてごめん。疲れてたみたいだね。おまけに俺の買い物だけで終わってしまって……」

ああ、クリスせっかく楽しそうだったのに……!私はテンパってしまった。

「ううん!疲れた訳じゃないの。ちょっと昨日緊張して眠れなくて……」

「緊張?」

「うん、男の子と出かけたりってしたことなくて……」

はっ!言わなくてもいいことをぉ……。

「一度も?恋人とかはいなかったの?婚約者は?」

たたみかけてくるね。そこはスルーして欲しかった。

「……いません」

自慢じゃないけど、男子の友達すらいないですよ。

「……そうなんだ」

そう言うとクリスは無表情になって、本に目を戻した。うう、私一人で意識しちゃって恥ずかしい……。





「緊急事態だ!街の中に邪霊が出た」

数日後の夜、アルスター座長が慌てた様子で食堂へ入って来た。ちょうどみんなで食後のお茶を飲んでたところだった。


「邪霊?街には結界が張ってあるはずなのでは?」

トールさんが腰を浮かせた。手には剣を握ってる。

「ああ、街の中で発生したようだな」

「街の自警団はどうしたんです?」

クリスが訝し気に尋ねる。眼帯を付け始めた。


「それが、ちょっと厄介なことに強いらしい。それにちょうどいま街の外で邪霊の大量発生がおきてて、手が足りないそうだ」

アルスター座長はため息をついた。

「なるほど、そういうことですか……」

クリスが剣を持って立ち上がった。


「私も……」

「あまねは駄目だよ。いい子でお留守番しててね」

ああ、クリスに先に言われちゃった。

「でも……」

足手まといなのは分かってるけど、何だか行かなきゃいけないようなような気がしたんだ。でも結局置いて行かれちゃった。


なんだか落ち着かなくて庭に出てみた。夜だからもちろん暗いんだけど、星がたくさん見えてそんなに暗さを感じない。こんなにいっぱい星があるんだなぁ。今夜は月が見えない。


あれ?後ろに誰かいる気がする。誰か帰って来た?屋敷で働いてる人?何だか怖い感じがしたけど思い切って振り返ってみた。

「アニスさん?!」

そこにいたのはあの路地の本屋さんの店員さんだった。でも、なんだか違う。この違和感はなんだろう?暗い、黒い、澱んでる?そんな感じで影に染まっていくような、どんどん侵食されてるような……。


「これは、邪霊?ううん、邪霊になりかかってる?」

ということは、アニスさんはもう亡くなってるの……?そんな……。アニスさんがどんどん黒く染まっていく。邪霊の黒い影。夜の暗さより深い黒。その手の部分から光る糸が伸びてる?ああ、あの指輪は……。どうしてあの時思い出さなかったんだろう。街の外で見たあの男の人と同じ指輪。もしかして……。


「アニスさんっ!待って!負けないで!」


私は消滅させるための呪歌を少し変えた。教えてもらった定型文は一定の法則がある。だから浄化だけをできるように。


『清めの風よ、白き優しき風よ、悲しき魂を、黒き影から解き放て』


黒い影が消えてアニスさんと私が白い光で繋がった。その瞬間に伝わってくる気持ち。


(今日は私の誕生日なのに……。どうしてあの人は帰ってこないの?寂しい。許せない。寂しい……)



ああ、茶色の髪の男の人の顔が見えてきた。これはアニスさんの記憶?優しく笑ってる。あの人は……やっぱり……。あの森の街道にいた眼鏡をかけた、そばかすの……でも、あの人は……ああ、そうか……。もしかするとまだ……。


私はアニスさんに手を伸ばした。黒い影は消え去って、悲し気な表情のアニスさんが光になって私の中へ入って来た。

「一緒に行きましょう。アニスさん。……旦那さんに会いに……」






ここまでお読みいただいてありがとうございます。

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