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ペルティカの箱庭  作者: 綿貫灯莉
第5章 願い
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第72話 願い

「あの……、魂の再融合をしても、輪廻の輪によって再び魂を分割されたりしませんか?」


 地球上の人口がまだ増えていることを懸念して、私は質問した。


「多分それは無いと思う。この先、爆発的に人口が増加することはもう無いと推測しているし、もし増えたとしても、今アレが内包している『魂』以上には増えないと予想しているんだ。万が一、更なる分割が必要になった場合は、地球での暮らしが向いている『魂』から分割されるようだね」

「地球での暮らしが向いている魂?」


 その人は「例えば……」と例を挙げはじめた。


「先ほど話したような、自分を守るために有利な立場でいたい、仲間とともに広い縄張りを持ちたい、そういう地球上の生物の本能に同調する『魂』。これらは闘争や力を好む性質もあるようだね。自分の分身を増やすことを求めているようだから分割されやすい」


 そういう本能は生物としては正常だと言っているが、それのせいで多くのものを失っているのも事実だ。

 力の強いものが上に立つ構造がある限り、ここのような穏やかな世界は厳しいのではないかと思うが、それも文明が進むと変化していくのだろうか……?


「そして闘争の『魂』より多いのは愛し合う『魂』。この星にはない、誰かと愛し合う、子供を育て、慈しむ。そういう地球の中の営みを幸せだと感じる『魂』。それらは自分の『魂』を分かち合うことに抵抗がないようだから、こちらも選ばれる可能性が高い。でも多分これ以上は分割されないと思うよ」


 その話を聞いて、私はひとつ気になり尋ねた。


「ちなみに、子供には分割された親の魂が入っているんですか?」


 親との折り合いがあんなに悪かったのに、実は同じ魂なのだとしたら、それは恐怖を感じる。


「いや。『魂』の分割はアレが行うからそれは無いよ。生物学的な肉体は両親から受け継ぐけど、『魂』は無作為に入れられるんだ。だから、もし合わないと感じることがあれば、もしかしたらそれが原因かもしれないね。逆に全くの別人なのに、信じられないくらい気が合う存在がいたら、それは自分自身の片割れの可能性もある」


 それを聞いて納得した。

 そして、もしも私が地球で生きている間に、他人に興味を持つことができていたなら、とも思った。

 生きることに精一杯でそんな余裕なんてなかったけど、もしかしたら過去にこの星で出会った人たちや、自分自身の片割れが近くにいた可能性もあったのだ。

 もし、その人たちに巡り合えていたら、もう少し違う人生もあったのかもしれない。

 次の人生が前回よりマシである保証はどこにもないのだ。輪廻転生から逃れられない以上、出会えたかもしれないこの星の仲間と助け合えていたなら……。

 そんな後悔が頭をよぎったが、全ては戻れない過去の話だ。


 私は前を向いた。


「万が一、この先も魂が分割されていった場合、影響は無いんでしょうか?」

「地球上で転生をする分には、ちゃんと生物としての肉体があるから問題ないと思うよ。分割に関して問題があるのは、やはりこの星での寿命だね」


 私はそれを聞いて胸を撫で下ろした。

 もし消滅していったみんなが、今回の地球上での転生で幸せな生活を送ることができ、再び地球で転生したいと願った時に影響がないことは大切だ。

 地球上で生きるみんなに問題がないのなら、前向きに魂の再融合に取り組めそうだと、私は気を張った。



 そして、器の受け取りについて確認した。


「再融合のための器はどれくらいで用意して貰えるんでしょうか?」

「そうだね……。器自体の作成はそれほど時間がかからないけど、中に入ってもらう『魂』と対話をする必要があるから……、夜明けまでには用意できるかな。実は今日は『魂』を孵化の森に振り分ける日だから、少し立て込んでいるんだ」


 そういえば今日はエタナの種まきの日だ。

 最北の地へ向かった人たちは、それを間近で見るために今回の出発日を選んだのだった。


「わかりました。それではここにもう一泊して、明日受け取ってから出発します」

「わかった。じゃあしばらくこの肉体から抜けるから、用がある時は話しかけてね」

「ありがとうございます」

「エルライがいる間はここを開けておくから、自由に出入りしていいよ」


 それだけ言うと、その人は美しい虹色の瞳をゆっくり閉じて、最初に見た時と同じように動かなくなった。

 私はその様子を見届けてから立ち上がった。



 草むらを歩いて遺跡の部屋まで戻り、再び火を入れたランプを手に持った。

 いつの間にか廊下に出られるように元通りになっている部屋を見て、ここへ来た時と同じ道のりを辿って外に出る。


 吐く息は白く、澄んだ冷気が身を包むのを感じながら、すっかり暗くなった夜空を見上げた。

 遺跡に入ったのは朝だったのに、すっかり日が暮れている。

 あの場所にいたのは体感で二、三時間だったのに相当な時間が経っていたことに驚いた。

 お腹を空かせた様子の犬に謝りながら、荷物から出した携帯食を半分に分けて渡し、半分を自分の口に放り込む。

 その様子が見えたのか、暗闇の中でぼんやりと桜色に輝いて見えるケラススが上空から降りてきて、バサバサと羽ばたいて肩に乗った。私は腰にぶら下げている袋から木の実をいくつか取り出し、手のひらに乗せると、ケラススはそれを嬉しそうについばんだ。


 ぐるりと首を巡らせて、星の角度を確認し、今の大体の時間を弾き出した。


 ──もうすぐエタナの種まきがはじまる


 新月で月明かりのない暗闇にたったひとりだが、恐怖など一切なく、ただ静かな気持ちで佇んだ。


 極地でありながら白夜も極夜もない、夜の帳が下りた美しい星空を見上げる。

 そして、最北の地の夜でありながら、命の危険が伴うような厳しい寒さにさらされることもない。

 先人たちが知恵を出し合って作られた穏やかなこの星が、傷ついた魂のための箱庭なのだと、こうして様々なものに目を向けるとよく分かる。


 しばらくすると、ここから少し離れた最北の地の遥か上空に突如光の塊が現れ、それらが放射状に尾を引きながら一斉に流れてくるのが見えた。


 夜空の中をキラキラと輝きを放ちながら流れてゆく星々は、涙が出るほど美しい。


 北の大都市で何も知らずに見た時は、ただ幻想的で綺麗な光景だと思った。

 だけど、あれらの光ひとつひとつが私と同じ存在であり、地球上でのこれまでのことを想像すると、様々な思いが込み上げてくる。

 そして、この星での穏やかな暮らしを願わずにはいられなかった。


 私たちのために気が遠くなるような時間、この星を孤独に維持してくれているあの人がそうするように、私も、同じ存在である全ての仲間のために、出来る限りのことをやろうと、美しく煌めくその儚い光景に誓った。










数多ある作品の中からこの作品を選んで読んでくださり、誠にありがとうございます。



こちらの作品は、以下の書籍に影響を受けて書かせていただきました。


小野不由美 「十二国記」 新潮社

出口治明 「哲学と宗教全史」 ダイヤモンド社

Lawrence R Spencer 「エイリアン インタビュー(リーダーズ・エディション): Readers Edition」



最後に……

連載中に読みにきてくださった皆様へ


投稿の都度、続きを見にきてもらえた事がとても励みになりました。


また、いいねやブックマーク、感想やポイントなどは、いただけると思っていなかったので、本当に嬉しかったです。


完結できたのは皆様のおかげです。心より感謝いたします。

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