第2話 反省会
「えーっ、今から本日のクエストの反省会を始めたいと思う! うぃ~、ひっく……!」
「わぁーいっ、パチパチパチパチ」
酔っ払いのロイが酒の席で唐突に反省会の開催を宣言するので、ボクはそんな彼を白い目で見ながら気の無い拍手を送る。
今、ボクたちが居るのは迷宮都市アンヌンにある大衆居酒屋「囀る燕亭」。
イギリスの田舎料理みたいな雰囲気の素朴なお料理を提供してくれる居酒屋で、初級から中級冒険者がよく通っている。
お値段もお手頃で良心的なお店なのでいつも大勢のお客さんで賑わっている。
ここの店は、フィッシュ&チップスも美味しいけど、パイ料理やお肉のローストなんかも美味しい。
ロイは今日は普段よりもピッチが早く、すでに木製のジョッキに入った麦酒を5杯、立て続けに飲んでいる。
あまりお酒に強くないロイは、もうすでにけっこうお酒が回っている感じだ。
楽しいはずの酒の席に反省会を持ち出す……
しかもリーダーが酒に酔っぱらってからとかって普通にめんどくさい。
もし反省会をするにしても飲む前に手短に済ませて、あとは嫌なことを忘れて楽しく飲もうぜ!っていうのが正しいやり方なんじゃないの?
ダンジョン中層の最奥で気絶したボクを、ロイは担いでこの迷宮都市アンヌンまで連れて帰ってきてくれた。
そのことは普通にありがたいことだとは思うけど、そもそもロイが無茶をしなければボクがMP切れで倒れることも無いわけで、正直ボクとしては複雑な心境だ。
ボクはMP切れのせいでさっきまでフラフラしていたけど、今はMP回復薬を飲んで少し落ち着いている。
「なぁ、ニコ…… 今月に入って俺に担がれて帰るのは何度目だ?」
「えっ? 七度目だけど?」
「そうだ、ダンジョンに潜る度に俺に担いで帰ってもらっている計算だ。良いご身分じゃないか、ニコ?」
「はぁっ!? それはロイがボクに毎回無理をさせるからでしょ!? 今日だってボクが無理して大規模魔法を使わなきゃ、パーティー全滅だったじゃない!」
今月に入ってボクたちは七度『王国』ダンジョンに潜り、七度ともボクはロイに担いで帰ってもらっていた。
それは逆に言えば、ダンジョンに潜る度にボクはロイに無理をさせられ、その度にMP切れを起こしてぶっ倒れているということを意味していた。
銅等級の頃はこんなこと無かったのに、銀等級に上がってからはこんなことがしょっちゅうあった。
いったいなにを生き急いでるんだよ、ロイ?
こんな無茶なクエストのこなし方をしていたら、いつかはボクもロイも死んでしまう……
盗賊のゴムリは戦闘には一切参加しなかったが、オークの剥ぎ取りはしてくれていたらしく、今回の報酬はそこそこの金額になりそうだった。
ただ明らかにいくつかの重要アイテムが回収されていないので、おそらく闇に消えたアイテムはゴムリのポケットの中だろう。
だが、それは良い。
元々ボクは剥ぎ取りを行わずに撤退することを提案していたんだから、収入がちゃんとあるだけまだましだ。
険悪な雰囲気のボクとロイを見て、神官のティアは「あわわっあわわっ」と動揺している。
盗賊のゴムリはなにが楽しいのか、「シシシシっ!」と声をあげ笑っている。
「はぁーっ、もぉーうんざりだ! 少しはペース配分しながら魔法を撃てよ! 毎回、ダンジョンの奥深くからお前を担いで帰る俺の気持ちにもなれってんだ! せっかく倒したモンスターの素材やドロップ品は持ち帰れなくなるし、疲れてるのに人一人担いで帰らなきゃならんし…… ゴムリが剥ぎ取りしてくれるから良いものの、毎回こうだとさすがに迷惑だと思わねぇのか?」
「えっ? なに言ってるの、ロイ? 等級的に明らかに格上のモンスター相手に手加減して勝てって言ってるわけ? もう一回、冒険者ギルドの初級冒険者養成所からやり直したら? 普通に考えて、自分の等級より格上のモンスターを討伐できるだけで大金星なのに、どうやったらそんな話になるわけ?」
ロイはボクに正論で返されて反論ができず、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしている。
その表情はまるで茹で上がったタコのようで、そう言えば「囀る燕亭」の人気メニューに「タコの地獄焼き」というのがあったな……とふと思い出した。
おろしニンニクと数種のハーブ、岩塩、オリーブオイルをもみ込んだタコをオーブンで焼いたメニューで、確かなんとか島っていう島の名物料理だったはず。
何度もタコを岩に叩きつけてから調理するらしく、「ちょっと残酷なやり方だけど信じられないくらい身が柔らかくなって美味しいんだ」と、知り合いの女狩人が教えてくれた。
しかし残念ながらボクの目の前にいるタコ君は食べることができそうにない。
本当、このタコも食べられたら良かったのにと思い、ボクは手元のフォークでちょいちょいと突っつく仕草をする。
「ちょ、ちょっ、なにするんだ、ニコ!?」
「いや、顔がタコみたいに真っ赤だから食べられるのかなと思って」
「はっはぁー? ちょっ、たっ、食べられるわけないだろっ!? はぁーっ?」
そう言いながらロイは更に顔を真っ赤に染める。
ロイは髪の色も赤なのでほぼ顔全体が真っ赤かで、今にも顔面から火を噴きだしそうだ。
ちょっとからかい過ぎたかな?
でもそこまで顔を真っ赤にして怒らなくても良くない?
せっかく場の雰囲気を少しでも和ませようと思ったのに……
元々、ボクとロイはパーティーを組む前から友達で、仲が良かったからいっしょにパーティーを組んだのに、もはやそういった冗談さえ通じなくなったのかと思うと少し寂しい。
「冗談だよ。本当に食べるわけないじゃん」
「はっ、はぁー!? 冗談かよ? たく、お前はいつもそうだ…… 本当、ニコ、お前そういうとこだぞっ!? 分かってんのか?」
「いや、どういうことなのかよく分かんないけど?」
「まっ、まぁ良いよ。この話はっ! 良いか、とにかくだ。俺くらいの才能があったらな、銀等級でも一人でオーク将軍くらい倒せるんだよ! お前の『極大海嘯』なんて必要なかったんだ!」
ロイはそう言うと目の前の木製ジョッキをグイっと呷り、本日6杯目の麦酒を飲み干す。
ボクもお酒は嫌いじゃないけど、今日はなんだか飲みたい気分じゃない。
目の前に置かれたナッツをポリポリつまみながらオレンジジュースを飲んでいる。
よく冷えたオレンジジュースはボクの乾いた喉をうるおし、食道を下って臓腑までたどり着くと熱くなった身体を冷やしてくれる。
身体の奥の方にまだジリジリとひりつく熱のような、ずっしりと重たい鉛のような疲れの塊が残っている感じがするけど、その嫌な感じが少し和らいだような感じがした。
それでもまだMP切れの後遺症なのか、目の奥はジンジンするし、脳の深い場所は鈍い痛みを発している……
「一人でオーク将軍を倒せるんだったら、ハイオーク五匹にてこずったりなんてしないでしょ?」
またもボクの正論に論破されて、ロイが「うぐっ」と言葉を詰まらせる。
ちょっと言い過ぎたかな?
MP切れによる頭痛のせいで、ボクも少し短気になっているのかもしれない。
別にボクはロイをバカにしたいわけじゃないんだ。
「ロイも銀等級になりたてにしてはかなり強い方だと思うけど、無茶な戦い方をして欲しくないんだ。このままじゃいつかパーティーが全滅しちゃうよ?」
「――っせぇーんだよ……」
「えっ? なんて?」
「うるっせぇーつってんだよ! 毎度毎度俺に担いで帰ってもらってる使えない魔術師の癖にえらっそーに!」
「はぁっ!? それはロイがいつもボクに無理をさせるからでしょ!? ちゃんと計画的に自分たちの実力に見合ったクエストに挑んでいたら、ボクがMP切れで倒れることだって無いんだよ!」
売り言葉に買い言葉で口論がどんどんヒートアップしていく……
どうしてこうなったんだろう?
いっしょにパーティーを組んだ頃は本当に仲が良かったのにね……
「もう良いよ、ニコ。お前はパーティー追放だ!」
理屈でボクを論破できないロイはどうやらボクをパーティーから追放することに決めたらしい。
これまでパーティーの為にと思って一生懸命尽くしてきたけど、その気持ちがロイには伝わらなかったんだと思うと、無性に悲しくなるし、それと同時に腹立たしくもなる。
どう考えたって今の状態からボクが抜けたら、『赤い牙』はまともに冒険者パーティーとして活動できなくなると思うんだけど……?
今日みたいなピンチが来た時にロイは自分一人の力で乗り切れると本気で思っているの?
「ソロ冒険者として活動して、己の無力さを痛感すれば良いんだ! あとで泣いて許しを請うなら再加入を考えてやらんこともない」
「はぁ? なに言ってるの、ロイ? ボクがいなくなって困ったってボクはもう戻ってあげないからね? 散々後悔すると良いよ!」
こうしてボクは『赤い牙』から追放され、ソロ冒険者として活動することになった。
そう言えば、今日のクエスト報酬の分け前をもらいそびれちゃったけど、まぁ良いか……
今からわざわざ報酬をもらいに行って、またもめたりする方がめんどうだ。
あっちも好きにすれば良いし、こっちも好きにさせてもらうよ。