エピローグ 地球の風は誰がために
午後11時の東京は、まだ煌々として騒がしい。楽しげに駅へ向かう学生たち、手を取り合って仲睦まじく歩く若い男女、酔いに任せて上司の悪口を叫んでいる中年男性――もはや私の母星では見ることの無い光景である。
電車を降りて宙海市に着く。静まり返った住宅街を歩いていると、屋内からわずかに漏れた笑い声が時折聞こえる。明日の休日をどう過ごすか語り合っているのだろうか。
そして、営みの気配が消えかけた0時前。星降舞依が私の帰宅を待ち受けていた。
「もう遅いですし、家に入りますか?」
「だ、ダメだよ!こんな時間に、なんか、やらしいよ……」
「……一体何を想像しているのですか?」
「な、何でもないから!」
「それで、ご用件は?」
――明日の0時ごろ、会いに行きます――彼女の送ってきたメッセージをスマートフォンで見せながら、星降が切り出すのを待った。
彼女は、黙って私のことを見つめていた。
暗闇に浮かぶ星降の姿を見ていると、あの時の戦闘を思い出してしまう。
地球の人々を守ろうと、自らは地球人であることを捨てかけてでも、戦った彼女。
恐ろしいまでの暴力をもって、外敵を排除した彼女。
そんな彼女は私を前にして、何をする気なのか。彼女が生きるこの惑星を我が物にしようと暗躍する“侵略者”レオル=マクニールを、星降舞依は――
「ありがとう」
星降は、深々頭を下げた。
「……」
「ど、どうかした?レオルくん」
「……私は、地球人の敵ですよ?この場であなたに抹殺されても、文句は言えない立場です」
「そ、そんなことしないよ!レオルくんには、沢山、お礼を言わなくちゃいけないじゃない」
「礼?何に対してのですか?」
「レオルくんが救ってくれたんだよ。この地球を、それに私たちを」
救った、か。
「ですがこの地球は、少しずつ我々のものになろうとしています」
日本という一国家ではあるが、その権力中枢は私の思い通りとなりつつある。
更に、各国に強い影響力のある組織『BLUE』のエージェントを部下にすることも出来た。
準備は整った。ここを起点に地球全体の支配層を取り込み、地球人を裏から操ることで、私の侵略は進んでいく。
「……ねぇ、レオルくん」
星降の声色に、緊張感がみなぎった。
「レオルくんが地球を侵略したら、地球の人は幸せになれる?」
「そんなことは――」
答えを待つ星降の表情を前に、私は言葉を詰まらせた。
「レオルくんたちから見れば、私たち地球人はか弱い存在かもしれない。まだ戦争は無くならないし、酷い怪我をすれば死んでしまう。環境破壊を止めることも、まだ全然出来てない。きっとまだまだ出来ないことばっかりで、宇宙旅行だって、行けても月くらいだもの」
丸い月とわずかな星が輝く漆黒の空に向かって、彼女は手を伸ばした。
「でも、必死に生きてる。幸せを求めて、懸命に生きてる」
夜空に向けられた双眸は何を臨み、高く揚げられた手は何を掴もうとしているのだろうか。
「だからもし、レオルくんが私たちの幸せを傷つけるなら……私はレオルくんと、戦うよ」
星降からの挑戦は静かに告げられた。
柔らかな月明かりが、返答を待つ彼女の華奢な身体に降り注いでいた。
「……私は無用な争いは好みません。それに、ラティーナの力を得たあなたは強大だ」
私は、右手を差し出した。
「同盟を結びませんか?」
「同盟?」
「そうです。あなた方を直に観察してみると、当初予定していた侵略や地球管理の方法では、地球人の激しい反対に遭うことが予想されます。ですから、まぁ、地球人の心情をないがしろにするプランは修正します。もっと穏やかに、地球人の権利を尊重する形で管理出来れば良いと考えています」
「ほ、本当に!?」
「地球人の大事な“心”とやらを侵害すると、思わぬしっぺ返しを食らいそうですから」
地球人の大切なもの――家族、友、愛する誰か――少なくとも目の前の少女は、それを守るためなら何でもする。
「あなたとだけは、戦いたくはありません」
「私も、だよ」
星降は、私の右手を握った。
「レオルくんの地球侵略、私が見届けてみせる」
ゲルマ星人と地球人の、奇妙な同盟がここに成立した。
「私、信じてるんだ。レオルくんが地球のために何かしてくれることも、きっと沢山あると思う。そういうことのためなら、協力だってするよ」
互いの手を取り合う私たち。
もし、私が残酷に地球人を滅ぼそうとする侵略者になれば、私と星降は互いの存亡をかけて争うことになるだろう。私が数多の軍勢を従え、彼女がそれに立ち向かう――そんな血みどろの未来が現実となる可能性は、決してゼロではない。
「何か気に入らないことがあれば、その馬鹿力で殴る前に言ってくださいね」
「そ、その節は、ごめんなさい!何かお詫びしないと……」
「気にしなくて大丈夫です。しかし、一つ頼みがあります」
「う、うん」
「また、あなたの手料理を食べさせてください」
「そんなことで、良いの?」
「もちろん。あなたのお弁当には心底感激しました」
「そんなに喜んでくれたなら……そうだ。学校のある日は、お昼ご飯、私が作ろうか?」
「それは素晴らしい」
私は地球を侵略するためにここに立つ。そこに合理性があるならば、私はどんな戦いからも決して逃げることはない。
それでも、彼女とだけは、今の関係のままであり続けたい。
共に料理を囲み、ささやかな感動を分かち合える――そんな関係で。
終
これまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。投稿してすぐの頃はアクセスもブックマークも伸びず、心が折れそうでした。ですがご評価やご感想を頂くようになって、それが大変な励みになりました。ここまで来られたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。感謝申し上げます。
一旦物語は完結としますが、正直迷っています。色々書きたいことはあったので……
もし、もっとレオル達の地球侵略をその眼で見たいという方がいらっしゃいましたら、ぜひブクマやご感想、ご評価頂けますと幸いです。
またいつの日か、皆様に再開できることを祈っております。 佐馴 論




