裸の付き合い
「ご馳走様でした」
私が用意した晩御飯をぺろりと平らげ、キサキさんは丁寧にお辞儀してくれた。
恐縮である。
「すみません。大したもの用意できなくて」
「いえ、なんというか……もしかして妹さんは宮廷料理人とか?」
「またまた~うまいな~」
「この世界の食べ物はどれもこんなに美味しいのでしょうか」
「どうなんでしょう。健康的ではあると思いますけど」
「む~。これはうちの道場にも持ち帰りたいですね。妹さん、よければうちで働きませんか?」
「遠慮しときます」
異世界行きたくないわよ。
絶対に。
「お風呂入ります?」
「お風呂! よろしければぜひ!」
「じゃあそこに浴室があるので使ってください」
「あんな小さい扉の先に?」
「あれがこの世界のスタンダードです」
嘘だけど。
そういうことにしておこう。
悪かったなオンボロチビアパートで。
「先に入っても?」
「ええ。私は洗い物してから入るので」
「……ではお言葉に甘えまして」
キサキさんはおもむろに席を立ち、浴室へと入っていく。
一瞬引き戸の開け方がわかっていなかったけれど、なんとか中に入っていった。
「あー、なんか今更冷静になってきた」
洗い物の手が止まる。
もうなんでこんなことなってるのか。
お願い神様、嘘だと言って。
しばらく愛ちゃんの愛玩具になるから。許して。
「ななな!!」
――と、浴室からキサキさんの叫び声とドタバタと大きな音が響いてきた。
まさかまた血がシャワーから?
一気に血の気が引き、私は浴室へと駆ける。
「大丈夫ですか!?」
浴室への扉を開け放つと、シャワーヘッドから水が激しく出て、床をのたうち回っていた。
キサキさんは浴室の斜め上。
そう、天井の隅に手足で張り付いていた。
全裸で。
「……何してるんですか」
「そ、それはなんですか!?」
「あー」
シャワー。
知らないのか。異世界の人。
「その装置を触っていたら急に湯が飛び出てきて」
「大丈夫ですから降りてきてください。ていうかよくそんなところに貼り付けますね」
スパイディだ。
クモの糸とか出しそう。
こんな田舎町で映像映えはしないけど。
飛び交うビルがない。二階建ての家屋の間を飛び交うスパイディなんて見たくない。地面を走った方が速そうだ。
「ほ、本当ですか? これ、シュルベニアの新型兵器とか……」
「シルベニアはもう卒業しました。ていうかその態勢……」
天井に張り付くために、両足を壁についているんだけど。
こっちに向けてお股が開かれている。
同性の私でも見ているのが恥ずかしい。
すると、音に反応したシンディが浴室へと入ってきて、床をのたうち回るシャワーヘッドへと襲い掛かった。
シャワーヘッドと戯れるシンディの姿に、ようやく気を許したのかキサキさんは下へと降りてくる。
「お湯が出てくるだけです。これで体の汚れを流してください」
「おお……なんて便利な。おおっ!?」
と、キサキさんにシャワーを手渡すと同時、シャワーヘッドがぐるりとひねって暴れだす。それが私の全身を濡らす。
「ごご、ごめんなさい!」
「っちゃ~。……はぁ、もうしょうがない。どうせだし」
「はい?」
「肌の付き合いをしましょう」
私は脱衣所へと戻り、びしょ濡れになった制服を脱いで洗濯機へと放り込む。生まれたままの姿になって、浴室へと戻った。
キサキさんに現代のお風呂の使い方を教え込みつつ、共に体を流す。
「すごい体ですね……」
キサキさんの体は、衣服に包まれてわからなかったが、すごい筋肉質だ。可愛らしい顔からは想像もつかないほど引き締まっていて、その可愛らしさを損なわない程度に筋肉のラインが入っている。
「恥ずかしいです。女の子らしくなくて。小さいですけど傷とかもあって……」
「すごくいいと思います。憧れます」
「私は妹さんのような女の子らしい体になりたかったです」
「となしばですね」
「となしば?」
「隣の芝は青いって言う、自分が持っていないものはよく見えるってことです」
「そう、かもしれませんね」
ふと、キサキさんは伏し目がちになった。
「武道の道場を経営されてるんでしたっけ?」
「はい。これでも万の生徒を持つ道場の師範なんですよ。まだまだ未熟物ですが」
「万……収入がすごそうですね」
「収入?」
「あ、すみません。つい」
つい気が緩んでお金の話をしてしまった。
まだ貧乏性は抜けていないようだ。
「お金ならもらってませんよ」
「え、そうなんですか!?」
「はい。ほとんどが戦争や流行り病などで親を失くした子供たちを預かっているので。基本的に食べ物などは自給自足です」
「じゃあ、なんのためにやっているんですか? その、モチベーション的な」
「何のために……そう言われれば考えたことがないですね」
キサキさんは、石鹸の泡を不思議そうに救い上げてそれにふっと息を吹きかける。
「私にしかできないことだから、でしょうか」
「運命、みたいな?」
「というより、宿命ですかね」
違いはよくわからないけれど。
キサキさんとしては、何か明確な違いがあるのだろう。
「あ、そういえば聞きたかったんですけど」
「なんでしょう? なんでも聞いてください」
「アラガミ様って?」
「あ~」
いつか突っ込んでやろうと思っていたけれど、先程の空気感に聞くタイミングを逃してしまった。
「ランバンに伝わる神様のことです。アラガミと言っても種類は様々で、基本的には自然現象を神様と見立てて信仰しているんですよ。嵐とか雷とか、洪水とか」
「八百万の神、みたいな?」
「それソウタさんも言ってました。ヤマタノオロチだとかなんとか」
「あいつ好きそうだもんね。神とか神話とか」
「今から5年ほど前ですかね。ランバンに、止まない雨が降り続けたんです。それを民はアラガミ様が怒っている~なんて噂して。なんとか雨を止めてもらおうと供物なんかも捧げたりしてたんですけど……まあそのうちの一人が私だったんですけど」
「人柱!?」
「ええ。ソウタさんにも怒られましたけど、あっちではよくあることなんです。でもそれはおかしいって怒ったソウタさんが私を助けてくれて。雨の原因となったアラガミを倒して空に太陽を取り戻してくれたんです」
「そこから、兄がアラガミになったわけ?」
「はい!」
その話をするキサキさんの顔は、どこかで見覚えのある。
そう。
これは、恋する乙女の。
「キサキさん、兄のこと好きなの?」
「ひっ」
ガタン。と体を流していたシャワーヘッドが床に落ちる。
こら。傷つくでしょうが。
「そそそ、そう見えますかっ?」
「そうとしか見えない」
「えへへ」
え、なにそれ可愛い!
控えめに言ってかわうぃ!
私そっちの気がある気がしてきた。
「ソウタさんが私を救ってくれた時に、言ってくれたんです。捧げるなら俺に捧げろ。俺が全部もらってやるって」
「きんっも」
心の底から言葉が出た。
音楽の先生も絶賛するほどの、腹から出た本物の声。
アカデミー賞助演女優賞ものだ。
湯船につかっているのに、サブイボが出たわ。
吐きそ。
「まあ冷静に考えるとすごいこと言われたんですけど、でもあの時本当なら死んでいた私です。今の私はソウタさんがいて私なんです」
「ふうん……」
ぷくぷく、と水面に泡を立てる。
これ以上兄を貶めるのも野暮か。
というか、以前北田くんに対してこんな顔になっていたであろう自分がフラッシュバックして、死ぬほど恥ずかしい気持ちになった。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「志津香」
「へ?」
私が唐突に自分の名前を言ったから、キサキさんは何のことかわからずに、はてなを浮かべる。
「嶺志津香。それが私の名前」
「はぁ……」
「妹さんじゃなくて、志津香って呼んでください」
「志津香さん」
「そう。私は私です。あいつの妹なんて立ち位置は寂しいですから」
そこまで言って視線を外す。
なんとなく言ってて恥ずかしくなったから。
するとキサキさんは、浴室に響き渡る大きな声で返事をしてくれた。
うるさい。




