え、私死ぬの?
「え、死ぬの私?」
不謹慎だけれど、癌を告知された人の気分ってこんな感じなのだろうか。
思ったよりもあっけない。
というか、身に入ってこない。
ひとしきり兄の「……っ」って顔を拝んだ後、ひとまず落ち着こうということになった。
「大丈夫だ。今度は絶対死なせない……!」
と静かに決意を固める兄。
いやいやいや。そんな神妙な顔つきで過去の人とリンクさせられても。
誰よ。そいつ。
今私の話。狙われてるの私。
可愛い可愛い妹ぞ。
「大丈夫ですよ。そのために私が来たんですから!」
と、キサキさんがぐっと拳を作って力強く言ってくれる。
「その、前回の時……前の人はどうだったんですか? 守る人がいなかったとか?」
「いえ。みんなでガッチガチに守ってました!」
「おい」
いけない。つい突っ込んでしまった。
キサキさん。基本的にいい人なんだろうけれど、馬鹿さ加減がにじみ出てる。
ううんごめん。天然か。
言葉は選ぶことにする。
「でもスクワルトの策略でうまくバラけさせられてしまって……」
「その話は、するな」
と、兄が割って入ってくる。
「いや、しなさいよ。結構大事だから。今から対策練るんだから」
「……悪い」
兄はそれだけ言って、自分の部屋に戻っていった。
気まずい空気が流れる。
「そんなに触れられたくない過去なの? そのリヒトさんって人」
「あ、はい……とても明るくて、素敵な人でした。男女問わず、誰でも好きになってしまうような」
「……兄も?」
「……多分、相思相愛だったと思います。こっちが嫉妬しちゃうくらい」
「てへへ」と頬染めて笑うキサキさんに、なぜか胸が痛くなる。
私は少し、悪い質問していたらしい。
「私てっきり、あのプランって白い人がヒロイン的な人なのかと」
「いろいろ複雑なんです。私も知ってることは断片的で」
「そんなに、素敵な人だったんですね。リヒトさんって」
「とっても。ソウタさん、こっちの世界に形見のペンダントを持って帰っていたはずです」
「ペンダント……? って、あの十字架に竜が巻き付いてる?」
「はい! そうです!」
「だっさ!」
本当か。
あんな中学生が修学旅行先で買ってくるようなペンダントを。
後生大事に抱えているなと思っていたけれど、まさか向こうの恋人からの送りものだったなんて。
それにしてもだっさかったわよあれ。
私の中のリヒトさん像がぐらぐらと揺らぐ。どんな人物か検討がつかなくなった。
「あれ、でもそっか」
兄があれの紛失に慌てていた意味が分かった。
それに、確かあれを使って異世界との道を繋いで私を助けてくれたんだ。
それは、思うにとても苦渋の決断だっただろう。
すると、その時カリカリとふすまを鋭いものでこするような音が響いてきた。まるで猫が爪を砥ぐようなこの音は……。
ふと、兄の部屋のふすまが開く。
するとそこから這い出るように、白い生き物が飛び出てきて、椅子に座るキサキさんの許へと飛び込んだ。
「キュウ~~~!」
「シンディ~~~!」
シンディが、慣れたようにキサキさんの胸元に飛び込む。
ぽよん、とその華奢な体に見合わない大きなメロンがたわわに揺れる。
「キサキさん、シンディと知り合いなんですか?」
「もちろんです! 実はソウタさんがこっちの世界に帰ってからは、私とプランさんで面倒を見ていたんです!」
「そうなんですか」
「シンディ~やっぱりここにいたんですね」
「キュウ~」
まるで主を待っていて帰ってきた忠犬ハチ公のように、頬を寄せ合う二人。
むむ。
私の時には見せない顔だ。
嫉妬よ。嫉妬である。
「それで、聞きたいことはたくさんあるんですけれど」
なんとなく見ていられなくなり、仕切りなおすように私はキサキさんに話しかける。
「とにかく今日はもう遅いので、また明日にしましょうか」
「そそ、そうですね! すみません! こんな夜更けに不躾に!」
「あー、いえ。あと敬語とか大丈夫なので」
「あはは。気にしないでください。私こうやってしゃべる方が落ち着くんです」
「ならいいですけど……キサキさん、帰るとこあるんですか?」
「あ、お構いなくです! その辺の山で暮らすつもりなので!」
「はぁ……」
想像通りの言葉が返ってきて、頭を抱える。
あっちの世界の人たちは、野宿するのが趣味なのだろうか。それともまだ部族的な文明の低い世界に暮らしているのかもしれない。
「こっちではそれはあまり良くないことなので、遠慮せずうちに泊まってください」
「そんな悪いですよ。じゃあ寝ずに過ごします!」
「そういうことじゃなくて……せっかく私たちのために来てくださったのに、追い返すのも申し訳ないですよ。それに」
そうシンディに視線をやる。
シンディはうるんだ瞳でキサキさんを見上げていた。
「帰ってほしくなさそうだし」
「えへへ~。そうなんですか? シンディ?」
「キュウ?」
言葉はわかっていなさそうで、シンディは首を傾げるキサキさんを真似して、首を傾げた。
「じゃあご飯あるので温めますね」
私はそう言って無理矢理頭を日常に戻した。




