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死の予言

 家賃5万。2階建てのオンボロアパート。

 我が家のボロくもボロいダイニングキッチンに、黄色い武闘家が座っていた。

 黄色い武闘家。

 なにを言っているのか私もわからないけれど。黄色い武闘家なのだ。

 長い髪は黄色いシュシュのようなものでポニーテールにしばり、身体は黄色い武闘着に身をまとっている。手には黒い穴あき手袋を着用している。

 あからさまに武闘家だ。

 漫画とかゲームで見るやつ。

 私はあんまり使わないけど。

 だって弱そうだし。


「お茶、でいいんですよね?」


 私は恐る恐る、粗茶を差し出す。

 家の中をキョロキョロと不思議そうに見渡していた黄色い武闘家は、私を見てにっこりと笑う。


「はい。ありがとうございます!」


 私よりはいくつか上に見える。

 兄と同い年だとして、大学生くらいか。

 彼女は湯呑を不思議そうに眺めたあと、ズズズとお茶を喉に通した。


「むむっ」

「……もしかして、お口に合わなかったですか?」

「いえ、こんな美味しいお茶は初めてです。もしかして後宮などで出される高いものなのでは?」

「近くのスーパーで買った一番安いやつです」

「一番安い……さすが異世界。文明的には一つも二つも先を行っているようですね」

「あはは」


 キラキラな笑顔が耐え難い。

 私は向かいに座る兄に、バトンタッチしようと視線を配る。


「無理。私には無理よ」


 いっこく堂も顔負けの腹話術で兄に小声で伝えると、兄はなんでやと言いたげに肩をすくめる。

 頭ぶっ飛んでるやつ二人も相手できるかっつーの。


「キサキ」

「あ、はいアラガミ様! 久しぶりですね!」

「あーっと、その、アラガミ様はここではやめてくれないか……?」

「え、どうしてですか?」


 キサキと呼ばれた黄色い武闘家は、不思議そうに眉根を寄せたあと、私を見た。


「あー、そうですよね。こっちではそういうのないんですよね」

「そういうこと」

「あはは〜ごめんなさい! 私、まだこっちの世界に慣れてなくて……」

「志津香、改めて紹介するよ。こいつはキサキ。フルネームは……えーっとなんだっけ?」

「酷いです!」

「ごめんごめん。フルネームで呼ぶことってないから」


 紹介されることを諦めたのか、キサキさんはすくっと立ち上がって居住まいを正して私を見る。


「改めまして、はじめまして! 私は向こうの世界にある、ランバンという国で武道を教え広めているキサキ・ヨウモンと言います!」

「……ランバン……靴の?」


 わけの分からぬ単語に、私は自分の理解の範疇(はんちゅう)での答えを出し、兄に答え合わせを求める。

 間違いでなければ、靴のメーカーであったはずだ。

 しかし兄は私も一瞥(いちべつ)もせずに小さくため息をし、


「向こうにある、国の一つだよ。こっちで言うと、中華圏みたいな」

「まさにって感じね。こっちの想像を全く外してこないわ」

「前に言っただろ? 同じような星で同じような環境で文明が発達していけば、そう大きく違いは出ることはないんだ。物の呼び名なんかは違ったりもするけどな」

「言語は? ねえ、言語は?」

「それよりキサキ、なんでこっちの世界に?」


 私の核心を突く問いを兄は見事にスルーし、キサキさんに視線を戻す。

 別にいいけど。


「ラーさんに手伝ってもらって、もう一度異世界への穴を開けてもらってです!」

「方法じゃなくて、何故って意味だ」

「あーそっち」


 新喜劇か。

 つまんね。


「あの後、みんなで向こうの世界に帰ったんですけど、スクワルトさんの姿が見えなくて。私達で改めて緊急の会合を行ったんです」


 スクワルト。向こうの世界で兄のライバル的な存在で、超強いらしい黒いやつ。

 何やら兄の大切な人がその人に殺されたかなんかで、因縁があるみたいに見受けられた。

 どうでもいいけど。

 しかし以前の騒動のゴタゴタに紛れてこっちの世界に残っているっぽい。

 それもこれもすべて兄の失態であり。

 そう思って兄を見ると、気まずいのか視線を外に逃げ出していた。


「スクワルトさんは、その存在一つで世界を揺るがすほどの重罪人です。私達の問題を別の世界に押し付けてはならないと会合で意見が満場一致しまして。そこで異世界への派遣チームを作ってスクワルトの捕縛に赴こうと思ったのですが……」

「ですが?」

「シュルベニアとティヌアンが揉めまして」

「やっぱりか……」

「なにがやっぱりなのよ」


 やれやれ、みたいな顔すんな。

 私を置いてけぼりにするな。この家の家主ぞ。

 置いてけぼりにするなら外でやれ外で。


「シュルベニアは世界一の帝国。ティヌアンは世界一の軍事国家だ。お互い主導権を争って揉めたんだろ?」

「えへへ」


 何故キサキさんが恥じる。

 かわいいけど!


「それで結局意見はまとまらないまま、長引くかなーと思っていたんですが、その時ラーさんから個人的な呼び出しを受けまして」

「ラーさん? 神話の方の? じゃない方の?」


 じゃない方ってなに。

 自分で言っててわけがわからなくなってきた。


「ラーは、向こうの世界の七賢者の一人だよ」

「また7……好きよね、厨二病って7が」

「本当なんだって……でもいろいろあって今は2人になってしまって、実質ラーが唯一の世界の守り人を担ってる」

「守り人ね……もういいわ。先に進めて」

「はい。ラーさんが占ってみたところ、タワーのカードが出たそうです。タワーは崩壊を意味する不吉の最たる象徴です」

「ラーの占いか……それはまずいな」

「どうまずいのよ?」

「ラーの占いは予言と言って差し支えない。前回タワーが出た時は……」

「出た時は?」


 そこまで言って、兄は口ごもった。少し淀んだ空気を感じ取っていると、


「リヒトさんが、お亡くなりになられました」


 キサキさんが代わりに言った。

 とても申し訳無さそうに。


「リヒトって、確かスクワルトに殺されたっていう?」

「ああ」


 兄は少し視線を下げて、消え入りそうな声で言った。

 これは深入りしない方がお互いのためかなと察する。

 すると淀んだ空気をリフレッシュするかのように、キサキさんが続けた。


「事の深刻さを感じ取ったラーさんから、一番近いところにいた私が呼び出されていたんですが、とにかく急いでこちらの世界に赴き、起こりうる問題に対処すべきだと結論が出ました」

「なるほど。それでキサキさんがこっちの世界に来られたんですね?」

「そういうことです。後から誰かが送り込まれてくるかはわかりませんが、私は取り急ぎの対処として派遣されてきました」


 カチ、カチ、と3分遅れで時を刻む時計の音が響く。


「なんだかテンション感の違いについていけないけど、とにかく状況が深刻なのはわかった。それで、その起こりうる問題って何か予測はついてるんですか?」

「わかりません。スクワルトさんの件じゃないかと思っているんですが、ラーさん曰く誰かアラガミ様……ソウタさんにとって大事な人が死ぬ暗示だと」

「そんな……」

「なにか思い当たる節はありませんか? 最近身の回りで起こっていることなどでもいいんです」

「あ、あります! そっちのウラさんだとかって人から、最近命を狙われてて……ね?」


 兄をもう一度見る。

 すると、兄は拳を強く握り、目を細め机を睨んでいた。

 なにか、憤りを押し殺すかのように。


「なによ? 思い当たることがあるなら言いなさいよ」

「……」

「こっちに恋人でもいた? バイト先で好きな人でもできたとか? 大事な人って誰?」


 すると、ようやく兄が私を見る。

 とてもつらそうな顔で。

 無言で。

 なにかを訴えかけるように。

 その視線に、理解する。


「え」


 気づいてしまう。



「…………私?」



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