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文唱式質量転送魔法――通称〝フタ〟
一応、魔法なのだが、習得難易度は意外と低く、ある程度の技量に達しさえすれば、誰でも発動できるような、いわば初歩的な魔法の代表例である。
現実を捻じ曲げる力を持つ魔法は確かに強力だ。しかしながら、この転送魔法が実戦でも使えるレベルかと問われると、話が変わってきてしまう。
基本、フタは一人一ヵ所。だいたい半径1km以内が限度とされている。
頑張れば2~3増やすことも可能だが、その際、魔技の発動者は『法式の秩序成立』の『代償』を要求されるため、最もローリスクな取引である『距離の犠牲』を選ぶ者が圧倒的多数を占めていた。
早い話、疲労骨折覚悟で身体に負担をかければ何とかなる、という体感に近いのだが、たかだか移動のためだけに現実を捻じ曲げる者などいるはずもなく、加えて、敵に文唱解読されてしまった場合、逆に罠として利用されてしまうケースが後を絶たないのと、複数の文唱法式の維持にかかる魔力消費量が、あまりにも実戦向きでないため、『そんなことに無駄マナを払うくらいなら、もっと強力な魔技の発動に力を割くべきだ』――という結論に、多くの魔操者が行きつくのも道理であり、結果、最も使い勝手の良い『一人一ヵ所』と『術者を軸とする半径1km以内』が、暗黙の内に基本戦術として成立したのだった。
〝しかし、星に選ばれし魔導士に、基本など当てはまるはずもない〟
彼の特徴として、まず真っ先に挙げられるのは、その膨大な知識量である。
もっとも、単純に知識という言葉を用いてしまうと、『記憶石』などという裏技の存在するこの世界においては、軽薄なものとなってしまうだろう。
ただのデータの蓄積であれば、自立思考型のAIが普及する以前に栄えていた、旧式のPCで事足りてしまうからだ。
即ち知識とは、それと隣人関係にある『知恵』と『経験』を併用することでその真価を発揮するのであり、三つの間を如何に繋ぎ合わせるのかが肝腎要になってくるのだ。
人間は考える葦。パスカルはパンセの中にそう記した。
無論、『経験に基づく知識と知恵の運用能力』は誰しも持っているわけだが、エリーユに限って言えば、その運用スキルが常人離れしている天才だった。
読解以前に、触れるだけでも困難な魔導書を、彼は九歳の時点ですでに十冊も読破しており、さらにそれだけでは飽き足らず、己が血肉に宿した知識を実践して――……。
要するに、周囲の迷惑を顧みずに遊んでいたのだった。
そんな天賦の才をラフティが放置するはずもなく、クオゾ大陸の片田舎で才能を燻ぶらせていた幼い少年は、エルゲド自らのスカウトによって、ユスティティアに招かれることとなった。
やがて、ユスティティアが世界に誇る【魔道学】の最高峰【クロノ・クィンス・テリアム】に15歳で入学。
世界各国から集いし魔操者のエリートが群がる中でも、エリーユの成績は抜きん出ており、最低でも六年間は在籍するその教育機関を、彼は飛び級によって三年で卒業。おまけに首席合まで取っている。
そして彼が卒業論文として発表した【魔導書武具精製概論】は、現在に至ってはレヴォ第六区画の【魔具開発部門】でも参考にされているほどで、それは彼が今身に着けている『魔導書』にも転用されていた。
(フタの発動に付いて回るリスクを軽減する方法なんて、考えればいくらでもある。魔力供給の一部を星脈に任せるなり、肉体に掛かる負荷を相殺するほどの回復魔法を連用するなり……とはいえ、それも面倒と言えば面倒だ。だから僕は、その供給に必要なマナのほとんどを書物に任せている)
汝、常世の穴穿ち風すさぶ。木々の葉落ちて枯れゆき、狂気の魔手は八頭竜の如し。
――それは、エリーユが右手首に装着しているブレスレットに刻まれた文唱の一説。
(これは我欲を制御できなくなった人間を批判した詩だ。常世の穴は、心の穴に訳すことができ、木々の葉とは、その者の所有物、あるいは財産を意味する。狂気の魔手というのは、つまり我欲を誘発する禁断症状のことで、この魔導書が作られた年代から鑑みるに、多分、麻薬中毒者のことを指しているのだろう)
さらに左手のブレスレットからも、別の文唱が現出した。
Mit vielem halt man Haus. Mit wenigem kommt man aus.
ーー贅沢すれば際限がないが、なければなくともやっていける。
(これをさっきのテキストに組み合わせると、魔導書に込められている〝筆者の念〟が上手い具合に融和を起こし、そして理性を覚えた狂気の魔手が、自身の変化に驚喜すると、収まりの利かないエゴは、半永久的に動き続ける魔力機関へと変貌するのさ!)
◇
距離に換算すると、約50km。
突如虚空に描かれた〝フタ〟から光の粒子が溢れ出し、やがてその粒子が人型を形成し始めると、理を逸した移動手段を終えた諜報員二名は、片膝をつくような恰好で実体化を果たした。
二人の背後にあったフタは、爆ぜる火花の如く雲散霧消し、魔力の輝きを喪失した空間に残ったのは、ただ不気味に光る緑の常夜灯のみ。
鼻を突くような刺激臭が充満しており、エタノールなどの化学薬品が周囲にあることを伺わせる。
二人の魔操者は立ち上がると、素早く双眸に魔力を流し込み、肉眼強化による暗視を可能にした。周囲の警戒に当たりつつ、老師が念話を発動する。
『流石じゃな。〝足の生えた魔道図書館〟という異名も、伊達ではあるまい』
『やめてくださいよ、その呼び方……』
『さてさて、ひとまず『DIMARC』内部への潜入に成功したわけじゃが――水先案内人は任せたぞ』
エリーユは頷き、次いで自身のネクトを操作して、エルゲドのUHFにアクセスリンクを求めた。エルゲドはそれを了承すると、彼の視界にワイヤーフレームの立体地図が浮かび上がった。同時に、赤色と青色の光点が明滅を起こし、それぞれの位置にタグ付けされた情報も表示された。赤は『備品置き場』、青は『職員用エレベーター』と記載されている。
『赤が現在地、青は目的地です。打ち合わせ通り、まず自分が変装して先行します。エルゲド様には、〝透明・浮遊・遮断〟を発動しながら移動してもらうことになりますが、なるべく自分との距離を空けないようにお願いします』
『心得た』
瞬間、エリーユが魔力のベールに包まれると、偽造用IDを記録した記憶石から成りすましに必要な情報が抽出され、それが続々と彼の肉体に読み込まれていった。
記憶石をフラッシュメモリ、肉体をハードとするならば、この作業はファイルの転送中とも解釈できよう。もっとも、これは機械同士のやり取りではなく、生の人間と石ころの間で交わされるものだが。
記憶石の発光現象が、次第に弱まっていく。
イミテーションの膜で全身を覆われたエリーユは、徐々にその姿を露わにしていき――
『ほう、こりゃたまげたわい。艶然が似合う色女に化けるとは』
『勘違いしないでください。変装に適していたのが、この人物だったというだけです』
苦笑で応じたエリーユの目は、しかし微塵も笑っていなかった。
それはエルゲドとて同じで、彼はアウラによって身体を浮遊させた直後、トルスパウザを発動して大気に溶け込むと、間断なく気配を絶ち切り、己の存在証明を限りなく薄めた。
エリーユはそれを見取ると、備品置き場を後にして、目的地へと向かうために通路を進んでいった。
午前0時を過ぎているため、やはり職員の数は少ないが、それでもガラス越しに映える研究室に視線を送れば、徹夜で研究に励む白衣姿を見つけることができる。
そのまま歩き続けていると、正面右の扉がスライドした。部屋の中から現れたのはスーツ姿の男性で、彼はエリーユの存在に気付くと、何やら親しげな目線を寄越しながら、エリーユたちに接近してきた。
「やあデイジー、今日も綺麗だね」
「もう、アンドリューったら、お世辞ばっかり言っちゃって。あなたが私に言い寄って来るって、テッサに密告するわよ」
「ははは! それは勘弁願いたいね! じゃあ、僕の方は一段落ついたから、一度家に帰るよ」
「お疲れさま。それと、ついでだから言っといてあげる。シャツの襟、曲がってるわよ?」
「え、ああ本当だ! ありがとう。肝心なところが抜けてるって、いつもテッサに言われるんだ。それじゃ!」
アンドリューと呼ばれた男性が、エルゲドの真横を通り過ぎて行く。無論、奴さんが侵入者に気付く気配はない。
スパイに演技力が求められるとはいえ、女性の仕草、言葉遣いを、こうも易々とやってのけるというのは、もはや役者というより、ドッペルゲンガーである。
(あやつめ、記憶石の人格設定をかなり弄ったな。やれやれ、相も変わらず完璧主義じゃて)
胸中で唖然とするエルゲドをよそに、エリーユは淡々とした歩調で前進していく。
道中、他の職員が通り過ぎる度に、彼(彼女?)はにこやかな愛嬌を振り撒き、備品置き場から直線距離で約50mほど離れた地点で立ち止まった。
『着きました。ここです』
二人の正面には、誰でも乗り降り可能な通常仕様とは異なる、魔紋認証式の職員用エレベーターがあり、エリーユがイミテーションで偽造した生体情報を読み込ませると、鉄製の扉が滑らかに開いた。
エリーユが先に入ると、浮遊しているエルゲドは、潜水士のように潜り込んだ。
地に足をつけているエリーユはともかくとして、エルゲドは現在、魔術によって浮遊している身だ。そのため、このエレベーターの重量計と連動している防犯システムの使用記録にも、おそらく『一人』としかカウントされないはずであり、彼が風魔術【アウラ】で浮いている理由は、全てそこに帰結する。
永録魔機は、言ってしまえば人間の視覚機能の代替品である。故にトルスパウザで透明になられたら、手も足も出ない。が、事実そこに人が立っているのであれば、重量が生じるのは言うまでもない。つまり、永録魔機に映った人数と、エレベーター内でカウントされる人数に誤差が生じてしまうと、警備会社に連絡が行くか、もしくはその時点で侵入者警報がけたましく鳴るかの、二つに一つだ。
どうやら人数の辻褄合わせは上手くいったらしく、自分の存在証明をとことん消しているエルゲドは、エレベーターに乗り込んだことを伝える合図として、エリーユの肩を指先で二回、ポンポン、とタッチした。念話でも別に構わなかったが、手を使った方が速かった。
ツータッチは『ゴーサイン』という意味だ。エリーユは特にリアクションを見せることはしなかったが、その直後に、『魔力を込めた右手』を操作パネルに当てがい――
そして通常の方法では絶対に辿り着けない『異階』を選択した。
エレベータ―内に現れる魔力の軌跡。
刹那、ガコン、という駆動音が振動すると、二人を乗せた密室の箱は、下に向かうような体感と共に動き始めた。
『……ふむ。ずいぶんと手の凝った仕掛けじゃのう』
『ええ。まさか筐体そのものが法式だったなんて、流石に意表を突かれました』
『そうまでして隠したい何かがある、ということか』
『分かりません。自分が確認できたのはここまです。単独の任務でそれ以上踏み込むのは、危険だと判断したので』
『賢明じゃ。いやむしろ、この短期間でよくぞ見つけた』
『素直に喜びたいところですが、まだ物的証拠の確保にまで至っていません。お褒めの言葉を頂戴するには、いささか時期尚早かと』
『可愛げのない奴じゃ……』
冗談の空気はそこでピタリと止み、次第に緊張感が浮き彫りになる。気付けば、エルゲドのUHFに展開されていたDIMARCの地図が、ノイズによってかき乱されていた。
それは徐々に酷くなる一方で、無用の長物になると悟ったエルゲドは、瞬き一つで地図を視界から消し去った。
DIMARCは地下2階までしか存在しないはずだが、なぜか彼らを乗せた箱は未だ下降を続けている。さらに言うのであれば、現在地を示す位置表示器も、すでに地下567階などという、デタラメな値になっていた。
『エルゲド様、恐らくこれは、異次元結界と同種の魔法です。仮にここが別次元なら、魔機の影響は及ばないはず。いざという時のために、イロハは解いた方が――』
確かにそれも一理ある。
法式に何らかの文言を用いれば、異次元と現実の魔機のデータを送受信させることは可能だろうが、法式を組み込むには大量の魔力容積が必要なのだ。あんなちっぽけな永録魔機や、その他の防犯用魔機に、そんな余裕があるとは到底考えられない。
だが、数多の戦場を駆け巡った老師エルゲドは、そんなエリーユの至極全うな提案を、即断で跳ね除けた。
『――いや、まだだ。現実と乖離している確証があるわけではない。あるいは、そういった勘違いを誘引する類の法式かもしれん。であれば、このエレベーター内の魔機が機能している可能性は十分考えられる。少なくとも、今は駄目じゃ。無論、お主も変装を解いてはならん。よいな』
会話に僅かな空白が生じる。
エリーユは優秀とはいえ、まだ19歳だ。
思わぬ見落としを指摘されたことで、ショックを受けたのだろう。
『分かりました』
応じる声音を聞いた限り、特に問題はなさそうだ、とエルゲドは判断した。ユーファールのセーフティを外し、到着即時戦闘となった場合の立ち回りを複数パターン想定し、デモンストレーションを脳内で繰り返す。
位置表示器が――664、665――そして666。
到着を知らせるチャイムの音と共に、異階へと通じる扉が開かれた。
正面に敵がいないことを確認し、且つ魔力の気配も周囲から感じられないことを理解した二人は、恐る恐るエレベーターをあとにする。エリーユは魔力をいつでも開放できるように魔操力を調節し、エルゲドは尚も隠密のイロハを行使しながら、アサルトライフルを即座に正射できる構えを取った。
正面の景色は、突拍子もない別次元というよりは、むしろ確然とした現実性を保っている場所だった。
蛍光灯の光が、床一面に敷き詰められた黒色の大理石に反射し、同じく黒色を帯びた円筒の柱が整列している様は、どこか近代的な内装を彷彿とさせたが、しかし、四方八方からのしかかる神殿のような厳格さと神秘性が、現実味をどこか遠い存在に追いやっていた。
『この、否応なしに伝わる圧力は……間違いない。魔法じゃ。……が、これは』
言うや否や、ここがすでに外部と隔たれた場所だと理解したエルゲドは、自身にかけた魔術を全て解除して、粉吹雪のように舞い散るトルスパウザの中から、その身を露わにさせた。
同様にエリーユも変装を解き、証拠隠滅のために偽造用IDの入った記憶石を、土属性の石工魔術によって粉砕した。
「やはりエルゲド様も奇妙に思われますか」
念話での会話を続けることに意味がなくなったため、エリーユは実際に口を動かして話しかけた。
訪ねられたエルゲドは襲撃の危険性が低いと判断したのだろう。アサルトライフルをレディポジションに携えてから、ゆっくりと体の向きを変えて、エリーユと視線を合わせてから頷いた。
「うむ。見たところ、中々に精巧な疑似空間じゃ。しかしだからこそ腑に落ちん」
「同感ですね。これだけの質を保つのであれば、空間維持に消費される一日当たりの魔力量は、多分、フタ100個でも不足でしょうから」
「問題はそこじゃ。こんな魔法、コンスタントに供給できる魔力源がなければ、一気に瓦解してしまうぞ」
「患者を利用している、という線は薄いですね。魔操者から抜き取るならともかく、空魔が人口の9割を占めているこの国じゃ、現実的にあり得ない。そもそも、なぜこんなものが『DIMARC』の地下に?」
「分からんことだらけじゃな。まあ、それを調べるための潜入調査じゃ。行くぞ。ワシが先頭、お主は後方支援じゃ」
「了解」
コツ、コツ、コツ――靴底の音だけが、乾いた空気に広がっていく。
歩き始めてから約30秒が経過した時、二人は、まるで闇の中に浮かぶ人間の口のような洞窟を正面に捉えた。赤い岩肌に囲われた洞窟内部には、下へと伸び続ける階段が設けられていて、見れば、A2サイズの金属板が床に埋まっているのが分かった。魔機内蔵型の反重力階段だと認識した二人は、しかし咄嗟の動きやすさを優先するために、人力で降りていくことにした。
「人間の食道を下っているみたいで、なんだか気味が悪いですね」
「ワシらは胃カメラか?」
エルゲドが苦笑いで応じる。
それほど長い階段ではなく、順調な足取りで降り切った彼らは、しかしその直後、信じられないような光景に思わず目を剥いてしまい、しばし開いた口を閉口することができないくらい驚愕させられた。
無理もない。二人の眼前に待ち受けていたのは、血のような赤黒い岩壁に覆われたドーム状の広大な空間で、背の低いビルが点在し、商店街のような通りに服屋や飲食店の看板等が置かれている様は、ごくごくありふれた日常を紡ぎ出す街の印象を受けるが、一方で『地底都市』としか形容できない仰々しさを放っていることも事実であり、そんなシュールレアリスムな世界観を具現化した街が、地下空洞の中にすっぽりと納まっていたのだから――。
(街そのものを魔法で構築するとは、よくもまあ、やってくれる。いかにも科学者の考えそうな事じゃ。……しかし、それにしては妙だ。いくら何でも静かすぎる)
長年培ってきた勘が、エルゲドの防衛本能に囁く。エリーユも経験という面においては未熟であるものの、やはり才能がそれを補っているらしく、同様の不信感を露わにしていた。
相も変わらず周囲に人のいる気配はない。そのことに、いささか疑念の余地はあったものの、ふと、何か神秘めいたものを知覚した両者は、振り返りざまに後方を見上げた。
そこにあった景色は、およそこの世のものとは思えず、まさしく地獄としか形容できない物々しさが漂っていたが、何よりもその景観が、世の終焉の戸口に立ったかのような錯覚を与えて止まず、二人の心を串刺しにしてしまった。
彼らに現実世界の知識を得る術でもあれば、今頃は『ソルナ・セントラム駅』の面影を重ねていたに違いない。
「地獄に降り立った悪魔の気分じゃ」
「ある意味そうかもしれません。もっとも、実際に悪事を働くのは人間の仕事ですが」
「悪魔以上に悪魔であれ。殺生から目を背ける、人であって人に在らずを拒むのであれば……か。人間が人間である以上、もしくは人間であることを矜持する意識体である以上、我々はその矛盾から逃れることなどできない。もし仮に、この世に悪魔がいるとすれば、それは矛盾を受け入れられない人間の心が映し出す虚構、あるいは妄想なのかもしれない」
「ステラが残したとされる一説ですか。結局、現代に生きる我々は、その一説の一部分を都合よく解釈して、その結果〝矛盾寛容〟なんていう、名前だけを取り繕った殺人魔術ができてしまった。とはいえ、今の我々はその加護を意識に施した状態で任務に臨んでいるし、きっとこれからも加護を施し続ける――
せ
パ 〝殺〟
ラ に
ド 前
ク る
ス に れ
前 さ
の る 〝殺〟
〝渦〟 れ い
に ま 遅
呑 込 ゃ
み じ
ら
か
で
ん
〝死〟
――皮肉な話です」
「ああ。人であることを意識しようとすればするほど、何故か人は、自分が人であることを無意識のうちに放棄していく。電脳化然り。魔源義肢然り――矛盾寛容による、〝意識保護〟然り。機械の体、などという見た目の問題ではない。生身を辞めたところで、人間の実存はそう易々と在位を譲らんからな。そんなものは所詮、矛盾を拒絶する意思と意志を覆い隠すことで発生した、忘我の果てに待ち受ける現象の一つに過ぎん」
「生死をどう定義するのか。そして如何に生命と距離を置くのか。そういった心の動きや葛藤を矛盾と呼ぶのであれば、その摩擦熱で生じた世界こそが、きっと本当の地獄ってやつです。どこにも答えはないくせに、疑問の種は次から次へと湧いて出てくる。その問答の応酬に際限なんてものはない。時代毎に用意される解答はあっても、ほとんどはその『矛盾の目』の存在に気付けぬまま、パラドクスに喰われて崩壊する」
「……加護を受けてしまった我々は、やはり人でなしの悪魔に相違ないのかもしれん。だがな、それら清濁を含めたのが人間であることも事実じゃ。それを忘れてはならん。たとえ、秩序や平和が地獄の業火の副産物であったとしても、だ」
結局、毎回その結論に至る。堂々巡りのいたちごっこ。
いつもと変わらぬ厭世と諦観によって生じる虚脱感を胸に秘して、エリーユは言った。
「神は天にありて、世はすべて事もなし。酷な事実です」
その時、不意にエルゲドの視界に『Notice』という文字が割って入ってきた。意表を突かれたかのように目を見開いた彼は、長話が過ぎた、と言わんばかりに会話を切り、前方に銃を構え直すと同時に口を開いた。
「前方500m付近で熱源を探知した。何が起こるか分からん。用心して向かうぞ」
エリーユは黙したまま首肯し、エルゲドの背中を追従していく。
地獄は自酷。その事実を加護の力でコーティングした魔操者たちは、その後、一切振り返ることなく、地獄の門を背負いながら突き進むのであった。




