第29話:噎(む)せかえるような
遅くなりました。
本日も一話投稿になります。
※残酷な描写が有ります。苦手な方は、ご注意下さい。
思っていた以上に、酷い有り様だ。
原型を留めているモノが……無い。
ここに来る途中で、農耕馬らしき遺骸を発見した時から、覚悟だけはしていたつもりだったが、それでも吐き気を堪えるだけで精一杯の惨状が、目の前に広がっている。
元傭兵のフィリシスは、こういった凄惨な情景に慣れているせいなのか、一見いつもと変わらない様子なのだが、いつもと違って一向に口を開こうとしない。
エルフリーデは、オレと同じように、必死で吐き気を押さえつけている様子で、顔色は青ざめていて、その美しい容貌にも苦悶の表情が浮かんでいる。
ニンフの分体という超常の存在であるハズの、セストとデシモにしても、どこか苦痛を耐えている様な顔をしている。
撒き散らされた大量の血液、臓物とその中身、皮膚や毛髪、子供の物だったであろう細く小さな一本の指、もはや誰の物だったのかすら判別の付かない眼球、肉片、血まみれの骨、脳漿、欠け落ちた歯、毛むくじゃらの右足……。
レッドキャップは、食べるために住人を殺したのでは無い。
殺すためだけの殺し方ですら無いのだ。
ただ返り血を浴びるため、ただただ自らの帽子を、より赤く染め抜くためにこそ殺したのだということを、雄弁に物語る住人達の体の一部だったモノの『破片』の数々。
即死出来た者が居たなら、まだしも運が良かった方なのだろう。
まさに『狂乱の宴』の跡地がオレ達の目前に、ある。
その場の誰もが動こうとしない。
口も開かなかった。
しかし、目を背けたくなる様な光景から、誰も目を離さない。
やむなくオレが声を掛けて、集落の中央あたりに穴を掘ることにする。
昨日までは普通に人々が暮らしていた場所なのだ。
少し探せば、穴を掘るための道具は見つかった。
これ以上は死体を野ざらしには出来ない。
魔法を使えば早いのだろうが、それは死者に対して不誠実な気がして、オレからは言い出せなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
しばらくして、何とか住人達の埋葬は完了した。
オレとエルフリーデは鎮魂の神聖魔法を唱え、死者達の魂を、無事に有るべきところへと送ることにする。
この土地の神へ、冥府の神へ、慈愛の神へ……祈り、願う。
これを怠れば、この未練を残して亡くなった死者達は、恐らくアンデッドモンスターとなって生者を襲うだろう。
打算的に思われるかもしれないが、必要なことなのだ。
もちろん、死者を弔う気持ちに嘘は無い。
オレもエルフリーデも誠心誠意、安らかなる眠りを祈る。
普段は無宗教と言って憚らないフィリシスも、種族的に信仰という概念の無いハズのニンフ達も、ただただ死者のために無心に祈りを捧げていた。
最後に精霊魔法の「招雨」で、局地的な雨を降らせて、地面の血液を洗う。
思ったより招き寄せた雨雲は強く、時ならぬ雷雨となったが、涙雨という言葉もある。
死者達の手向けに、ここは空に泣いて貰おう。
弔いの雨は短時間で通り過ぎて、元の晴天に戻る。
オレ達だって、雨が止むまでの間、ぼんやり空を眺めていた訳ではない。
フィリシスがトマスから聞き出してくれた手掛かりから、更なる情報を発見出来ていた。
それはトマスが怪しいと教えてくれた者達が残した、馬の蹄の跡だ。
血液や様々な遺骸で隠れていたものが、雨が降ったことで、露になっていた。
蹄跡は、ここ数日の間、不審な旅人を泊めていた、ソールと言う住人の家の裏手から、真っ直ぐ北に伸びている。
トマスの話では、ソールもレッドキャップに襲われて死んでいるのを、トマス自身の目で見たらしいが、一緒に居たハズの客人達の死体は見ていないらしい。
ソールの遠縁で、東の小国の圧政から逃れ、帝都を目指して、旅をしていた一家と言う触れ込みだった。
普段なら、たまに聞く話かもしれないが、このタイミングでは、限り無く怪しく思える。
オレは前世の記憶から『草』とか『スリーパー』等という存在を思い出していた。
この『草』というのは時代小説から、『スリーパー』というのはスパイ小説からの知識だ。
いずれも、仮想敵国に現地の住民として溶け込み、数年〜数十年もの間、情報を流す以外の動きを見せず、いざ策動する時には、本国の指示に従い敵国内部で撹乱行動を起こす役割を担っているのだ。
この場合、ソールが『草』で、遠縁の一家を装った者達が、帝国に対して何らかの策動を仕掛けるための、いずれかの国の本隊では無いかと、推測が出来る。
だいたいにして『妻が熱を出してやむなく立ち寄った』と言っていたらしいのに、トマス以外に生き残ったのが、病人と子供を連れたソールの親戚一家だけ……誰が見たっておかしいだろう、これは。
つまり現時点では、この場を逃げ出した、その一家は限り無く黒に近い。
逃げた方向についても、その印象を強めている。
東から来たレッドキャップの群れから逃げるならば、トマスと同じく反対方向、つまりこの場合なら西側に逃げるのが普通の心理だ。
さらに言えば、一家は帝都を目指していたハズだろう。
帝都も、この場所からは西の方角に有るのだ。
北に逃げると言うのは、いかにもおかしい。
しかも北にはルスタ山と言う山が有る。
セスト、デシモの話によれば、ルスタ山にも、いにしえよりニンフが存在するらしい。
オレは自分達も馬に乗って、発見した馬蹄の跡を辿って、後を追うことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
逃走の痕跡は途中の川で途切れている。
川に入ったまま、東か西に逸れ追跡をかわす算段なのだろう。
まずは、当てずっぽうで川を渡って東側を捜索する。
すると、かすかに風に乗って、馬の嘶きが聞こえたような気がした。
オレ達は馬に乗ったまま、音の聞こえた方向に向かって道を急ぐ。
しばらく音を頼りに探していると、次第に木のまばらに生えた林が広がっているのが見えてきた。
その林の中ほどには、木に繋がれたままの馬が居た。
怪しい一家が、ここで乗り捨てたのだろうか?
しかし、なぜ?
オレ達も馬を降りて周辺を探るが、ここで完全に痕跡が途絶えていた。
いずれ追跡がされるのを察知していたような動きだ。
やはり相手は素人では無い。
恐らく旅の一家というのも、良く考えられた上での偽装なのだろう。
だとすれば、やはり目的は盟約の宝珠を奪い、この地に混乱をもたらすことだろうか。
ならば、オレ達が取るべき行動は一つだ。
このまま、馬に乗ってルスタ山を目指す。
ヤツらの目的がニンフの守る宝珠なら、必ずいずれかのニンフの住まう地に姿を表すハズだ。
ルスタ山にヤマを張り、そこであわよくば一網打尽にしてやる!
手短にオレの考えを話し、皆の承諾を得ると、早速オレ達は馬上に戻り、一路ルスタ山に向かうことにした。
そこに、今回の黒幕が来ることを信じて……。
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明日も一話投稿予定です。
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