第九十三話「選択」
「魔族の方は陽動に成功。なおも戦闘を継続中……」
大型の撮影カメラを右肩に抱え、それとケーブルで繋げられた水晶玉を左手に持ち、そのカメラのレンズを鷹丸と『切り札』の方へ向けながら、ベルク・ルーベンスは高高度に滞空した状態でそう呟いた。
キリカから最初に『戦闘の撮影役』を任された時は、そんな七面倒な事に自分を巻き込むなと内心大いに反発したものだったが、秒単位で崩壊していく町並みや死力を尽くして戦う連中の姿を斜め上から傍観していく内に、これはこれで面白いかもと思うようになっていた。
「でもあの仕事、本来はジョシュアがやる予定だったのよね……」
と、件の二人の戦闘を眺めながら、ぽつりとベルクが呟いた。
本来なら陽動作戦に従事する筈だったジョシュア・スタンリーは今回の作戦には参加していなかった。ルイにやられた傷が完全に癒えていないからだ。
「はあ……まったく、あの馬鹿……」
頭の中にジョシュアのバカ面が浮かび上がる。
馬鹿なんだけどどこか憎めなくて、それでいて最悪な事に中々頼りになって――
「――な、何を考えてるのよ、私」
そこで正気に戻り、頭を振って脳内に膨れ上がったイメージを振り払う。
「い、今は仕事に集中しなくちゃ。そうよ、仕事よ仕事。サボって後でキリカに怒鳴られるのとか御免なんだから」
そして真っ赤な顔で言い訳めいた事を呟きながら、どこか不機嫌そうな表情でカメラを別の方向に回した。
「それで、あっちは……」
今回の本命――ルイと巨人の戦闘風景を目の当たりにして、ベルクが顔をしかめる。
「まあ、今更見るまでも無いけどね」
凄惨だった。
建物が崩れ、瓦礫が散乱し、あちこちで煙や炎が上がっている。そしてその破壊の波は今も歪に広がっており、陽動部隊が戦っていた所もその煽りを受けて建築物の大半が崩れかかっていた。
その凄まじさは、こうして空から全体像を俯瞰視点で眺める事でより正確に、残酷なまでの痛ましさを伴って見る者に伝わってくるのだった。
「あーあ、好き放題やっちゃってさ」
しかしそれを見たベルクの心が痛む事は無かった。
所詮は他所の世界。そこまで感情移入できるほどこの町に慣れ親しんでいる訳でもない。寧ろ子供が自ら作った砂の城を壊すような感覚で、この惨状を見て楽しんでさえいた。
「さて、これから何が起こるかしらね……?」
そう言って、どこかウキウキした感じでカメラを回す。
ベルクはこの状況を楽しんでいた。
ルイにとってこの状況は地獄だった。
逃げて、隙を見つけて、狙いをつけて、引き金を引く。その間、一度でも敵に触れれば死亡。即終了。
それは一度のミスも許されないルーチンワーク。ルイの――二人の神経を極限まですり減らす、地獄のイベントだった。スーパーマリオはこんな気持ちで戦っていたのかと、敵の攻撃に対してのアラート要員となっていた大悟は肝を冷やす傍らでそう考えていた。
「次!」
スティンガーで巨人の頭を吹き飛ばしたルイが叫ぶ。全体監視をしていた隼が無線越しに叫ぶ。
《来るぞ! 右手上空に魔法陣!》
「数は!?」
《一だ!》
『ルイ、左から来る! 四体!』
「挟み撃ち!?」
大悟が放った言葉に反応してルイがそちらに顔を向ける。そこにはかつてビルだった瓦礫の山を蹴って周囲にぶち撒けながらこちらに近づいてくる四体の巨人の姿があった。
《右と左は塞がれた! 進むか退くかだ! どっちに行くかはお前に任せる!》
「どっちが安全なんですか!?」
《どっちも同じだ! 速く行け!》
『ルカ! 車出して! 速く!』
「ええいちくしょう!」
前と後ろに交互に首を振り、そして後ろを振り返って両手を突き出して袖口からスライムを噴き出してMLRS――M240を現出させる。そして生み出したその車に乗り込み、元から差し込まれてあったキーを回してエンジンを起こす。
「飛ばすよ!」
『瓦礫に気をつけて!』
大悟の言葉に頷きつつ、アクセルを全開にしてM240を発進させる。その時の爆音で、魔法陣から出たばかりの一体と左から迫ってきていた三体が同時にその車に気づく。
案の定、その四体は真っ直ぐに前を走るM240を追いかけ始めた。だがそれに対して反応したのは、衛星を通して町の様子を俯瞰していた隼だけだった。
『だ、だから、ルカ! 安全運転で行ってよ!』
「何言ってんの! ここは強引にでも突っ切った方が速いじゃない!」
『こっちは爆発物積んでるんだよ!?』
「何よ、たかが瓦礫の山一つで、ビクビクしてんじゃないわよ! それにあれは魔法で生み出した物だから別に誘爆とかは」
『横転したらどうすんの!?』
ルイは眼前に映る瓦礫にどの方向から突っ込もうかと言う事で頭がいっぱいであり、その自分から瓦礫の山に突っ込んでいくルカを抑えこむので大悟はいっぱいいっぱいだったのだ。
「よし、あれをジャンプ台にしよう!」
『ルカ! ごめん! ごめんなさい! だからそんな無茶はしないで! スリルは他の所で味わって!』
《真面目にやれ貴様らァ!》
とある廃墟の一角。物陰の暗がりに身を潜めながら、ユーリは額の汗を拭った。
「まさか、こんなに粘るなんて……」
想定外だった。
ルイの戦闘能力、殊にその継戦能力を甘く見ていた。
数分、長くても数十分で終わるだろうと言うユーリの見積りは、全くの見当はずれだったのだ。
そしてその想像以上の戦闘時間の経過とそれに比例しての術式の酷使によって、ユーリの神経と肉体には多大な負荷が掛かっていた。この時ユーリが使っていた召喚術が『遠隔式』と言う殊更体に負担を強いる物であったために、彼の体にはいつも以上の負荷がかかっていたのだった。
遠隔式召喚術とは、自分の近くに生み出した魔法陣を媒介にして遠方に魔力を飛ばして魔法陣を形成し、その二つを新たに魔力で繋ぐ。そしてその魔力の糸を通して遠方の魔法陣に魔力を流し込み、そこから召喚獣を生み出すと言う、召喚魔法の中でも特に体力と精神力を喰う高等召喚魔法である。
閑話休題。
それ故に、ユーリの体は疲労困憊となっていた。
口から鉛を飲まされかのたように体が重みを増し、喉が渇き、腹の底がジリジリと痛む。本当ならここで切り上げて、すぐにでも体を休めたかった。だが。
「だけど……」
疲れているのはルイも同じだ。
ここで攻め手を緩めては、相手にも休みを与える事になる。
そして何より――。
「……」
ここで攻めを諦めたら、キリカの信頼を裏切る事になる。
「……ッ」
キリカさんを裏切る。
その代償としてキリカさんに愛想をつかされる、見捨てられる。
――私の頼みも満足に聞けないのですか?
――はあ。まったく、使い物になりませんね。
――役立たずに用はありません。
――さようなら。
「……嫌」
嫌だ。
「嫌……! 捨てられるのは嫌……ッ!」
一度焼きついた最悪のイメージが頭全体を支配する。ここにいないキリカの声が鼓膜を内側から震わし、顔面が恐怖で真っ青になる。
「――駄目」
箍が外れる。
「駄目! 駄目! 駄目! 駄目! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ッ!」
自分を見下すキリカ。土下座する自分の顔を踏みつけるキリカ。冷ややかな口調で自分を罵ってくるキリカ。
キリカの姿が脳を通して網膜に焼き付いてくる。それを振り払うかのように、頭を両手で抱えて激しく左右に振り回す。
「嫌ッ! 嫌――」
千切れんばかりに振り回していた首の動きが止まる。
「――キリカさん」
そして頭の中に次々と浮かんでは消えていく悪夢を回避せんがために、ユーリが休息を訴える体に鞭打ち、必死の形相で再び術式を組み始める。
「キリカさん、キリカさん、キリカさん」
愛する人の名前を呼びながら眼前の地面に小さい魔法陣を形成していく。一度口を閉じ、すぐに囁き声で呪文を詠唱し始める。魔力を流して遠くの空に魔法陣を生み出していく。
重労働だ。酷使に耐えかねて全身からどっと汗が吹き出してくる。どうでもいい。
この時ユーリの頭を支配していたのはキリカだけだったからだ。
「……キリカさん……」
自分を愛してくれる唯一の人。
自分を信じてくれるたった一人の人。
キリカ。
僕が見たいのはキリカの笑顔だ。
怒ったキリカじゃない。悲しんだキリカじゃない。
僕は。
「キリカさん」
詠唱を終えてそう呟く。そして脱力しきった表情のままおとがいを上げ、呆けた口調で脳内のキリカに語りかける。
「僕、何でもしますから」
足元の魔法陣がスパークする。
ユーリが歪んだ笑みを浮かべる。
「笑って下さい……ね?」
その直後、雲一つ無い青空に新たな魔法陣が形成された。
『また来た!』
「対応早すぎ!」
一時撤退から数分後。
MLRSを使って前方に迫る巨人を破砕した直後に背後に出現した魔法陣を見やって、車から降りて迎撃に当たっていたルカと大悟が揃って非難がましい叫び声を上げる。
だがその後の対応も最早慣れたものだった。足が見えた段階でその魔法陣目掛けてスティンガーをぶっ放し、召喚そのものを無力化する
だがそれだけ潰しても状況は何も変わらない。既に相当数の巨人が解き放たれており、それら全てが四方八方から襲い掛かってくるからだ。それらの気配は、方々から聞こえてくる知性の欠片もない呻き声や足音、そして何かの崩れ落ちるやかましい音によって嫌でも知覚することが出来た。
「はあ……はあ……畜生ッ……」
これまでの長期戦に加え、それら忌々しい程に存在感を増す音の群れと巨人そのものの放つ威圧感によって、ルイの体力と精神力は限界にまで追い詰められていた。
ボディラインを隠す程度に厚みのある戦闘スーツとその上に羽織ったコートのお陰で外傷は殆ど無かった。だがその内側にはしっかりと疲労が蓄積されていた。魔力はまだまだ湯水のように体の底から溢れてくるが、それを御するだけの身体機能が既に悲鳴を上げていた。
『ルカ、大丈夫?』
「ちょっと、ヤバイかも……ちゃんと運動してれば良かったかなあ……」
《嘆いていても始まらん。左右から二体ずつ、来るぞ!》
「……!」
だが時間は止まってはくれない。状況も好転してはくれない。
隼の無慈悲な戦況報告に眉をしかめ、一秒毎に重みを増す体に活を入れて右二体にMLRSの砲塔を、左二体に自ら構えるスティンガーの先端を向ける。
精神の平衡を揺さぶる声を喚き散らしながら、瓦礫の丘に片足を掛け、四体の巨人が同時に左右から姿を現す。それと同時に二つの破壊兵器に魔力を流し、怒りと焦りを吐き出すように叫ぶ。
「バイバイ!」
スティンガーから放たれたミサイルが二体の巨人の真ん中で爆発し、二体を同時に岩の残骸に変える。MLRSから吐き出された十二発のミサイルの内五発が巨人に命中し、爆発音と共にその巨躯を塵芥と変える。命中コースから逸れた七発が町のどこかに落ち、地面を揺らして爆炎と轟音と黒い煙を巻き上げる。
どうでもいい。そんな物を気にする余裕はない。ルイの頭上で新たな魔法陣が形成されていたからだ。
「まだ来る……!」
《逃げろ! 近距離でミサイルは使うな! 挟み撃ちだけは絶対に避けろ!》
「了解!」
次々と指示を飛ばす隼に応答しながらルイが再びMLRSに乗り込む。
その時。
「待って」
静かな声――騒音塗れのこの戦場に於いて場違いな程に静かで落ち着いた声――が、車体のドアを開け片足を突っ込みかけていたルイの動きを止めた。
「……え?」
動きを止めたまま、振り返って自分の後ろを見やる。そこには自分よりも若干年上に見える、一人の少女の姿があった。
「お初にお目にかかります。弾丸魔法少女ルイ」
鋭い視線をこちらにぶつけながら、その少女が先と変わらない静かな口調で言った。
「魔導士のベルク・ルーベンスと申します。以後お見知りおきを」
魔導士。その言葉が引き金となり、ルイがすぐに全身でベルクに向き直ってUZI――イスラエル製サブマシンガン――を生み出し、眉間に狙いを定めて両手で構える。
「落ち着いて下さい。私は戦いに来たのでは無いのです」
だがそのルイの無言の動作にも、ベルクは身動ぎ一つしなかった。反発する事も媚び諂う事もなく、淡々とした口調を崩す事なく事務的に自分の要件を述べていく。
「私は、あなたを迎えに来たのです」
「……迎えに?」
「はい。あなたを私の主の元へ連れて行く。それが、私がここに来た理由です」
「……」
ルカは黙ってそのベルクの言葉に耳を傾けていた。その間、隼と大悟は周囲の警戒を続けていた。
巻き添えを避けるためだろうか。ルイの周りに群がっていた巨人達は、ピクリとも動かなくなっていた。
構えを解かずに鋭く睨みつけ、警戒心剥き出しのままルイが言った。
「……あなたの主は、誰なの?」
その視線をまっすぐ受け止め、怯む様子を欠片も見せずにベルクが返す。
「ゲイン・カーティスマン。それとキリカ・ゼクルス」
キリカ・ゼクルス。
かつての『いじめっこ』の名前を聞き、ルイの表情が一瞬で強張っていく。
その僅かな動揺に対して一瞬だけサディスティックな笑みを浮かべ、すぐに真顔に戻ってベルクが続けた。
「とにかく、あなたには今話した私の主の元に来て頂きます。よろしいですね?」
「……拒否権はないのかしら?」
「ありません」
即答だった。そしてすぐに「ああ」と呟き、ベルクが自ら言葉を継いだ。
「訂正します。あなたに拒否する余裕は多分無いでしょう」
「どういう意味かしら?」
不審そうに、そして不安気にルイが食いついてくる。
狙い通りだ。内心で会心の笑みをこぼしながらも表では素面を通しながら、ベルクがおもむろに右手を上げた。
「こう言う事です」
ベルクが右手の指を鳴らす。
直後、それまで固まっていた巨人の群れが一斉に動き始めた。
――俺の獲物はどこだあ!
――待て待て、俺が戦うんだあ!
――げへへへ、げへへ、お、俺の獲物だあ!
聞くからに頭の悪い、濁った叫び声が再び四方から巻き起こる。一瞬にしてその場が狂乱の坩堝と化す。
「……低能どもめ」
唾と一緒にそう吐き捨て、ベルクが再び指を鳴らす。
巨人の動きが止まる。
「な……!」
口を半開きにし、腕を振り上げ、地団駄を踏もうと片足を上げたまま、ルイの眼前で巨人達が一斉にその動きを止めたのだ。
「まさか、あなたが……!」
視線を戻し、そう言いかけたルイをベルクが片手で制す。
「今それは関係無いでしょう?」
虚を突かれ呆然としたルイに対して、微笑みを浮かべながら強い語調で全否定する。完全にベルクのペースだった。
「あなたの選択肢は二つ。戦いを止めて私に付いて来るか、それとも私の提案を蹴って戦いを続けるか」
そう言いながら、ルイに聞こえない程度に小声で呪文を詠唱し、右手の周囲に風を纏わせる。やがて風は右手を中心にして渦を巻きながら掌に収まるように上下に伸びていき、やがて外周部分が螺旋状に渦巻く風の棒へとなっていった。
そしてその風の棒を両手で斜めに持ち、先端をルイに向けるようにして構えを取る。
「因みに戦う事を選んだ場合、私も戦闘に参加する事になりますので悪しからず」
穏やかな笑み――勝ちを掴んだ人間が無意識に浮かべる優越の笑み――を浮かべながら、ルイに対して最後のダメ押しを打つ。
「……ッ」
正直、もう戦いたくない。
銃を構えるルイの腕はピクリともしなかったが、その心は大きく揺れていた。
目聡くそれを見つけたベルクが追い打ちをかける。
「さて、どうします?」
「……」
大悟も隼も何も言わなかった。何も言えなかった。
ルカと同じで、この状況に辟易しきっていたからだった。ルカの決定に従うと暗に告げていた。
やがてルイが、ゆっくりと口を開く。
「……私は……」
ベルクはこの時、自分は風使いであって召喚術士では無いと言うのを暗に提示したつもりであったのだが、それを理解する余裕を今のルイは持ってはいなかった。
医療室の扉が吹き飛ばされた時、シェリルはベッドの上で何も知らずに寝息を立てていた。そしてその時の爆音によって目を覚ました時、彼女の頭は何者かによって鷲掴みにされていた。
「ふん、随分といいご身分じゃないか。まあ、その体では無理もないか」
毛布をひっペがし、その包帯だらけの体を見てシェリルを掴んだ男が毒づく。一方のシェリルは、不意に頭に襲いかかった痛みによって、まともに状況判断をする事が出来ずにいた。
「あ……あなたは……」
「俺の事をもう忘れたのか? まあ、取り立てて仲が良い訳でもなし、忘れるのも仕方が無い事か」
「ぐうっ……」
握り潰されん程に頭を締められ、シェリルが苦しそうに呻き声を上げる。それを見て嗜虐的な笑みを浮かべながら男が低い声で言った。
「まあ、名前くらい後で教えてやるよ」
シェリルを掴んだ手に電流が這い回る。
「――全部終わった後でな」
小刻みに雷音が唸り、医療室全体を青白い稲光が包み込んだ。
次で第一部完。
現代編終わりです。
次回「いざ異世界へ」
撃ちます撃ちます




