第九話「インターミッション」
出撃五分前。
漆黒の闇の中、真下に開けられた真円から標的となる街並みが見える。予想していたことではあったが、それはレビーノの街とはあまりにもかけ離れたものであった。
そこにある建物は自分たちの世界にあるものとは違い、非常に角ばった形をしていた。そしてそのどれもが似たような形をしていて、そして木と煉瓦で組まれた物よりもずっと頑丈であるということがわかる物だった。
そして何よりも密度が凄かった。開放感のあるレビーノの城下町に比べ、その町並みは土地に一片の隙間も残さないよう建物をぎゅうぎゅう詰めにしているような感じだった。その病的なまでの形の統一性と密度に、シェリルは驚嘆と息苦しさを感じていた。
「どうした。ビビってんのか?」
そんなシェリルの横から不意に声がかかる。驚いてそちらを見れば、そこには背中から翼を生やし、手に槍を携えた浅黒い肌の人間が立っていた。
否、人間ではない。彼らは『魔族』という、首長ガズラをトップに置いた人間とは別の種族であった。
「いえ、決してそう言う訳では」
「そうかい」
出撃四分前。
彼らの身体能力は人間よりも遥かに上であったが、人間の支配するレビーノにおいて、彼ら魔族のヒエラルキーは最底辺に位置していた。どれだけ質で勝っていようと、この世の理を決めるのは須らく数の力なのだ。人間が多いのではない。度重なる人間による虐殺で、魔族の絶対数が不足しているのだ。
当然ながら、その全てが奴隷同然の扱いを受けていた。魔族たちは汚物を見るような人間の視線を受け続け、大都市では平然と魔族の子供が金で売買されていた。人間にとって魔族とは使い捨ての効く道具であり、彼らができる仕事と言えば、人間の大半が嫌う肉体労働と兵役だけだった。
シェリルはそんな魔族を取り巻く今の環境を嫌っていた。
「あの、もしよければ」
「ん?」
そんな魔族を消耗品としてしか見ない現体制への反発とばかりに、シェリルが声をかけてきた魔族に手を差し伸べる。
「なんのつもりだ?」
「これから共に戦う者同士、親睦も含めて握手をと思ったのですが」
「最大戦力様ってのは変な奴なんだな。他の人間は自分から俺たちに触ろうともしないってのに」
「私は彼らとは違います」
ついムキになって、突き放すようにシェリルが叫ぶ。その魔族が面食らったような顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべながら返した。
「わかった。わかったよ。ほら、これでいいんだろ?」
そう言って渋々差し出してきたその手を、なんの躊躇いもなく握り返す。
出撃三分前。
「ありがとうございます」
「なに、そっちの気が済んだのならそれでいい」
どこか気恥ずかしそうにそっぽを向きながらその魔族が返した。
「まあ、人間にこんな口利くのはマズいんだろうが……よろしく頼む」
「いえ、構いません。私たちは同志ではありませんか」
純真な笑みでシェリルが答える。それを見て気分が高揚するのを自覚しながら、魔族がため息交じりに言った。
「他の魔法使い連中も、あんたみたいに良い奴だったらいいんだけどなあ……」
出撃二分前。
傲岸不遜な魔法使いたちの顔を思い出して、シェリルが露骨に顔を嫌悪に歪めた。