第八話「コンタクト不和の原因→譲り合い」
数分後、事のあらましを全て聞き終えた大悟は絶句するしかなかった。
「ああ……やっぱり驚くよね?」
「ごめん……なんていうか、その……」
しどろもどろになりながら大悟が口を開く。こんなことを言うのは失礼だと思いながらも、大悟はそれを言わずにはいられなかった。
「嘘じゃないよね?」
「うん。全部本当のことなんだ。いきなり信じてくれなんて言っても、信じてくれないだろうけど」
ルカが申し訳なさそうに告げる中、大悟はそれまで自分が聞いてきたルカの話の内容をもう一度頭の中で繰り返した。
ルカが異世界レビーノから来たこと。
レビーノでは魔法が日常的に使われていること。
そんな中で、ルカは一人だけ魔法が使えないということ。そしてそれが原因で、多くの人間から疎まれてきたこと。
魔法を使うために、別世界で鍛錬を積むという計画を実行に移したこと。
もはや漫画である。漫画のあらすじを聞かされている気分である。大悟には、それを現実のものとして受け入れるということがまるで出来なかった。
「せめて何か証拠でもあればいいんだけど……」
「ごめん、前にも言ったけど、私魔法使えないんだ」
「ああ、そうだったね。こっちこそごめん。失礼なこと聞いて……」
「……」
会話が途切れる。二人して苦い顔を浮かべて俯く。痛々しい沈黙の空気が流れる中、意を決してルカが言った。
「そ、そういえばさ。私、まだこっちの世界のこと聞いてないんだよね。良かったらその、聞かせてもらってもいい、かな?」
「え?ああ、うん。俺の知ってる範囲で良ければ」
そして今度は大悟が説明を始めた。しかしどれだけ大悟が言葉を重ねても、ルカは『うん。うん』と控えめに相槌を打つばかりであった。
それは大悟が求めていた反応ではなかった。
大悟の家族の話になった時もそうだった。ルカはほんの少し顔を強張らせただけで、その後すぐに気を遣うように大悟を見やりながら、控えめな語調で『変なこと聞いてごめん』と無難に答えただけだった。もっと食いついてきてほしかったのに。
「……て、いう感じなんだけど……」
「へえ、こっちだと魔法が使えないのが普通なのか……へえ……」
「……」
やがて話が終わり、再び会話が途切れる。ルカが最後の方にほんの少しだけ話題に食いついたが、それまでだった。お互い気まずそうに顔を俯かせたまま、無情に時間だけが流れていく。
「……」
「……」
こうなってしまったのは単に話のタネが尽きたこともあるが、お互いが相手に対して、どこか引け目を感じているのもあった。
相手のことを信じたい。でも信じられるだけの決め手がない。
相手が『いい人』だというのは、お互いに何となくわかっていた。それはそれまでの話や今の態度から頭の中で導き出された、相手は自分と似たタイプ――自分に真面目で正直で嘘がつけないタイプ――なんだという確信からくる安易な結論だった。それでも、信じてもいいんじゃないか。いやむしろ信じたい。そんな風に思ってさえいた。
だが、一方は他人から除け者にされ、一方は他人によって大切な人から引き離されている。二人とも無意識の内に『人間』に対して壁を作っていたため、どうしても歩み寄ることができなかったのだった。それが赤の他人、ましてや一部ないし全てにおいて嘘を吐いているかもしれない相手ともなれば尚更だった。
「……」
「……」
そして、そんな風に相手を貶めて考える自分自身が、何より嫌だった。
醜い。汚い。
そのことに負い目を感じ、そんな自分を恥じ、互いに手を握ることが出来ずにいた。
そんな体で二人して『あと一歩』が踏み出せずにいた中、手持無沙汰気味に自分の体を服越しにさすっていたルカが、不意に言葉を漏らした。
「服……」
「え?」
「替えの服、持ってきてなかった……」
それまで気まずそうにしていたルカの顔に生気が芽生え、その直後、間髪をいれずに一気に青ざめていく。
「ああああ!別世界に飛ぶことで頭がいっぱいで、服とか歯ブラシとか色々用意してくるの忘れてたあああ!」
「え、それ」
その言葉にはっと顔を上げる大悟には目もくれず、ルカが頭を抱えて首が取れんばかりにぶんぶん振り回す。
「どどどどうしよう、こっちじゃレビーノのお金使えないし、第一こっちの世界のことまだ何もわかってないし……え、なにこれ?」
そう言って急に首の運動を止めルカが硬直する。心配そうに見つめる大悟の目の前で、突如バネ仕掛けのように天井を見上げてルカが叫ぶ。
「うわーん!ちくしょー!」
「ひい!」
完全に虚を突かれた大悟が悲鳴を上げる。そして怯える大悟の目の前で、ルカが再び首を振り回し始めた。
「どうしようどうしよう問題山積みじゃないああもうどうしたらいいのよバカバカバカバカあ!」
「……あ、あのさ。それなら……」
そうやって本気で慌てるルカに、辛うじて気を取り直した大悟が覚悟を決めて叫んだ。
「服!」
「バカバカバ……え?」
振り回していた首をその場で固定させ、視線だけを大悟に向けてルカが素っ頓狂な声を上げた。気にすることなく大悟が続ける。
「服とか色々、欲しかったり、する?」
「え?」
「その、さ。俺に考えがあるんだけど、いいかな?」
大悟の顔は笑っていた。
下心からではない。ルカの行動が面白かったからでもない。純粋に、より深く相手を知るためのタネが見つかったからだった。




