第七十六話「ファイア・ヒート・フレイム」
「……ッ!面目ない!面目ない!」
「そ、そんなに慌てなくていいから……」
《こいつ、本当に魔導士なのか?》
ルイがレイスと遭遇したのは、午後八時を回った辺りだった。二人がルイに変身して何処かのビルの屋上の縁で待っていると、隼の予想通り、レイスが自分の方から『釣られて』来たのだった。
三人にとって予想外だったのは、ルイの目の前に現れた魔導士と思しき存在が、今にも精根尽き果てそうな程にやつれきっていた事だった。
何が起きていたのかまるでわからなかったが、ひっきりなしに叫び声を上げ続ける腹の虫が、彼女をそうさせた原因について暗に――しかし声高に告げていた。だが魔導士は、そんな自分のコンディションも省みずに、ルイに対して自分と戦えと弱々しく迫ってきたのだった。
それは吹けば折れるほどの脆さを見せていた。さすがの隼もこれには同情した。
流石に可哀想だということで、隼の指示を受けた二人の黒子が、ルイとレイスの間に割って入った。その黒子は四角い銀のお盆を両手で持ち、その上に握り飯をぎっしりと詰めていた。隼が指示を飛ばしてから二秒もかかっていなかった。
レイスが折れるのにも二秒かからなかった。
その後ルイは、一瞬で握り飯を持ってきては音もなく消えていった黒子の手際と、腰を下ろして目の前でそれを片っ端から喰い尽くしていく魔導士の姿に、ただただ驚嘆するばかりであった。
最後の一個を口の中に放り込んでリスのように頬を膨らませるレイスを見ながら、やがてルイが彼女に言った。
「……落ち着いた?」
「むぐっ、むぐっ……ふう……うむ、なんとか落ち着くことが出来た。感謝する」
「そう。良かった」
そう言って自分のことのように安堵するルイを見て、不思議そうにレイスが言った。
「けっぷ……助けられておいてこの様なことを言うのも失礼なのだが……随分と奇特な事をするのだな」
「ご飯あげたこと?なら気にしないでよ。こっちの世界には『敵に塩を送る』って言う諺があるくらいだしね」
「敵に塩?今の私のような事を言うのか?」
「ええ。そんな感じね」
そう言ってルイが微笑みながら大きく後ろへ飛び退く。そしてその意図を察したレイスが笑みを浮かべながら立ち上がり、その場で自身の体を浮き上がらせて低空で静止する。
「敵に塩……なるほど。いくら相手に施しを与えようとも、あくまでも両者は敵同士、と言うことか」
「そういう事。相手の隙を突くんじゃなくて、困ってる所は助けあって、お互い全力で戦おうって感じの言葉ね」
「戦術としては愚策の極みであるな」
「そこは言わないでよ。実際そうなんだからさ」
「違いない」
小さくレイスが笑う。そしてすぐにその笑みを消し、引き抜いた長剣を鋭い眼光と共にルイに突きつける。
「レイス・スランブ」
炎が蛇のように蛇行しながら長剣にまとわりつく。
「恨みはない。ただそなたを倒す。それだけだ」
レイスの背後から、翼のように炎が吹き上がる。
圧倒的熱量。それなりに距離は取っているはずなのに、肌がぼんやりと熱せられていくのがわかった。
炎使いの魔導士。
「――行くぞ」
レイスが全身を炎で包み翼を広げ、火の鳥のように一直線に突っ込んでいった。
突撃を紙一重で躱す。ルイの背後を取るように再び上昇し、その場で身を翻す。
ルイが後ろを振り向く。その姿を見下ろすようにレイスが高々と宙に浮き、左手を広げてルイに突き出す。
「清浄なる火の御霊よ。赤き矢となりて敵を射抜け!」
掌から生み出された拳大の火球がまっすぐに飛んでくる。
ルイがそれを横っ飛びに躱す。地面を転がり片膝立ちで前を向く。
眼前にレイスが迫る。天高く振り上げた長剣に炎を纏わせ、全身松明となった刀身を勢い良く振り下ろす。
「ひいいい!」
ルイが叫びながら大きく上体を逸らす。炎に呑まれた切っ先が鼻先をかすり、肉が焦げるような匂いをルイにもたらす。
焼かれる。その恐怖と勢い余った上体動作によって、ルイが一歩後ろの位置に尻餅をつく。膝を曲げて足の裏を地面に着け、開脚姿勢をとったルイをレイスの目が冷ややかに睨みつける。
「無様な」
地面にぶつけた切っ先を持ち上げ、ルイを貫かんと剣を腰だめに構え直す。
「赤き火よ。赤き火よ。我が願いに答え、その身を雄々しく燃やし給え」
火力上昇。刃を覆う炎が赤から青へと変わる。
「一撃だ。それで終いにする」
「――」
「御免」
だがその台詞、そして色の変化と呼応するように、ルイの両腕がレイスに向けて突き出される。
袖先の一部がスライム化し、両手の中へ収まるように蠢いていく。
「――舐めんじゃねえよ!」
スライムが一瞬の内に蠕動し拡散し銃の形を取る。
AK-47。
変異が早すぎる。レイスが目を見開き息を呑む。
飛び退く。
発射。
炎が大気を焼くそれよりも重く暴力的な音をがなりたてながら、ライフル弾の嵐が一直線に宙に浮くレイスに降り注ぐ。
だがレイスは動じない。
「清浄なる火の御霊よ。青き衣となりて、我が身を守る盾となれ!」
レイスが叫び、剣を両手で持ち、体と水平になるように切っ先を上にして持ち直す。
刀身から青い炎が一気に吹き出す。炎は一瞬にして壁となり、レイスの前面へと展開される。
炎の壁に弾丸が激突する。
立ち上ったルイは絶句した。
「はあ!?」
この時ルイの視界に映ったものは、従来の弾丸よりも貫通力を高められている筈のライフル弾の群れが、その青く揺らめく壁面に触れたものから次々と『蒸発』されていく姿だった。
プレス機で真上から潰されていくかのように、銃弾が先端の尖った部分から順繰りに溶かされていく。そしてその炎の壁が消え、後には無傷のレイスと未だ炎に包まれた長剣があった。
「弾丸とやら、随分と柔な物だな」
「溶けた、とか……何の冗談よ……?」
「我が炎の前では、全ての物は遍くその形を失う。『弾丸』を消せるかどうかはわからなかったが……どうやらやれるようだな。安心したぞ」
「くっ……」
火球攻撃に炎を纏わせての剣撃。そして炎自体の熱量を利用した防御能力。
それらは単純故に破り難く、強力なものだった。特に弾丸を溶かされると言う結果は、ルイにとっては真っ当な攻撃の手段をほぼ失われたと言うより無い。
だがそんなルイの逡巡を無視するかのように、レイスが再び左手をかざす。
「赤き矢よ、貫け!」
火球が何発もルイに向かって降り注がれる。悩む暇もない。ルイはそれをAKを乱射して何個かを相殺しながら、横方向に走って躱す。
そのルイを追い立てるように、火球が次々と足元に放たれていく。連射間隔が短く、切り返す余裕もない。
トリガーを弾き続ける。火球自体は弾丸を二、三発ぶつけるだけでかき消されていくが、狙いを外れレイスの元へと向かっていった流れ弾は、それが接近するたびに彼女の前に現出する青い炎の壁によって尽く蒸発されていった。レイスは一歩もその場を動かない。
火球による攻撃は続いていく。足首がチリチリと焼ける感覚を味わう。足を焼かれたくなければ、逃げるしか無い。
「くそ、このままじゃ――」
と、不意に火球が止まる。
走るのを止めないまま、思わずルイが首を動かしてレイスの方を見る。
「え、どうして――」
『ルカ、危ない!』
ルカがそれに気づいたのは、大悟の声を聞いた時だった。必死になって火の雨から逃げていた為に、彼女は今自分の置かれた状況がわからなかったのだ。
足が虚しく空を掻く。
眼下に歩道と、そこを行く少数の人影が見える。
ルイは今、勢い余って屋上の縁から飛び出していたのだ。
「げえ!」
それを認識した途端、ルイは言い様のない浮遊感と、その直後に地面に引きずり落とされる感覚――恐怖と絶望を味わった。
《馬鹿、早く戻れ!》
言うまでもない。
顔をひきつらせ真っ青にしながら、おもいっきり体を捻って必死の形相で目線の高さにまで来ていた縁にしがみつく。
「た、助かったあ……」
『ああ良かった……』
肩から上を縁の上に乗り出させ、全身でため息を漏らして安堵する。その鼻先に、レイスの力によって炎をまとった剣の切っ先が突き付けられる。
「……あ」
「終わりだ」
手元に立ちはだかるレイスの視線が突き刺さる。その顔を見上げながらルイが言った。
「……まさか、さっきの火球って、これが狙いだったの?」
「物体であろうと環境であろうと、使える物は最大限使う。それが私の戦い方だ」
「……これは、厄介な相手に出会っちゃったわね……」
鼻の頭がジリジリと熱せられていく。
ルイは『敵に塩を送った』事を後悔し始めていた。
ここまで追い詰めておきながら、レイスは勝ちを確信することは無かった。
最早勝ったも同然だろう。その慢心が敗北を招くことを、長年の傭兵活動からレイスは痛いほどに熟知していた。レイスはこの歳にして、自分の慢心を諌めるだけの度量と、勝ちを前にしてなお狭まらない視界の広さをしっかりと具えていたのだった。
だから、レイスがルイの表情の変化に気づくのも不思議なことではなかった。追い詰められた者の顔から、一発逆転を狙うふてぶてしい顔になっていくのを、レイスははっきりと視認した。
言葉は発していなかったが、ロクでも無い事を考えていたのはレイスにもわかった。
その内容が何なのかまでは、レイスにもわからなかったが。
ヘッドセットから聞こえてくる隼の作戦を聞いた時、ルカは「それは流石にやり過ぎだろう」と思った。だがレイスから勝ちをもぎ取るにはそれ以外に最適な方法がないことも、ルカは同時に理解していた。
『ルカ、こうなったら手段は選んでられないよ』
大悟の言葉もルカの背中を後押しした。
『やらなかったら、やられるのは俺達だ。だったらやろう』
「――そうだね。やろう」
突然の『独り言』に、レイスが驚いて眉をひそめる。
剣の切っ先が揺れる。一瞬の隙。
十分な隙だった。
「な!?」
レイスは驚愕した。当然だろう。
縁を突き飛ばし、飛び降り自殺を敢行した人間を見れば誰だってそう言う反応を取る。
ワンテンポ遅れてレイスが剣を突き出す。切っ先が髪の毛を焦がす。届かない。
ルイの体が一瞬浮き、そのまま真っ逆さまに落ちていく。落ちながらルイが体を捻って俯せの態勢になる。
その両手に大量のスライムを抱え込む。地面まで後少しといった所で、そのスライムを地面にぶつけるように解放させる。
クッションにするためではない。ある物を作り出すためだ。
「……なんだ、それは!?」
屋上の縁から身を乗り出し真下を眺めたレイスの視界に映ったのは、轟音を発する黒黒とした何かに跨る、『無傷の』ルイの姿だった。
黒塗りのバイク――『シェイド』に乗り込んだルイが顔を上げ、レイスを見てニヤリと笑う。
「ついて来なさい!」
エンジンを吹かして前輪を持ち上げ、激しい音と共に後輪から摩擦による白煙を上げる。そして前輪を接地させると共に、自身が弾丸となったかのようなスピードで一息に無人の道路を駈け出していった。
「……上等!」
そしてレイスもまた、その挑発に乗る形で空中へと飛び出し、背中に翼のように形成した炎をはためかせてその後を追った。
暫く走った後、ルイは郊外の空き地ばかりが目立つ地帯で足を止めた。それまでの間、通行人や車と何度か遭遇することもあったが、それについてルイはそれほど気にしていなかった。
その代わりにルイは今、魔導士の持つ能力の高さに改めて驚嘆していた。魔法自体は何度も見ていたの だが、その『実戦』における汎用性や破壊力を実際に体感してみると、それまで学園内で行われていた魔法合戦がどれだけリミッターの掛けられていた物かが良くわかった。
「魔法って、本当はあんなに強かったんだ」
《おいおい、魔法はお前の所の技だろうが》
「いや、私が学園で見てきたものに比べて、あのレイスの技が凄すぎたから、つい――」
「学園で行われているのは、所詮は児戯だ」
レイスの言葉と共に火球が飛来する。ルイが言葉を切って側転して避ける。素早く立ち上がったルイの眼前に、背中から燃え盛る翼を生やし、全身に炎を纏わせたレイスの姿があった。
バイクに追いつこうと無理をしすぎたのか、額から汗を流し大きく肩で息をしていた――追いつける方がどうかしているが。
だが疲れている素振りは微塵も見せずに、レイスが剣を振り払いながら強い口調で言った。
「学園で使われる魔法は全て基礎以下。魔法とは、実戦で磨かれ鍛え上げられる物なのだ――少なくとも私はそうだった」
「そうなんだ。私は戦ったこと無いからわからないのよね、そこら辺」
「そなたも鍛錬を怠けていると言うのか、嘆かわしい」
吐き捨てるようにレイスが返す。
「そなたには力がある。それも磨けば光る、誰も持っていない特別な力が……だと言うのに、それを磨くこともせずに持て余しているとは……!」
「いや、これ使えるようになったのはつい最近の事だから」
「なんと、そうであったのか。勿体無い。ならば私が直々に、この戦いを通してそなたを鍛えてやると――」
「趣旨変わってる」
ルイの冷静な返しにレイスがハッと息を呑み、少ししてから咳払いをして、努めて平静を保つようにレイスが言った。
「う、うむ。そうであったな。今の私とそなたは敵同士……いや、だからこそ、ここで鍛えあげておけば後々面白いことに……ムフフ」
「あなたの暇潰しに付き合う気無いから」
「む」
とても残念そうにレイスが顔をしかめる。しかしすぐに表情を引き締め、じっとルイを見下ろして冷ややかに告げた。
「――ならば、初心に帰るとしよう。残念だが、今ここでそなたを燃やし尽くす」
「やれるものならやってみなさい。でも本当にその気なら、もっと火力上げたほうがいいかもね」
「……言うな、ルイ」
眉根に皺を寄せながら、レイスが小さく口を動かす、全身を覆う炎が赤から青へ――金色へと変わる。
「そうまで言うのならば味わわせてやろう。我が炎の真骨頂を!」
金色の炎。余剰エネルギーが凄まじい熱風となり全身を打ち付ける。地面に散乱する砂利が風に煽られ、巻き上げられて砂塵と化す。
「……」
「そなたの命運、ここで断ち切るとしよう……覚悟!」
その圧倒的威容、エネルギーの塊を前にして――ルイは笑っていた。
作戦の第一段階は終了。
後は上手く立ち回れば、こちらの勝ちだ。
次はメアとの戦闘に入ります。
誰と当たらせるかは決めております。
この魔導士二人を書くのはすごい楽しいです。やっぱり個性って大事ですね。
次回「風風風」
撃ちます撃ちます




