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第六十八話「戦の後始末、それと身だしなみを整える」

 シェリル・ヴェーノ捕縛。

 岩屋町内で戦闘を続けていた魔族達にその報が飛ばされてきたのは、彼らがそこで戦闘を開始してからちょうど四十分後の事だった。

 増援も含め、最終的に戦線に投入された魔族の数は三十八。そしてこの時まだ戦っていたのは、その内の十四だった。撃破された魔族のほぼ半数がルイと鷹丸によるものだった。

 余談だが、この時潰された魔族はガットと、ツェッペリンによって一体たりとも残すことなく回収された。ガットはあくまで尋問、調査及び隠蔽のために回収したのであったが、ツェッペリンが何のために魔族をかき集めているのかは誰にもわからなかった。

 閑話休題。

 とにかく、自分たちの軍勢の半数を壊滅させた怨敵たる者の一人、魔法少女ルイによって、自軍の最大戦力たるシェリルが捕えられた。残った魔族達に言いようのない動揺が広がっていったのも、無理からぬ話であった。

 『切り札』が撤退命令を下さずとも、彼らは遅かれ早かれ自分から戦闘を切り上げて逃げ出していただろう。魔族にも恐れを知る心はあるのだ。

 魔族の全てが、翼を広げ我先にと空の彼方へ飛び去っていく。だが次々と逃げ出す魔族の無防備な背中を見ながらも、追撃を試みようとしたガットの人間はいなかった。彼らも彼らで消耗が激しく、このまま戦っていたら負けていたと思われるポイントも一つや二つではなかったからだ。

 未だ戦闘不能に陥っていないガットのエージェント達は膝に手を付け、あるいはその場にへたり込みながら、見る見るうちに小さくなっていく魔族の姿を見届ける事しか出来なかった。





 信吾の刀は粉砕されていた。

 刀身が折れていたのではない。刃の先から柄の頭まで、ミキサーにかけられたかのように粉々にされていたのだ。

 肝心の信吾は、ルイや鷹丸達とはまた別のビルの屋上の上、そこの縁の部分に張り巡らされたフェンスに寄り掛かるようにして足を投げ出して座り込んでいた。

意識はあったが酷く朦朧としていて、体は恐怖で弛緩しきり、もはや満足に戦える状態ではなかった。


「ありえねえ。あのシェリル・ヴェーノが捕まっただと?そんな、そんなはずは」


 そんな無様に倒れ込んでいた信吾を見下ろすように経っていた魔族――まさしく彼をグロッキーにした張本人――は、狼狽した表情を隠すことなく手元の水晶玉に見入っていた。その体躯は異常なまでに膨れ上がり、筋骨隆々とでも言うべき土色の表皮には、電線程の太さを持った紫色の血管が毒々しく浮かび上がっていた。

 並みの魔族ならば、信吾一人でもどうにかなっただろう。彼自身もその事は承知していた。だが彼はその自分の実力を完全に過信し、チームで動く事を嫌い上層の命令を無視して単独行動を採ったのだった。

 だがガナリを使用した魔族が相手では、彼一人ではどうすることも出来なかった。自業自得であった。

 そして目の前で自分の得物を、まるで紙切れを引き裂くかのようにビリビリに破かれた時、信吾の戦意は完全に消失していた。


「おまけに撤退命令だあ?一回退いて体勢を立て直すって事かよ、くそっ」


 シェリル捕縛の後に水晶に浮かび上がった撤退命令の文言を受けてその魔族が毒づく。この時すでに、彼の視界に信吾の姿は入っていなかった。

 そして若干の逡巡の後、魔族は嫌々と言った風に顔をしかめて翼を広げ、ゆっくりと上空へ上がっていった。信吾には一瞥もくれなかった。

 路傍に転がっているただの石ころに、果たして誰が注目するのだろうか。


「どうなってやがる。そのルイって奴はそんなに強いって事なのか?――面白え」


 最後に自らの本性を覗かせつつ飛び去って行く魔族の背中を、ぼんやりとした目で追っていく。そしてその姿が完全に消え去った時、信吾の唇が僅かに動いた。


「……ちくしょう」


 怨嗟と嫉妬の混じった声だった。


 こうして町全体を舞台にして繰り広げられた魔族と人間の戦いは、魔族側による撤退という完全に決着のつけられない、若干尻すぼみな形で幕を閉じた。





 自分たちの本拠――前線基地たる黒い球体の中――に帰ってきた魔族達を待っていたのは、ゲインの非難の色を隠そうともしない冷たい視線と皮肉に満ちた小言、そして各々の持つ水晶玉に何処からか送られてきた一つの映像であった。

 真円状の水晶の中心から光の点が生まれ、それが一気に弾けると同時に水晶の表面に貼り付くように光の膜が展開される。その膜にノイズが走り、やがてノイズが消え行くのと並行してある映像が映し出されていく。

 そこに映る物は、意気消沈していた彼らの精神に更なるダメージを与えた。


「これは――!」


 真っ暗な部屋だった。そこに照明は無く、目の前に置かれた机の発する鈍い銀色の光がその部屋の唯一の光源だった。その光によって、壁と床と天井の境目が辛うじて判別することが出来た。そしてその机の上に両手を置くようにして、同じく銀色の椅子の上にシェリルが座っていた。

 体を縄で縛られ、手錠を掛けられ、アイマスクを装着させられた状態で。

 ノイズが酷いために話し声までは聞こえなかったが、視界の外にいる何者かの声に合わせて、時折相槌を打つ姿が映されていた。

 恐らく、この映像を撮ったのはその『質問者』だろう。水晶を介しての映像の送受信のやり方については、捕縛した者から聞き出したに違いない。


「これは、我々への挑発行為だ」


 苦虫を噛み潰した顔でゲインが言った。


「我々を嘲笑っている。こうして捕虜の姿を見せつける事で、無力な我々を馬鹿にしているのだ」


 典型的エリート思考の持ち主であったゲインの沸点は高く無かった。そして残った魔族達に視線を向け、皮肉の無い純粋な怒りの声をぶちまけた。


「これ以上コケにされることは絶対に許されない。こちらの方からも本国に増援を要請した。一刻も早く、あの忌々しい連中を叩き潰すのだ!」


 ゲインの声に呼応するように魔族達が鬨の声を上げる。

 共通の敵を前に、彼らは再び一つになったのだった。





 まどろみの海の中から意識を浮かび上がらせ、脳を覚醒へと導く。

 目を開ける。ややくすんだ白い天井が視界に入る。

 窓のない簡素な部屋。床と天井は同じ色彩の白で統一され、自分のいる壁に横になるようにつけられたベッドの反対側に、木製の扉が設えられていた。

 ドアに鍵はかかっていなかった。

 ゆっくりと上体を起こす。足を向けた壁に、濃い青の服が掛けられていた。

 『着流し』と言う男物の『着物』らしい。本来は男が着る物であると昨日の撮影者は言っていた。これしか用意できなかった事をすまなそうにしていたが、自分としては替えの服を用意してくれるだけでも大助かりだった。

 ベッドから降り、それまで自分が来ていた服全て――学園の制服と靴下と下着――を脱いでベッドの傍に置いてあった籠の中に入れ、全裸となってからその着流しに手を触れる。

 籠に入れた服は、後で回収され洗濯されるらしい。昨日聞いた事を頭の中に思い浮かべながら、着流しの中にあった白いブラとショーツを手に取る。

 ここまで気を遣わなくてもいいのに。昨日、着ている服のサイズを事細かに質問された事を思い出して小さく苦笑する。

 下着を身に着け、白い半袖のVネックのシャツを着る。その上から着流しに袖を通す。そして着流しの中にしまわれてあった説明書の通りに、体に巻きつけるようにして、自分から見て右側の部分を先に着る。次に右を巻きつけた状態を固定したまま、左を着る。

 中々に難しい。四苦八苦しながらも、何とか前を隠すことが出来た。

 白い腰紐を結び、着流し全体を固定する。露出は高くない――殆ど無いのだが、生地の風通しが良いためにそれほど窮屈な印象は持たなかった。

 そうして着付けを終えると同時に、ドアをノックする音が聞こえてきた。木製のために、その音はとても軽かった。


「入っていいかしら?」


 やや高めの女性の声。はい、どうぞ、と言うと、音もなくドアが開かれ、そこから一人の女性が現れた。正確な年齢はわからなかったが、その顔つきから、少なくとも自分の三倍は齢を重ねているだろうと推測した。服は自分と同じ色合いと質感の物を着ていたが、自分の物とは違い、その下半身はズボンのような造りをしていた。


「ああこれ?作務衣って言うのよ。あなたが着ているのとはまた別の服ね」


 その疑問に快活に答えながら、女性が服の入った籠を抱えるように持ち上げる。そしてドアを出ようとした時に、首だけで振り返ってその女性が言った。


「じゃあ、これは洗濯して、後でこの返すからね。それと朝ごはんも出来ているから、準備が出来たら階段を下りていらっしゃい」

「は、はい、わかりました」

「うん。素直でよろしい」


 そう言ってカラカラと笑った後、すぐに表情を引き締めて女性が目の前の少女に言った。


「こんな格好で言うのもなんだけど、ガットへようこそ、シェリルさん。これと言って何もない所だけど、ゆっくりしていってちょうだいな」


 満面の笑みを浮かべるその女性に対し、シェリル・ヴェーノも朗らかな笑顔で返した。


「――はい、ありがとうございます」


 それは虜囚が浮かべるような痛ましい物では断じてなかった。


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