表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/101

第六十七話「画竜点睛を欠く」

 そうしてルカ達とシェリルが友情の糸を結び直しているのとほぼ同時刻、ルカ達のいる所とは別のビルの屋上にて。


「お前は……」

「いきなり現れて……いったいなんだ、お前は?」

「いやあ、これは……」


 自分を挟むようにして、四つ二組の視線が左右から突き刺さる。その二人の決闘に自分から割って入ってしまったのが悪いのだが、それは不可抗力という物だった。

 しかし左右の二人はそれを意に介してはいなかった。


「助太刀に来たのか?それとも、ただ単に見物に来ただけか――遊びのつもりか?」

「魔族でありながら異界の人間の側につくか。それはそれで構わんが……覚悟は出来ているのだろうな?」

「いやこれは、何と言うか、うん」


 刃物を構え直す音が同時に左右から響く。

 とにかく、その場違いな物を見るような憤慨と軽蔑の混じった視線を全身に浴びながら、


「……降りる場所を間違えた」


 ツェッペリンは冷え切った泥沼に浸かるような言いようのない居心地の悪さを、嫌と言うくらい味わっていた。





 ツェッペリンは、確かに魔導士――シェリルの所を目指して飛んでいた。それは間違いなく事実だった。

 そして彼女は、しっかりとシェリルの放つ魔の波動――一際強大な魔力の奔流を捉え、それに向けて一直線に飛行していた。それも事実だ。

 だがツェッペリンはそこにいた。距離を取り、ジリジリと間合いを詰めあう鷹丸と『切り札』の間に、勢いよく空から斜めに着地し、今の状況を作り出していたのだ。

 ツェッペリンは故意にそこに止まったのではない。『切り札』と戦うためでも、鷹丸の救援に駆けつけた訳でも決してない。

 ただ休憩がしたかったのだ。





「空を飛ぶのにも体力がいる。何より私は、純粋な魔族ではない。何度やっても、長距離空を飛ぶのには苦労するのだ」


 二人の間に割り込んだ体勢を崩すことなく、自己弁護のようにツェッペリンが話し始める。


「だから私は途中で屋上に降りて、そこで少し休憩を挟んでからもう一度空を飛ぼうと考えていたんだ。お前たちがそこで決闘をしている事など露ほども知らなかったんだ」

「空の上から、我々の姿が見えなかったのか?」

「遙か上空から見下ろせば、人間など等しく豆粒のようなものだ。同じくらいの体躯を持った魔族も同様だ。敵対する人間と魔族、ましてやそこにいるのがお前たちだと言う事を、そんな上空から見下ろしてわかると思うのか?」


 勝ち誇ったようにツェッペリンが言い放つ。そして腕を組み、実際に得意げな表情を浮かべるツェッペリンを見て、鷹丸はこれ以上彼女を言及するのを止めた。疲れるだけだ。

 だが今度は、鷹丸の反対側から追及の声が上がった。そちらは鷹丸とは違い、明確な敵意が滲んでいた。


「そう言う事だったのか……ならば、改めて聞こう。お前は私と戦うつもりなのか?」


 そう言いながら、『切り札』が手にした剣を真っ直ぐツェッペリンに突き出す。顔を綻ばせて余裕の態度を崩すことなく、『切り札』の方に体を向けてツェッペリンが言った。


「何度も言わせるな。私は戦うためにここに来たんじゃない。ただ休みたかっただけなんだ」

「そうか」

「そうだ。私は休みたい。だが――」


 そこで言葉を切る。『切り札』が不審そうに眉を吊り上げる。ツェッペリンが続ける。


「私が休みたいと言っても、お前は逃がしてはくれないのだろう?」


 ツェッペリンと『切り札』が同時にニヤリと笑う。


「魔族の本能を良く知っているようだ」

「それはまあ、魔族だからね」


 いい終わらない内に『切り札』が低空で突撃する。

 一瞬で眼前に迫り、ツェッペリンの脳天目がけて剣を振り下ろす。

 頭頂と接触する刹那、ツェッペリンの節くれ立った両腕が、躊躇うことなくがっしりと『切り札』の剣を鷲掴みにする。


「――!」


 『切り札』は戦慄を覚えた。

 ツェッペリンがそれを掴んだ瞬間、自身の振り下ろした剣が、まるで鋼鉄の壁にぶち当たったかのようにピタリと止まったのだ。


「く――ッ!」


 押しても引いてもビクともしない。貧弱な腕が生み出す今の状況は、まさにミスマッチも良い所であった。

 枝のように細く、簡単に折れてしまいそうなほどのツェッペリンの腕。腕がそうなのであるから、その指は枯れた冬の木の小枝の如くであった。剣を鷲掴みにするのはおろか、ちょっと強く剣を押し当てるだけで折れそうなほど華奢で弱弱しく見えた。

 だがその中には、並みの魔族以上の膂力がしっかりと息づいていた。まるで枯れた枝の中に、次の春に向けて花咲かせるだけの強靭な生命力が宿っているのと同じように。

 ――いや。


「それで終わりか?」


 強すぎる。

 ツェッペリンの拘束を振りほどくように剣を振り払い、大きく後ろに飛び退く。かなり乱暴に剣を振り回したつもりだったが、そのツェッペリンの指には傷一つついていなかった。

 その頑強さ、速さ、正確さ。

 腕一つとっても、明らかに並みの魔族のそれとは一線を画していた。

 『切り札』は異界に来て初めて、冷や汗をかいていた。


「……お前は、ただの魔族ではないな」

「さて、どうだろうな?」


 『切り札』の追及に、あくまで澄まし顔で返すツェッペリン。何がどうなっているのかまるでわからず、『切り札』の頭の中は焦燥と困惑と恐怖と疑問が混じり合いぶつかあり合い、情報が雑音となって脳内を掻き乱すカオスの極みにあった。

 なんだ。奴はいったい何者だ?

 だが錯綜する情報の中で、ある一つの単語が『切り札』の頭の中に閃いた。


「まさか――」


 だが『切り札』が気づいた時にはそれは半ば確信めいた響きを持って、自然と『切り札』の口から漏れ出ていた。


「まさか、お前は――『融合体』か?」

「……」

「あの魔族にとっての禁忌を――『合体』をしたと言うのか?」

「……さて、どうだろうな」


 信じられないと言う風に目を見開いた『切り札』の追及に、相変わらず澄まし顔でツェッペリンが返す。だがその声は、以前ほど気楽な響きではなかった。

 だが再び追及をしようとして『切り札』がツェッペリンの眼を見返した時、その瞳に一瞬妖しい輝きが浮かぶのを『切り札』は見た。

 考えるよりも先に体が動いた。

 膝を曲げてその場に屈み込む。その頭上を、背後から放った鷹丸の横一閃の斬撃が通り過ぎた。

 刀が虚しく空を切る。『切り札』にそちらに意識を向ける余裕はない。

 屈みこんでから顔を上げた時には、既に眼前にツェッペリンが右拳を振り上げて立ちはだかっていたからだ。

 ツェッペリンが拳を振り下ろす。だが『切り札』の反応の方が速かった。

 ツェッペリンの無防備な腹目がけて、『切り札』が膝をバネのように伸ばして肩からぶつかる。

 骨が軋む。ツェッペリンが顔を歪め、声にならない叫びを上げる。

 『切り札』の爪先が地面を蹴り上げ、二体の魔族が宙に踊る。

 肩が一層深く腹にめり込む。ツェッペリンが短い悲鳴を漏らす。

 長い髪を振り乱し、背後から鷹丸が肉迫する。『切り札』はそれを肌で感じた。

 またしても意志よりも体が――何百と言う戦いの経験によってその身に染み込んだ戦闘センスが、鷹丸の反応を上回るスピードで『切り札』の体を動かした。


「なんだと!?」


 目の前で起きた物を見て、鷹丸が驚嘆の声を上げる。空中に舞い踊った状態で『切り札』が脚を曲げ、同時に体を縦に後ろ向きに回転させてその足裏をツェッペリンの腹に垂直になるように押し当て、そのまま一気に蹴り上げて鷹丸の頭上へと飛び去って行ったのだ。

 一秒もかかっていない。早業と表現するのすら生ぬるい。その無意識に計算されつくされた動き、完璧な身のこなしは、もはや芸術の域でさえあった。

 反作用によってツェッペリンが灰色がかった鉄筋コンクリートの地面に叩きつけられる。その前方で標的を失い、そのまま片膝立ちで地面に着地した鷹丸が急いで背後を振り返る。


「いかに『融合体』と言えど、実戦経験は浅いようだな」


 そう言って空に浮かんで翼をはためかせながら、『切り札』が腕を組んでこちらを見下ろしている。その言葉に余裕の色は無かった。


「いや、今の段階であの強さだ。これから先、まったく伸びないと言う保証はない……か」

「なんだ、何の話をしている?」


 その独り言を断つように、鷹丸が『切り札』に言った。


「純正?融合?お前はいったい何を言っているんだ?」


 鷹丸自身わからない事だらけだったが、『切り札』は答える気は無いと言う風に素っ気なく返した。


「知りたい事があるなら、そこの魔族に聞けばいい。純正な魔族ではない、禁忌を犯した魔族にな」

「――話す気は無いか?」

「なんであれ、敵に情報を教える事は出来んよ」

「……」


 正論だった。

 『敵に塩を送る』という諺があるにはあるが、だからと言って、わざわざ敵に情報をくれてやる必要はないのだ。

 そして鷹丸は何より、そんな質問よりもこの後の展開に意識を向けざるを得なかった。


「さて、話は終わりだ」


 『切り札』はやる気だった。当然だ。鷹丸も『切り札』も、ツェッペリンさえもまだ倒れてはいなかった。

 まだ決着はついていないのだ。

 鷹丸が刀を構え、『切り札』が滞空しながら剣を構える。


「……行くぞ」


 そして『切り札』がそう静かに告げ、勢いをつけて突撃を行おうとした時、どこからかアラームのような音が鳴り響いた。


「――!?」


 鷹丸と『切り札』が同時に身を強張らせる。そしてその音がどこから聞こえてくるのか鷹丸は耳をそばだてたが、その音の源はすぐに見つかった。


「通信……こんな時に」


 その音は、『切り札』が腰に備えていた水晶玉から発せられていた。掌に収まるサイズの、注視しなければ気づかない程小さな水晶玉。

 忌々しげに音を発し続けるその玉を横目で睨みつけながら、鷹丸が手出しできない程の高さまで『切り札』が上昇する。そしてそれをもぎ取るようにして顔の前に持って行き、水晶玉の一辺を横になぞる。するとそこから、雑音交じりに何者かの声が響いてきた。


「――何を話しているんだ?」


 鷹丸のいる位置からは、『切り札』が何を話しているのかはわからなかった。だが『切り札』の様子と、水晶玉から聞こえてくる音声は辛うじて知ることが出来た。

 背後から咳き込む音と、足音が近づいてきた。


「ああ、まいった。人を踏み台にするとは……」

「無事だったか」

「まあ、なんとかな――それでどうする?捕まえるか?」

「いや」


 いつの間にか自身の横について、苦々しい顔でそう言ってきたツェッペリンを手で制す。そして暫く『切り札』の様子を伺っていた鷹丸とツェッペリンだったが、不意に『切り札』の様子がおかしくなった事に気付いた。


「……ん?」

「あれは、どうしたんだ?」


 おぼろげながらも遠目に見えたその顔には、驚愕と愕然の表情がしっかりと貼り付いていた。





「なんだと……!?」


 配下の魔族から齎された情報を聞いて、『切り札』は自分の耳を疑った。

 通信をよこしてきた魔族も、自分と同じくらいに動揺していたのが声の調子からわかった。どうやら嘘をついているようではなかったが、それだけにその魔族の言った言葉は、『切り札』の脳内に落雷に等しい衝撃を与えるに至っていた。


「まさか、そんなことが……」

《嘘ではありません。このワタクシめが、はっきりとこの目で見たのです!シェリル・ヴェーノが――》

「……シェリル嬢が……」


 その事実を自分に言い聞かせるように、声を荒げて『切り札』が叫んだ。


「シェリル嬢が捕縛されただと!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ