第七話「コンタクト」
「いやあ、本当助かったよ。ありがと!」
「え、ああ、うん」
目の前の少女から向けられるまっすぐな感謝を受け、大悟がむず痒い思いを感じながら曖昧に頷く。自らの人生の中で見ず知らずの他人から感謝される事が殆どなく、その感覚に慣れていなかったからだ。
そう、大悟は目の前の少女のことを何も知らなかった。それでも大悟は玄関の前に倒れていたこの少女を家の中に担ぎ込み、腹が減ったと言うのでパンを焼いて振舞ったのだった。
この行動については、当然のことながら赤の他人の女の子を勝手に家に上げてもいいのかと自らの良心と羞恥心に激しく責め立てられた。だが結局、このまま放っては置けないという謎の使命感と罪悪感が勝った。
そして今、二人は玄関から細長い廊下で繋がったリビングにいた。そこは台所と一繋ぎになった形をしており、一人で住むのは若干寂しさを感じる広さであった。ちなみに台所と廊下は直接行き来することが出来た。
廊下と繋がった方の反対側の壁には大きな窓があり、窓の向こうにベランダが見えた。その窓のある方から見て左側には寝室が、右側には畳張りの部屋が、それぞれ障子で仕切られるようにしてリビングと隣接していた。
窓と寝室に挟まれた方のリビングの角の隅には液晶テレビが置かれており、二人は部屋の中央にあるテーブルを挟んで床に直接座っていた。テーブルの上にはそれまで使われていたトースターが、少女の目の前にはそれまでトーストが置かれていた丸皿があった。
「いやあ、うっかりしてたよ。レビーノとは流通してるお金が違うんだってことに気付かなくってさ。おかげで食べ物も服も買えなくって、途方に暮れてたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「それにしても、こっちの世界ではパンは焼いて食べるんだ。知らなかったよ」
「へ、へえ……」
危機から脱したことですっかり心が軽くなった少女が、朗らかな笑顔でまくしたてる。一方で家主である大悟は、自分の置かれた状況に順応できずにガチガチに緊張していた。そうして大悟が狼狽え半分に相槌を打っていると、不意に少女が頭をかしげながら大悟に言った。
「ん?どうしたの?さっきから元気ないみたいだけど」
「え?い、いやさ、なんていうか、全然知らない女の子を自分の家に上げるって言うこの状況、結構マズいんじゃないかって思ってて……」
「え? ……あ」
そして自分の置かれた状況に今になって気づいたのか、少女が顔を赤くして硬直する。
「そ、それも、そうだね……」
「……」
そのまま二人して押し黙り、暫く気まずい空気がその場を支配する。だがその気まずさを吹っ切るようにして少女が声をかけた。
「ま、まあ過ぎたことは仕方ないし!それに私を助けてくれたのも事実なんだし、細かいことはき、気にしないようにしよう!」
「あ、ああ、うん、そうだね」
少女の言葉に心から救われた気分になり、大悟は身が軽くなるのを感じた。そして余裕の生まれた心の内に芽生えた思いを、躊躇いがちに少女にぶつけた。
「そう言えばさ、お互いに名前とか、まだ言ってなかったよね」
「え?ああ、そうだったね」
「うん。そうだった。じゃあ改めて」
そう言って一つ咳払いをした後、まずは大悟が口を開いた。
「俺は安藤大悟。その、こう言うのはなんか変な感じなんだけど、よろしく」
「へえ、ダイゴって言うんだ。ダイゴ、ダイゴね……うん、覚えた」
そうして何度か大悟の名前を反芻した後、今度は少女の方が言った。
「私はルカ・ベルトリオ。次元跳躍魔法を使って、レビーノからこっちにやって来たんだ。こちらこそ、どうかよろしくね」
「レビーノ?何それ、外国?聞いたことないけど」
「って、ああ、ここ別の世界だったんだっけ。どうやって説明しようかなあ……」
困惑する大悟の前で、ルカがそう言って頭を掻く。そしてやがてまっすぐに大悟の方を見つめながら、ルカが決心したような面持ちで言った。
「その、私の正体とか、どうしてあそこに倒れてたのとか、色々な事とかさ……ダイゴは知りたいって思う?」
「そりゃあ……」
当然気にはなっていた。ただ自分からそう言うことを尋ねるのは相手の心に土足で踏み込むような感じがして、大悟はどうしても聞き出せずにいたのだった。だからルカの方から話してくれると言うのは、大悟にとっては渡りに船という物であった。
「そりゃあ知りたいよ。わからないことがありすぎて、不安になるくらいなんだから。だからその、よかったらさ……」
「うん。全部教える。でもそのかわり……」
「そのかわり?」
「びっくりしないでね」
真剣な表情で告げるルカを前に、大悟はただ頷くしかなかった。