第五十一話「魔法少女拉致事件」
「終わったようだな」
銃を溶かして手首に戻し、大きく息を吐いて緊張をほぐしていたルイの元へ、鷹丸がそう言いながら音もなく現れる。それと同時に、倒れている信吾の所には件の黒づくめの人間が二人現れ、彼の身体をそれぞれ両側から抱え込んでいた。
「鷹丸さん、見てたんですか?」
「ああ。最初から最後まで、特等席でな」
疲れの色を見せながらも笑みを浮かべるルイに、鷹丸が穏やかな口調で返す。そして黒づくめに抱えられ、残像を残して運び去られていった信吾の方へ目を向けながら、鷹丸が感心したようにルイに言った。
「しかし、本当に勝ってしまうとはな。正直驚きだ」
「偶然ですよ。たまたま自分の読みが当たっただけです」
「だがその読みは、それまで培ってきた戦闘経験によるものだろう。ならばそれは、決して偶然の産物ではないはずだ。よくやったな」
「え?それは、えっと……」
正面から褒められることに慣れてないせいか、率直な鷹丸の賛辞にルイが口ごもる。ルイも大悟も、これまで他人から評価されると言う事とは無縁の人生を送って来たからだ。嬉しい気持ちも勿論あるが、それをどう表現したらいいかを知らなかった。
「あ、その……ありがとうございます……」
だからルイは真っ赤になった顔を俯かせて、途切れそうなくらい小さな声で返事をする事しかできなかった。
「フ……謙虚な事だな」
「か、からかわないでください」
その様子を見て鷹丸が苦笑を漏らし、ルイが眉根に皺を寄せてそれに抗議した。
直後の事だった。
「え?」
それは一瞬の出来事だった。
ルイは腹部への圧迫感と、側面から突き飛ばされたかのような軽い衝撃、そして持ち上げられていくような浮遊感を感じた。
ルイの不満の顔が呆然に、
「ええっ?」
「ルイ!」
次いで唖然へと変わっていく。
「えええッ!?」
視界が斜めに歪み、背中から程よい温度の暖かさを感じる。
意味が解らない。
「借りるぞ」
頭上から声が響く。反射的に首を動かして視線を真上に向ける。
赤い髪。白い肌。金色の瞳。
忘れもしない。
「ツェッペリン!」
そして全てを悟る。
最初に会った時と同じく真っ赤な服に身を包んだツェッペリンがルイの側面目がけて空中から突撃し、その腹に手を回して彼女を何処かへ持ち去ろうとしていたのだった。
だがそれは、鷹丸とルイの二人にとっては青天の霹靂。
抵抗も妨害も出来る訳が無かった。
「あまり喋るなよ」
ようやっと状況整理のついたルイにそう告げてから、ツェッペリンが翼を閉じてその場で背中側へと急旋回する。突如として後頭部と背骨に強烈なGを感じ、ルイが歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべる。
鷹丸に完全に背を向けた段階で、ツェッペリンが再び翼を展開する。驚きのあまり目を見開いていた鷹丸の姿が見る見るうちに後方へと遠ざかっていき、首を斜め下に回しても鷹丸の姿を捉えられなくなるまで数秒と掛からなかった。
視界から鷹丸が消える寸前、彼が自分の方へ向かって走り出していたのをルイは見逃さなかった。
助けに来てくれる。そのことに安堵を感じつつ、ルイがツェッペリンに詰め寄るように言った。
「ちょ、ちょっと、これはどういう――」
「今は騒ぐな。落ちても知らんぞ」
「あ……」
だが既にルイは、ツェッペリンと共に夜の町中の上空を飛んでいた。翼をピンと伸ばし、時々羽ばたいて高度を保ちながらグライダーのように夜空を滑空する。
今自分を支えているのは自分の腹を抱きかかえているツェッペリンの片腕だけだ。命綱もない。
抵抗は無意味だった。
「酷いことはしない。ただお前を借りるだけだ」
「……私と何がしたいの?」
「話がしたい」
「……」
圧迫感と浮遊感、そして背中からの暖かさと頬にかかる風を受けながら、ルイはただ呆然と、そんなツェッペリンの言葉を聞きながら照明と車のランプによって歪に輝く街並みを見下ろすだけだった。
目の前に映る景色が、建物の密集する地帯から段々と閑散とした街並みになり、やがては空き地や公園の目立つ郊外へと飛び出していった。
そうしてツェッペリンによってなす術もなくルイが連れていかれた先は、そんな町はずれにぽつんと建てられた、巨大な一つの倉庫だった。青い切り妻屋根と灰色の壁面で構成された倉庫で、固く閉ざされた水色の扉は、人間ではなく重機が通る事を前提にした大きさを持っていた。
ルイを降ろしたツェッペリンが翼を折り畳んでその扉の前まで近寄り、片手でその扉の片方を掴む。錆びかけた金属の擦れあう金切声を響かせながらその扉が割り開かれ、やがて人一人通れるだけの隙間が出来上がる。だがそれは倉庫の大きさに比べれば本当に『隙間』程度の幅でしかなかった。
「……」
その間、ルイは黙ってその様子を見届けていた。奴が背を向けている今の内に逃げようと言う気持ちもあったが、それ以上にツェッペリンに対する好奇心があった。
いったい、自分と何を話そうと言うのか?
危害を加えるつもりならば、身動きの取れない空中でいつでも出来た。それとも、わざわざここで攻撃を加えようというのか?それはそれで非効率すぎる事だったし、それにもしそうだと言うのなら単に戦ってやるまでのことだった。
何より、ルイはツェッペリンの事を少しでも多く知りたかった。逃げればそのチャンスも失われる。そう考えれば、騙されるというリスクも喜んで冒せるものだった。
結論として、ルイは待つ方を選んだ。
「ついてこい」
そんな風に考えを巡らせていたルイに対して、出し抜けにツェッペリンが言った。そうして隙間を通って闇の中へと入っていくツェッペリンを追いかけるように、我に返ったルイもまた早足でその隙間の中へと足を踏み入れたのだった。
案の定、倉庫の中は馬鹿みたいに広かった。地面はコンクリート製で中は倉庫の外と同じく薄暗く、照明もついていなかった。完全に周囲が見えない程の闇の中ではなかったのが幸いだった。
『学校の体育館みたいだ』
大悟がそう呟いたが、ルカはその『体育館』と呼ばれる物がどの程度の大きさを持った建物なのかを知らなかったためにその比喩を理解することが出来なかった。
しかし倉庫自体は広かったが、人間が動き回れるスペースは酷く限られていた。倉庫の最奥部から半分までの領域を、一定の間隔を以て規則的に縦方向に配置された直方体状のコンテナによって支配されていたからだ。そしてその一番手前に映るコンテナの列の前には白いテーブルと二脚一対の白い椅子が置かれ、テーブルの上には一台のラジカセが置かれていた。
ルイの前にいたツェッペリンがテーブルの前まで歩き、そのラジカセのスイッチを押す。
スピーカー部分からゆったりとしたギターの音が流れ始める。それは薄暗い室内が放つ静謐な気配と合わさって、聞く者の心を妙に落ち着かせる効果を持っていた。
「ステアウェイ・トゥ・ヘブン」
不意にツェッペリンが漏らす。そんな彼女が突然起こした一連の行動に軽く驚くルイの耳に、やがて英語で歌い上げる男の声が届いてきた。
最初はゆったりと、次第に激しく、しかし熱し過ぎない。それは聴く者の心を静かに震わせる歌声だった。
「私のお気に入りの一つだ」
歌の邪魔にならないように音を立てずに二脚ある椅子の内の一つを引きながら、ツェッペリンがルイの方を向いて言った。
「立ち話もなんだ。とりあえず、座って話をしようじゃないか」
ギターと男の歌声にドラムが混じり、更に盛り上がりを見せていく。
「心配するな。ここは私の城だ。水を差すような馬鹿者は誰も来ない」
「まさか、そのテーブルとか歌とか、全部この日のために……」
「ムード作りは大切だろう?」
呆れるルイにツェッペリンが笑う。
本気で話をするつもりだったのだろうが、凝りすぎである。
「茶は用意できなかったが、我慢してくれ。さ、早く来い」
「……あなた、変よ」
ルイは笑うしかなかった。
だがこの時、ツェッペリンに対する警戒心がかなり薄れていることは、ルイ自身自覚していた事だった。




