第四十六話「レビーノ側:一斉攻撃準備」
レビーノを実質的に支配する十二国家の一つ、ゲルセム共国。その国の盟主であるギギア・ランチは禿頭で恰幅のいい、ともすれば肥満体型とも取れる大柄な男であった。
何事にも持てる力の全てを注ぎ込むことが第一であると考えている彼は、当然この戦争にも全戦力を投入しての短期決戦が最適であると考えていた。先の会議でもそれを主張したが、結局は同じく十二国家『キルミル』の首長であるソラ・リントの意見――戦力を小出しにして余計な損耗を省く戦い――が採用されてしまったのだった。
まったく。何が損して得取れだ。
そして今、彼はその事に対する憤りを覚えながら、両側の壁に様々な武具を並べかけた執務室の中で、水晶玉を介しての通信魔法でその向こうに映る何者かと連絡を取っていた。
「ランディ、いるか?私だ」
「げえほっ!げほっ!」
ギギアが見つめる水晶玉の向こうからは、体を前に折り曲げた白衣を着た人間の背中と、辛そうに咳き込む声だけが映っていた。
「おい、ランディ」
「げほ!げほげほ!」
「バス!しっかりしろ!」
「げえほっ!し、失礼……」
ギギアの叱咤が効いたのか、その男がやっとこさ咳き込むのを止めて、上半身をまっすぐ持ち上げる。そうして水晶玉に映ったその顔は、文字通り病人と言っても差し支えない程ひどい物だった。
長い髪は色素が抜け落ち白く変色し、顔色は青白く、目元には濃いクマができ、頬は痩せこけていた。体は枝葉の如く痩せ細っていた。
バス・ランディ。十二国家の一つ『ベンベルゲン』の党首であり、レビーノに住む者ならばその名を聞かない者はいないとされるほどの腕を持つ薬剤師兼研究者。そしてレビーノ一の製薬企業である『ベルゲン社』の代表責任者でもあった。
「申し訳ない。つい先日までは体の調子が良かったのだが、昨日になって急に体調が……げほっ、げほっ」
「おいおい、またか。お前薬作るの上手いんだろう?いい加減自分の病気くらい治したらどうなんだ?」
「げほっ、すまないね、げほっ。こればっかりは生まれ持っての体質だから、薬や魔法ではどうしようもないのだ」
魔法の発達したレビーノでは、当然ながら回復魔法も存在している。そしてその魔法を使えば、大抵の疾病や負傷はたちどころに治せてしまうのだった。しかしどれだけ魔法で傷を治したとしても、その際に失った体力までも回復することは出来ない。それ故に体力の回復を早める薬の存在は、常に一定以上の需要を保っていた。当然ながら、非常時に備えての傷や病を治す薬も作られていた。
「げほっ、げほっ……それで?今日は何の用で来たんだね?」
咳混じりにそう告げるバスに不安げな視線を向けながらギギアが言った。
「ああ。前の会議でソラが提案した例のプラン、あっただろう?」
「ああ。あったね。魔族を一人ずつ、尖兵として小出ししていくっていうあれだろう?」
結局、魔族を一体ずつ出して攻撃していくと言うソラの作戦は失敗と言う形で終わってしまった。しかし、それはある意味仕方のない事であった。
なぜなら、以前はこの戦法のままでもかなりの損害を与えることが出来ていたのだ。と言うよりも以前の経験から、あの世界の町を破壊し軍隊を叩くだけならば魔族二、三体だけで十分事足りるのがわかったのだ。制圧のために何十体も出すなどオーバーキルにも程があった。
だが今回は、出撃した魔族の悉くが、何者かに返り討ちにあってしまっていた。それも軍隊にではない。突如として現れた、たった一人の女にである。帰ってきた魔族の報告によって齎されたそのイレギュラーの存在など誰も知らなかったのだ。
そしてそのイレギュラーの存在が魔族の戦闘本能を刺激してしまったのもマイナス要因の一つだった。元より心から人間に心服していない連中。監視の目が届かないのを良い事に、命令を無視してそのイレギュラーに自分たちの方から突っ込んで行ってしまったのだ。抑え役として魔族を複数体出せばどうにかなったかもしれなかったが、後の祭りだった。
以上の要因から損耗を極力抑えると言うソラの計画が完全に裏目に出た結果となってしまったのだが、当のソラ本人は『威力偵察と見れば十分な戦果だった』とそれ程悔しがってはいなかった。他の十二国家の首脳陣も必要以上にソラを責めることは無かった。
被害を受けたのが魔族だからだった。
「それがどうかしたのか?」
バスは特にそれらを気にすることなく、水晶越しにギギアに言った。そしてギギアもまた、何もなかったかのように平然とバスに答えた。
「ああ。それなんだが、ゼノ皇帝より作戦変更命令が下された。次からはソラのプランではなく、私の提案した計画通りに進めることになった」
「全戦力の一斉投入か」
「ああ。まずは魔族を、次に魔導士を投入していく予定だ」
「その作戦がどうかしたと言うのか」
「まあ待て。今から本題を話す。それでそのことを、私が前線指揮を担当しているシェリル嬢に伝えたんだが、その時先方から例の薬を今いる魔族の数だけ送ってきてほしいと頼まれたのだ」
「例の薬?いったい何の薬だ?」
「言わなくてもわかるだろう」
当然、バスはその事を言われずともわかっていた。だが表向き開発は禁止されていたので、国と企業のトップである自分がその名を口にすることは避けなければならなかった。
「太陽か」
「ああそうだ。奴らに太陽の光を分けてやってほしい」
隠喩を使い、二人が示し合わせたように頷く。そしてそこで大きく咳き込んだ後、バスが不思議そうにギギアに尋ねた。
「しかし、あのシェリル嬢が本当にそんなことを頼んだのかね?私は、彼女は魔族を道具として見てはいないという噂を聞いているんだが」
「あくまで噂だろう」
「だが、例えそうだとしても、品行方正な彼女が寿命を縮める劇薬を自分から薦めるような光景はとても想像できない……げほっ、げほっ」
「本当に大丈夫かよお前……まあ、そんな事を気にしたってしょうがないだろ。今前線で粘ってるのは彼女たちなんだ。我々はただ黙って彼女らの要求に応えればいい。そうだろう」
「げほっ……確かに、我々がそのような事を詮索しても、まるで無意味ではあるか」
そうして咳き込み過ぎで顔にかかった前髪を撫でつけ直しながらバスが言った。
「あいわかった。では例の品は早急に用意しておく故、暫し待っていただきたい」
「うむ。準備が出来たのなら私を呼んでくれ。頼むぞ」
「それでは」
そう言い終え、最後に咳を残してバスが通信を切る。何も映さなくなった水晶玉をじっと見つめながらギギアが呟いた。
「たった一人の女、か……」
魔族を一人で退ける謎の存在。ギギアはその女に強い警戒心と、同じくらいの興味を抱いていた。
「確か、ルイと言ったか」
弾丸魔法少女ルイ。
魔族の報告にあった女の名前を頭の中で反芻させながら、ギギアは一人表情を曇らせた。
「また厄介な存在が現れたものだ」
椅子に深く腰掛けながらギギアが呟く。そして腹を揺すり升目状に線の走った天井をぼんやりと見つめながら続けて言った。
「……どこから来たのか、洗ってみる必要があるか」




