9話 拠点構築
族長から約束を取り付けた直後からライカの胸の奥には
小さな棘が刺さったままだった。
本当に短期間で拠点を築けるのだろうか。
砂漠の只中。
見渡す限り風に削られた砂の海。
木材など影も形もなく村で使われている建材は土壁か石がほとんどだ。
それですら複数の職人の手を要する大仕事である。
――それを、この場所で?
今、ライカが立っているのは完全な砂地だった。
踏みしめるたび、足元がわずかに沈む。
土でも岩でもない、粒子の集合体。
柔らかく、脆く、形を保たない地面。
(族長は……どうやって解決するつもりなの?)
考えても答えは出ない。
それでも思考を止められないのは彼女の性分だった。
責任を引き受けた以上、可能性と危険を洗い出さずにはいられない。
そんな思考の渦に沈みかけたところで、背後から足音がした。
振り向くと族長チヨメが一人で戻ってきていた。
「ライカ。準備は整ったぞ」
前置きはない。
「各拠点に五名ずつ草を配置する。
拠点の構築は――儂の札術で行う」
言い切りだった。
「札術で、ポンッと拠点を建築できるのですか?」
ライカは思わず瞬きをした。
「そんな便利なものがあれば、儂がとっくに村を拡張しとるわ」
チヨメは鼻で笑い、懐から一枚の札を取り出した。
それは驚くほど小さく風が吹けば飛んでしまいそうな代物だった。
チヨメはその札を無造作に足元の砂へと放ると札を中心に砂が盛り上がった。
音もなく、だが確かな圧力を伴い、縦に、横に、形を成していく。
現れたのは、直方体の砂塊だった。
見た目だけなら相当な質量がありそうだ。
だが、ライカが恐る恐る手を触れ、持ち上げてみると――
「……軽い?」
拍子抜けするほど軽かった。
「族長。これでは資材としては……」
疑念を隠さずに言うとチヨメは面白そうに目を細めた。
「そう思うか。なら、これはどうだ」
チヨメはもう一枚札を取り出し、先ほどの砂塊の隣へ投げた。
同じ大きさの砂塊がもう一つ出現し、二つの塊がゆっくりと引き寄せられた。
触れ合うと――
ズズン、と低い音が響き地面が微かに震える。
二つの砂塊は結合し、そのまま砂地へ沈み込んだ。
違和感を覚え、ライカは再び手を伸ばした。
コンコンと叩くと中は空洞の様な音が響くが、
持ち上げようとすると――びくともしない。
まるで、岩だ。
「……質量も、強度も……まるで別物です」
ジトリとした視線を向けると、チヨメは胸を張った。
「岩とは、何でできている?」
「……岩、ですか? 砕けば、小石に……」
「では、小石を砕けば?」
「……粉……」
そこまで言って、ライカは息を呑んだ。
「あ……」
「気づいたか」
チヨメは満足げに頷く。
「どんなものも、極限まで砕けば“粉”だ。
形状は同じ。違いは結合の仕方と密度だけよ」
砂粒は大きいが、更に砕けばとても小さな粒だ。
それを札術で引き寄せ、結び、固定する。
…できるかな…
フウカは、さらさらと符に今聞いた要素を盛り込んで
発動、直方体に固まったが・・・
ドサッっと非常に重い音が鳴り砂地にめり込む。
「わしなりの工夫はある。簡単には真似できんがな。
これを量産すれば、短期間で拠点は組める」
ライカは、言葉を失った。
自分が延々と悩んでいた問題が、あまりにも鮮やかに解きほぐされていく。
だが同時に、別の不安が芽を出す。
(……族長がいなければ、成り立たない?)
その思考を察したかのように、チヨメは続けた。
「札は大量に用意してある。
形が出来上がるまでは軽い。作業は早いぞ」
そう言って、チヨメは――
どこからか両手いっぱいに札を取り出し、ライカへ差し出した。
「……え?どこにそんな…」
「暑くなる前に、ここを作る。
――やれ」
数拍、思考が止まった。
「……私が、ですか?」
「誰が他におる」
即答だった。
「無理です! 死にます!」
思わず族長の足にしがみつき、必死に訴えるがチヨメは笑うだけだった。
族長の横でズサッズズッと砂が崩れた音がした。
フウカが右手に符を掴んだ状態でボーゼンとしている。
チヨメは駆け寄り、
ボカッ!と頭を殴る!
「ぬしは、何をしとる!」
「族長の気を私に切り替えたらと実験?」
さも当然とばかりに切り返す。
「わしなりの工夫をしとると言うたであろう!
簡単に切り替えられぬわ!」
チヨメはダンっ!と足を踏み鳴らし指さす。
「…ならば、危険あり?
村で裏切り者でたら拠点倒壊?」
ポツリと伏し目がちにフウカは言う。
「ま、まあ、そうじゃな。あくまでも暫定じゃ、暫定。」
チヨメは動揺を隠しつつコホンと咳払い。
短期間での構築を優先している手前、設計の危うさを露呈するが
村の関係者以外ではそんなことはできないという事で話を終える。
足元の砂が、ボコッ、ボコッ 、と不自然に揺らいだ。
波打つように砂が割れ、流砂の中から――
女たちの頭が次々と現れ這い出てきた。
「いやぁ、この流砂は本当に便利だねぇ」
最初に姿を現したのは、背の低い、狐面を被った老獪な女だった。
砂を払う仕草ひとつにも余裕があり、状況を楽しんでいる様子すらある。
「砂の中は涼しいし、目的地にも早く着ける。いいものを見つけたものだよ」
「ほんとうですわね」
続いて現れた女は、柔らかな口調で微笑む。
諜報の者でありながら、どこか商人のような計算高さを感じさせる目をしていた。
残る三人も次々と姿を現す。
その中の一人――髪を短く切りそろえた着物姿の女が、ライカを見つけると音もなく背後へ回り込んだ。
「……あなた、村を黙って抜け出したそうね」
囁き声が、右耳元に落ちる。
「本来なら、どうなるかわかっているでしょう?」
舌が、耳朶をなぞった。
ひやりとした感覚が背筋を走る。
喉元には緑の液体が滴り落ちる針が突きつけられていた。
一瞬、全身が凍りついたが、ライカは歯を食いしばり何も言わなかった。
(……鋭い殺気)
確かに感じる。
だが、今さら引く理由はない。
すでに族長の了承は得ている。
村の利益も提示し、納得もしてもらっている。
それ以上でも、それ以下でもない。
「おう、お前たちも無事だったか」
チヨメが声を上げた。
その声を境に殺気が霧散する。
族長が許した事に異を唱え殺傷すれば、逆に処断される…
「悪いが、拠点づくりを手伝ってもらう。
ライカと儂だけでは、さすがに手が足りん」
「お任せくださいまし。」
そう言って優雅な仕草で札を受け取り流砂群の周囲へ散開していった。
作業は驚くほど静かで、速かった。
札を投げれば砂塊が生まれ、結合前の塊は軽く簡単に持ち運びができる。
運び、並べ、結合させると――ズン、ズズーンという重低音とともに地へ沈む。
砂埃は舞うが咳き込むほどではない。
「ぼやっとするな、ライカ。お前もだ」
チヨメが札を押し付けてくる。
「この拠点が片付いたら、次へ移動するぞ」
肩を落としながらも、ライカは札を受け取った。
(……逃げ場は、ないわね)
だが、不思議と心は軽かった。
「よし、やるかっ!」
自分が抱えていた「無理かもしれない」という不安が、
作業の進行とともに、少しずつ霧散していくのを感じていた。
逆にチヨメの腕を引っ張り流砂に吸い込まれていく中、
流砂の片隅では、フウカがブツブツと呟き符を投げている。
「…族長と同じ事ができない?」
やがて――
数日が経過し…
まだ未完成ながらもそこに拠点があった痕跡すらほとんど残っていなかった。
砂丘の一部に穿たれた穴。
外から見ればただの影に過ぎない
――それが、 闇夜が近づくにつれひとつの大きな現象を
引き起こすきっかけになるとは、この時点では誰も気が付いていなかった。




