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10話 異質な音と振動

その内部に足を踏み入れると誰もが気づいた。


「……涼しい」

 フウカが、ぽつりと呟く。


 外の砂漠とは明らかに違う空気。

 肌を撫でる冷気がじんわりと体温を奪っていく。


「流砂の中を移動している時と……ほとんど同じ温度です」


 天井は荷馬車も入れるほどの高さと広さがあり、倉庫としても十分だ。


「しかも……」


 フウカは流砂の湧き出す中心を見つめる。


「ここから、冷えた空気が流れ出ています。

 それが拠点全体を冷やしているようです」

 思わぬ副産物だった。


 チヨメは腕を組み、流砂をじっと見つめる。

(……地中で冷やされた空気か)


 しばし考え込み――

 次の瞬間、パン、と両手を打ち鳴らした。


「――使えるな」


全員の視線が、チヨメに集まる。

チヨメは地面に座り込み、指で簡単な地図を描き始めた。


「村はここ。近くの流砂群はここだ。距離は一キロほど

 この冷気を、村へ運べないか……?」


 首を傾げながら、フウカが静かに首を振る。


「族長……それは簡単ではありません。

 筒を繋げるには強度が必要ですし、砂塵による劣化も激しい。

 村を移すにしても、今の環境を維持したままでは無理です」


 チヨメは肩を落とし、小さく息を吐いた。


「……だろうな、しかしなぁ…わしの部屋を快適にしたいんじゃが」

 その目は、まだあきらめた様な沈んだ色ではなかった。


「この現象を捨てる手はない。活用法は、いずれ考える」


 今は、まず拠点。

 そう判断し、チヨメは立ち上がった。


「お前たちは、上部の偽装を続けろ。

 儂はライカとフウカを連れて次の場所へ向かう」


 草の一人――中性的な顔立ちの者が、一歩前に出る。


「他に、注意すべきことはありまするか?」

 慎重な眼差し。


 チヨメは少し考え、頷いた。


「一人なぁ、気になる者がいる。

 名は――わからんが女だ。」


 ライカとフウカがわずかに反応する。


「流砂を利用しておる。

 怪しげな技を使うようだが……敵対するな。

 通行を妨げることも、禁止だ。厳命とする。」


草の女は眉をひそめた。

「我ら五名でも、抑えられぬと言いまするか?」


「やめておけ」

 即答だった。


「わしはそやつといちど話をしてみたい。

 ――それだけだ」


 戦士は、短く一礼した。

「承知いたしまする」


 そうして、チヨメは流砂へ足を踏み入れる。

 ライカの腕を掴み、迷いなく中心へ進む。


 フウカは二人に続き、印術を施すと――

 くるり、と回転しながら沈んでいった。


 残された五名の戦士たちは、その様子を見送りながら、作業へ戻る。


「……あの子、いつも回るのね」

 誰かが、くすりと笑った。


 砂漠の上では、今日も何事もなかったかのように、風が吹いていた。

 その夜、砂漠の温度が急激に落ちていく時間帯だった。

 拠点の内部は昼の冷気を保ったまま静まり返っている。

 外の風音も厚い砂層に遮られほとんど聞こえない。


 ――はず、だった。

 

 ドゥン……


 腹の底を叩くような、鈍い音が響いた。

 眠りかけていたライカは、瞬時に目を開ける。


(……なに?)


 耳ではなく、内臓に届く音。

 鼓動と重なるような、周期的な振動。

 そして…

 ドゥン、ドゥン……

 床が、わずかに震えた。


「……敵襲?」

 身を起こしかけたところで隣から声がした。


「違う?」

 フウカだった。

 すでに半身を起こし、床に掌を当てている。


「振動源と音は外ではなく

 ――下?」

 その言葉を裏付けるように再び重低音が響く。


 ドゥゥン……


 今度は、天井の砂が、さらりと落ちた。


「族長……」

 ライカが名を呼ぶと、すでにチヨメは立っていた。


「完全に想定外じゃな。音かぁ…振動は…困った」

 参ったなという顔だ。


「流砂だろうのぉ。昼間よりも活性化している感覚がある」

 流砂は、夜間に動きが活発になっている、波の動きで視覚的にも。

 昼間に比べ、地表との温度差が大きくなるからだ。


 だが――


「こんな音、聞いたことがありません」

 フウカの声に、わずかな困惑が混じる。


「……拠点が、共鳴している」

 チヨメは、低く呟いた。


「札で結合した砂塊の壁が振動を増幅している。

 しかも、音の逃げ場がない」


 拠点はほぼ密閉空間だ。

 振動は、外へ逃げず内部を巡る。


 ドン……ドン……


 音は次第に強まり、一定のリズムを刻み始めた。

 ライカは、思わず腹を押さえる。


(……気持ち悪い)


 頭が揺れ、内側から揺さぶられる感覚。

 眠気どころか吐き気すら覚える。


「このままでは振動で崩れる?」

 フウカがポツリ。

「拠点として致命的?」


「……そうだな」

 チヨメは顎に手を当て、考え込む。


 そこへ――

 地上の偽装を担当していた草方の女たちが慌ただしく降りてきた。


「族長!中が変です!」

「振動が……身体に来ます!」


 五人とも落ち着いてはいるが表情は硬い。

 狐面の――最年長の女が床に耳を当てた。


「これは……太鼓だねぇ」


「太鼓、ですか?」


「そう。

 皮を張った太鼓の胴。

 ――この拠点、そっくりだ」


 彼女は、軽く壁を叩く。


 コン!


 小さな音が、驚くほど深く響いた。


「……なるほど」

 チヨメが、短く笑う。


「密閉したのが裏目に出たな」

 ――おかっぱの女が腕を組む。


「壊しますか?」

 短絡的に問う。


「部分的に変更する」

 チヨメは立ち上がり壁際を指差す。


「振動を逃がす“抜け”を作る。

 流砂との間に壁を設け、動線は遮らずに振動と音だけを地中に逃す」


 フウカの目がわずかに輝いた。


「……通気孔ですね。

 ですが、砂が流れ込めば――」


「逆だ」


 チヨメは、札を一枚取り出す。


「流れは、制御できる。

 この冷気と同じだ」


 ライカの脳裏に、昼間の冷たい空気がよぎった。


(……逃がす、のではなく……)


「導くのですね」

 思わず口にすると、チヨメは満足そうに頷いた。


「そうだ。

 振動も、音も、流れだ」


 作業は、夜のうちに始まった。

 女たちは二人一組になり通気孔の掘削を担当する。


 狐面の女は全体指揮。

 おかっぱの女は警戒。

 残る二人は、砂塊の再結合と固定を受け持った。

 それぞれが無駄な言葉を交わさずに淡々と動く。


(……よく訓練されている)

 ライカは、その背中を見つめながら思う。


 ほどなくして。

 ドゥン……


 音が一段、軽くなった。

 さらに孔を増やすと、

 ドン……

 コン……


 振動は、徐々に輪郭を失っていく。


 やがて。

「……止まりました」

 フウカの声に全員が息を吐いた。


 床はもはや震えていない。

「……ふう」

 誰かが、小さく笑った。

 狐目の女が、肩をすくめる。


「失敗かと思ったけど……悪くない拠点だねぇ。

 音さえなければ居心地は上々だ」


 チヨメは、壁に背を預け通気孔から流れ出る冷気に手をかざす。


「わしに失敗はない。

 ――うまく行かなかったという成果であろう?」


 そのまま、床を踏みしめる。

 ――ドクン。

 ごく微かな振動が、足裏から伝わった。

「……残ってるな」

「共鳴は抑えました。

 でも、流砂そのもののは動くのを止めていません」

 おかっぱの女が報告する。

 チヨメは短く笑った


「それでいい」


 一拍。


「……風呂だ」

「はいっ?」

 ライカが、パッとチヨメを見やり素で聞き返す。


「振動を制御できるなら、疲労回復用に使える。

 兵も商隊も、使い道はいくらでもある」

 冗談めいた口調だが目は本気だった。

 誰かが吹き出し、笑いが広がる。


 ライカは頭を抱える。

(……拠点が、風呂に……)

 だが、足元から伝わる微かな振動と冷気に包まれながら、

 心の奥でこうも思ってしまう。

(……でも、悪くない)

 この拠点はまだ完成していない。

 だが確実に「人を繋ぎ止める場所」へと変わり始めていた。

 そして誰にも気づかれぬ場所で別の“流れ”が静かに蠢いていた。

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