66. 問題児は連行される
いきなりだったとはいえ、腕を振りかぶる動きはひどく遅い。
そのうえ大振りなのだから、避けるのは容易いと言える。
俺はフレイヤにぶつからないよう注意しながら、一歩だけ体を動かす。
「なん――!?」
つぎの瞬間、彼は空振りしながら盛大に床を転がった。
受け身が取れていないし、あれは相当痛そうだ。
口論になった時から教室中の注目を集めていたが、今のやり取りで動揺する声も混じり始めている。
「悪いな。俺は名前も知らん様な奴がコケる場合、『立場をわきまえて』眺めることにしているんだ」
「――クソ! 平民の分際で!」
魔力の気配。
まさかこんな場所で魔法を使う気なのか?
「待ってカール! 流石にそれはマズいわ!」
どうやら仲間の方も気付いたらしい。
「リアは黙っておけ! 《"フロスト・スピア"》!」
ほとんどゼロ距離での攻撃魔法だ。
しかも後ろにはフレイヤがいる。
こいつは彼女に当たる可能性すら考えられないのか。
「レイシスさんっ――――!」
俺は今度は一歩も動くことなく、飛んできた氷の杭を右手で掴んで受け止めた。
《"フロスト・スピア"》の先端が尖っているあたり、なんの調整もせず放ったらしい。
もし判断が遅れ、反射的に避けていたらと思うとゾッとする。
最悪フレイヤが致命傷を負っていたかもしれない。
「んな馬鹿な!? 素手で魔法を止めただと!?」
「――お前、もし俺が避けていたらどうするつもりだったんだ?」
そう問い掛けると、彼はしばらく経ってからポカンと口を開けた。
「ぁ……」
「まさか状況の把握すら出来ていない状態で、軽率に魔法を使いでもしたんじゃないだろうな?」
「ち、違う! 俺は間違っていない!」
この期におよんで誤魔化そうとするのか。
さすがに我慢の限界だ。
「殺傷力の高い《"フロスト・スピア"》をデフォルトで使用、そのうえ射線は心臓のラインだ。これで『間違っていない』だと? 俺をからかって遊んでいるのか?」
「うっ……。――で、でも俺は!」
「ふざけるのも大概にしろ!」
当たりどころが悪ければ、人が死んでいてもおかしくない攻撃だった。
にもかかわらず、奴は自分の非を一切認める気がないらしい。
俺はその姿勢にムカつき、胸ぐらを掴んで立たせようとした時だった。
「そこまでだ!」
大きく手を叩きながら教室に入って来る誰か。
……ベレールか。
「防犯装置が反応したから何事かと見に来たわけだが、お前らなにしてんだ?」
凄まじい殺気だ。
生徒に向けるレベルを余裕で越えているし、ちょっとくらい自重するべきじゃないだろうか。
「まずはカール、どういうことか説明を――っておいおい……」
アイツ漏らしやがった。
「すみません! すみません!」
「あーもういい! お前はとりあえず後だ」
彼女が次に視線を向けた先は俺だ。
おそらく「お前が説明しろ」とでも言いたいのだろう。
「平民であることを馬鹿にされ、頭に来ましたので煽りました。その結果暴行を受け、魔法による攻撃までされたので、思わずやり返そうとしていたところです」
「ほう、『頭に来た』ねぇ?」
「ええ。それはもう頭に来ましたね」
この顔、俺が嘘をついている事に気付いてそうだな。
となると次の言い訳を考える必要があるわけだが――。
「……まあいい。レイシス、お前はとりあえず私についてこい」
詳しい話は場所を変えて、ということか。
この分だと行先は反省室だろう。
何度も通っている場所なのだし、ここよりは気が楽だ。
二人っきりであれば、言葉を挟まれる心配がないからな。
「カールは掃除をしたら職員室に来るんだぞ。その頃にはレイシスの尋問も済んでいるはずだ」
おい教師、尋問ってなんだ。
「というわけでついて来るんだ」
「分かりました」
俺はベレールの後に続こうとしたのだが、不意に後ろから手を握られた。
「レイシスさん……」
「まぁ気にすんなって。俺は面談慣れしてるんだよ」
笑いながらそう伝え、彼女の手を解くと今度こそ教室を後にする。
さて、今日はどう誤魔化して切り抜けたものか……。




