64. 問題児が寝ていた頃 2
「では参ろうか」
先ほどと違い、最初に動き出したのはエルフの男。
彼はふたたび魔力の刃を作り出すと、強く地面を蹴った。
対して『雷速』はその場でたたずんでいる。
二人は特に示し合わせることなく、それぞれが次に取るべき行動を理解していた。
付き合いの長さがうかがえる立ち回りだろう。
「白の書、第六章、第一節より引用――」
短剣と魔力の塊。
目の前で火花が散る中、路地裏に流れる詠唱文。
これこそが、彼が出遅れたその理由。
「――《"霹靂雷翔"》!」
彼の足元が爆ぜる。
舗装された道路を抉り、雷の如き速度で駆けた彼は目標の背後を取っていた。
さらに剣を一閃、目にも止まらぬ速さで切りつける。
だがまたも当たらない。
「――――っ!」
彼は急いで振り向き剣を横に構えると同時、短剣がぶつかる衝撃により吹き飛ばされた。
敵はすかさず追撃に移行しようと考えたのだろう。
身を低くし走りだす体制を取るが、進路を遮るように新緑の刃が振り下ろされた。
これには回避行動を取らざるを得なかったのか、バックステップで宙に飛んで行く。
だがそれは隙を見せることと同義であり、攻防が入れ替わる瞬間である。
「増援は必要ないらしいな」
彼はひとり言を零しながら、刃を返し敵と重ねる。
もちろん瞬間移動され避けられるが、今回は事情が異なっていた。
突然消えたのは一人だけではない。
「もらったぞ――――!」
敵が別の場所に出現する刹那、『雷速』はすでに剣を振り抜いていた。
今度こそ斬撃は命中し、胴体が両断される。
即死は免れない必殺の一撃であることは、誰もが強く確信していた。
「――なんだと?」
が、彼らの予想はいとも容易く崩れ去る。
敵は離れた場所で膝をついてた。
にもかかわらず、切り離された下半身はたしかに地面に落ちている。
つまりこの場に、同じ人間の胴から下が二つ存在することになる。
これにはエルフの男も驚きをあらわにしていた。
加えて生まれた一瞬の間。
それは敵にとって千載一遇のチャンスを意味していた。
突然宙に放り投げられた何かが爆発、辺り一帯を光と音が覆いつくす。
「クソ!」
「――!」
視界を潰され、聴覚を奪われた彼らは、その場で立ち止まることを余儀なくされる。
やがて二人が五感を取り戻した頃には、敵はすでに消えていた。
「まんまと逃げられたな」
「申し訳ありません。仕留めきれませんでした」
「ははは! ――あれで『仕留めきれなかった』とでも?」
彼は大声で笑いながら、切り離された下半身があった場所に目配せする。
そこには血痕すら残っておらず、敵に繋がる一切の痕跡が消えていた。
「正直言って意味が分かりません。あの回復速度は異常です。いえ、あれを回復と呼んでいいのかすら……」
一瞬のうちに体の半分を再生させる魔法。
彼にとって、それは初めて見る異常現象。
だがもう一人は違った。
「使われたのは回帰の書で間違いなかろう。私も久しぶりに見たが、やはり凄まじい魔法だな」
「回帰の書……。異端書というのは、あれ程までに強力な力を有しているのですか? 自分はいまだに実感が湧きません」
「だからこそ『異端書』なんて大層な名前で呼ばれ、所持が固く禁じられているのだ」
彼は続けて「まあそもそも、見つけること自体困難ではあるがな」と付け足すと空を仰ぎ見た。
「むぅ……しかし困ったな……」
「そうですね。あのような魔術士を放置しておくのは危険です」
「あぁいや、それもそうなんだが……」
「まだ他になにかあるのですか?」
「セルジ君は『パッケージ』の中身を知っているかね?」
「いえ、自分は存じておりません」
物が物だけに、彼が知らないのも無理はない。
騎士団が護送していた馬車については、情報の公開は最小限に絞られていた。
「我々が盗られてしまったのは、なんでも破戒の書の断片だそうだ」
「また異端書絡みですか……。どこでその様な物を手に入れたのやら……」
「それに関しては私も知らんな。上のみぞ知る、という奴だ」
その後、彼らは一足遅れて駆けつけた増援と合流する。
急いで配置を取り決め、追加の捜索が行われたものの、結局彼らが敵を見つけ出すことは叶わなかった。




