60. 問題児は奢られる
「俺は以上だ。テルラはどうする?」
「わたしもご主人さまと同じもので構いません」
「……だそうだ。今さっき注文した物を二つずつで頼む」
「かしこまりました」
手元の紙になにやら書き込んだ彼は、丁寧に頭を下げると静かに離れていく。
テルラはまるでそれを待っていたかのように、すぐに話を切り出して来た。
「あの、ご主人さま。本当によろしかったのでしょうか?」
「ん? 何がだ?」
「このような場所に同席させて頂けたのみならず、お食事までご一緒させて頂くというのは……」
「あぁ、気にするな。なんせフレイヤの奢りだからな」
「……」
なんか白い目で見られている気がするが、隠すようなことでもない。
そもそも入店する時、フレイヤに渡された会員証を提示している。
当然テルラも見ていたわけだし、誤魔化す方が難しいだろう。
「フレイヤさまには後日、お礼の菓子折りをお贈りいたします」
「そうしてもらえると俺も助かる」
しばらくすると、彼女は店内をゆっくり見回し始めた。
俺も釣られるように目だけを動かす。
おそらく平日だからか。
ミーリヤに連れて来られた時と違い、今日は制服姿がちらほら見える。
ここは庶民向けの値段設定とは言い難く、放課後に気軽に来れるとも思えない。
まあそれは俺の感覚の話であり、彼らが所属する学校はシトリス魔法学院だ。
俺も同じところに通っているわけだが、いまだに貴族の感覚というやつは理解できないな。
「素晴らしいお店ですね。さすがはフレイヤ様たち行きつけの場所、と言ったところでしょうか」
「ほんと、住む世界が違うことを実感させられるよな」
どうもこの喫茶店は、彼女たち姉妹のお気に入りの場所らしい。
図書室で別れる際、ふと食事にでも行こうかと零した時だ。
フレイヤに『でしたらおすすめのお店があります』と紹介された場所がまさにここだった。
そういえば渡された会員証は彼女名義だが、とくに揉めることもなく通されたな。
しかもフレイヤは『お金のことも心配ありません。あとでこちらから支払っておきますから』などと言っていたが、果たしてどれだけ店側に信用されているのやら。
「住む世界、ですか……。あの、ご主人さまはなぜ学院に入られたのでしょうか?」
「また突然だな」
「退学を回避するため、クラス対抗戦に出場されると聞きましたので。ご主人さまがそこまでして学院に留まろうとするのが意外でした」
「魔法学校に通う理由なんて、魔法を学ぶ意外にあるか?」
「僭越ながら申し上げます。ご主人さまの行動を見る限り、そのような意志は感じ取れません」
とても真剣な顔……じゃないな。
あれはジト目というやつだ。
「そもそもご主人さまは不真面目過ぎます。先日はテストすらサボったと聞き及んでおりますし、昨日の魔法幾何学では……」
「あー分かったって! 頼むからそれ以上は辞めてくれ!」
多分会話が聞こえていたんだろうが、周りの視線がなんだか痛い。
このまま事実を暴露され続ければ、俺の評判は悪くなる一方だ。
もちろん学内なら話は別だが、街中にまで過剰に『無能である』と周知させる意味は薄い。
単に俺のメンタルがすり減るだけである。
「……卒業資格が欲しかったんだよ。シトリス魔法学院を出ていれば、就職先にも困らないだろ?」
「なるほど、そういう事でしたか」
とりあえずこんな所だろうか。
まさか『亜人領での身分が欲しかった』なんて言えるわけない。
あとは『フレイヤたちへの恩返し』という理由だが、こっちも隠して置いたほうが好都合だ。
彼女たちが今後も狙われる可能性に気付いていた、なんて話は無能を演じる上で邪魔になる。
「でも就職が理由でしたら、なおのこと成績に気を配るべきです。卒業証書には最終成績も記載されますが、ご存じありませんか?」
「知ってはいるんだが、俺としては働けさえすれば割とどうでもいいんだ」
「ご主人さまは魔法の才があるのですから、待遇の良い仕事などいくらでも探せると思うのですが」
「おいおい、俺はBランクだぞ……。たとえ今から努力したとしても、そこらにいる一般魔術士の一員になるのが関の山だ」
なにを根拠にしてるのかは知らないが、さすがに買いかぶり過ぎだ。
そんな風に思っていた時だった。
「――そうですか」
「…………なに?」
なんだ今のは。
一瞬テルラの気配が変わったように見えたが、気のせいだろうか。
「っと、お料理が運ばれてきましたね」
そう言いながらよそ見する彼女。
俺は気づかれないよう、何度も注意深く目を凝らす。
が、やはりいつもと変わらない雰囲気だった。




