50. 異端の翼はすべてを沈める
想像するのは消滅。
対象は女が打ち出した魔法、加えて視界に映る全ての『フェロシティ』たち。
あとはあの女、だろうか。
とにかく想像するのは消滅、ただそれだけでいい。
「《"――ろ"》――」
思考をそのままつぶやく。
だが感情を表に出してはいけない。
それだけは絶対に避けなければ……。
心を落ち着かせるため一度目を閉じ、すぐにまた開く。
別に深い意味はない。
ただ瞬きしただけだ。
「……へ?」
外套の女から発せられたであろう、気の抜けた声。
やはり今の状態では術刻印を貫けなかったらしい。
俺は魔獣の居なくなった場所でボーっと立っているフレイヤ、そして今にも泣き出しそうな顔のアリシャから視線を外す。
そうして振り返った先にいる女を視界の中央へ。
「状況が変わった。その魔法書は処理させてもらう」
《"タービュランス"》で加速し敵の背後に回る。
「《"サドン・ブラスト"》――!」
今度の狙いは別の場所。
敵の足元だ。
「くっ――!」
とうとう外套の女は回避動作を取った。
予想通りだ。
これで魔法を無力化できる範囲はかなり狭いことが確定した。
俺はさらに詠唱を始める。
「やらせない! ――《"ホーリー・レイン"》!」
突然あらわれた無数の光。
そのひとつひとつが矢の形となり、こちらへ向かって殺到してくる。
判断自体は正しいが、その魔法を選んだのは間違いだろう。
「《"ディスマジック"》!」
その選択はあまりに正しすぎる。
白の書による斬撃を見せたうえでその行動、まるで教本通りに動いているようなものだ。
「ど、どうしてよ!? こんな速度で――!」
だからこそ事前に使われる魔法を予期し、対策することも容易だった。
「次はこれか――」
慌てる様子の女に近づき回し蹴りを入れる。
あの精神状態でも、なにかしらの魔法で返されるならお手上げだが――。
「あぐぅっ!!」
相手は腹部を蹴られ、体をくの字に曲げたまま飛んで行く。
俺はこのまま追撃を入れるべく踏み出そうとする。
が、寸前で立ち止まる。
突然目の前に紫色の沼が現れたからだ。
これは死絶の書か。
詠唱したようには見えなかったが……。
「――許さない許さない許さない許さない!」
女はみぞおちを押さえつつ立ち上がる。
凄まじい怒気だ。
「《"la end"》――!」
またも撃ち出されるどす黒い赤。
詠唱の短縮すらできるほど解読したらしい。
とはいえ問題ない。
「――」
こちらもまた、先ほどと同じように敵の魔法を消し去る。
およそ数秒だろうか。
お互い出方を待つ俺たちだったが、先に表情を変えたのは向こうだった。
「……ふーん。そういうこと、ね」
つい先ほどまで激怒していたはずなのに、まるで嘘だったかのような笑顔。
「それがあの魔法なんだ……」
――さすがに二度も使えば勘づかれるか。
殺す理由がまた増えたな。
「想像していたより何十倍……いや何百倍もすごい……。これが魔術の頂点なのね……。あらゆる魔法書を読み解けた者だけが到達できる世界。まさに神の御業とも言うべき領域……」
『あらゆる魔法書』なんて所まで分かっているのか。
俺は思わず振り返り、後ろに建つ巨塔に目を向ける。
たしか『ダアトの葉』、と言っていたな。
彼女も錬金術、つまり『天秤の書』を読んだ上で、いまの魔法研究の矛盾点に気づいたのか。
やはりこの女は危険だ。
「潺の書――」
フレイヤがいる手前、おおっぴらに異端書を使うことは出来ない。
よって俺が選んだのは普及している魔法書のひとつ、『潺の書』。
相手は魔法を無力化する強力な術を持ち、異端書まで使ってきている。
だからほとんどの人間はこう考えるだろう。
『ただの魔法書では力不足ではないか?』と
もしそう聞かれれば、俺は胸を張って「違う」と答えるだろう。
そもそもドラグシアに限らず、各国とも秘密裏に異端書は運用している。
そんな情勢でも異端書を使うことなく、最強と恐れられている六人を俺は知っているんだ。
「第六章、第一節より引用――」
セレーナ、悪いが少し借りるぞ。
「――《"イミテーション・フロードノア"》!」
遠い昔、あらゆる者たちから魔王と呼ばれ、魔族領を治めていた人間がいた。
彼は自国に住む魔族たちを守るため、大洪水を生み出して敵国を沈めたと言う。
それも国ひとつを丸ごとだ。
これがおとぎ話かまでは知らないが、馬鹿正直に再現しようとした女がいた。
そして成功させてしまったんだ。
結果、彼女は『潺の翼』と呼ばれるまでに至った。
――潺の書、第六章、第一節。
それは魔王が引き起こした天災の模倣品。
「……飲み込め」
俺を起点として横長に地面が割れ、中から大量の水が噴き出していく。
さっきまでフレイヤたちがいた崖を越えるほどの高さだ。
避けることは不可能だろう。
外套の女は眩しく光る太陽に目を細めながら、大きく空を見上げていた。
「これが……魔法…………?」
戦っていて分かったことだが、彼女はあらゆる魔法を防ぐことができるらしい。
だが物理的な攻撃に対する防御策は一切持ち合わせていない。
いま目の前に立ち昇っている、この水の塊は本物だ。
魔法で生み出されたにもかかわらず。
こうして現れた時点で、そこらに流れている水となんら変わらない物になる。
模倣品ありながら本物。
つまり彼女であっても防げない。
「――っ! 白の書――!」
咄嗟になにかを詠唱しようとしたらしいが、水の奔流は構うことなく彼女を飲み込んだ。
いや、それだけじゃない。
俺が探し続けた最後の異端書とともに、このまま海の底に沈んでいくだろう。
たしか向こうには海岸があったはずだ。
人が住んでいる地域というわけでもない。
ちょっとぐらい海が広がっても問題ないだろう。
しかし大地ごと洗い流されるのは予想外だったな。
まぁ仕方ない、俺もこの魔法を使うのは初めてだったのだから。
というかそもそも試せる場所なんてなかった。




