49. 異端の翼は決断する
ドラグシアが擁する竜翼魔術士団は人族領最強と謳われている。
その理由は高い技術力だ。
例えば魔導具。
どの国の軍も配備はしているだろうが、ドラグシアの物は別格だ。
厳密に規格を定め、メンテナンス性と量産性を重視した珍しい造り。
個人に合わせて調整しない分、たしかに性能は落ちてしまう。
だが一定の動作が担保された魔導具というのはそれだけで魔術士の士気に関わる。
戦闘中に魔法が詰まった、なんて話も少なくないのだ。
まあドラグシアも例外ではないが、それでも確立としてはかなり低い。
それにもし魔導具が故障しても代替機をすぐに用意でき、かつ同じ物なのだから当然使うことだって出来る。
今でこそ似たような手法を取る国も増えてきたが、この形式を初めて採用したのが竜翼魔術士団だった。
ドラグシア王国の魔導具は高性能かつ量産性に優れている。
それが他国からの評価だった。
ではアリシャが扱う魔導具はどうか?
識別コードとソーサラーネームによる認証が必要な点を見れば、たしかにドラグシア製のそれだと言える。
だが設計思想がまるで違う。
アリシャが使用する事を想定し、文字通り彼女にしか扱えない専用魔導具。
七天の悪魔。
製作者であるノーラが付けた名前だ。
「疾風の書、第六章、第一節より引用――」
この魔導具が『アリシャにしか扱えない』理由はたった一つ。
「――《"アーカディア"》!」
それは『アリシャにしか扱えない』魔法でないと動作しない、という事。
ゆえに専用魔導具。
詠唱を終えた彼女は指先を軽く動かす。
すると七つの水晶玉はそれぞれが狂風の中心点となり、俺たちを守るように展開された。
外套の女は珍しそうに、『フェロシティ』は警戒するように距離を取っている。
「なんですか……これ……」
魔獣に襲われかけているというのに、フレイヤはポカンと口を開けていた。
「いいか。なにがあっても絶対に動くなよ」
「……?」
彼女の腰に腕を回し、ガッチリと固定しておく。
「レ、レイシスさん!?」
「まぁ念のためな」
飛び込んで来た魔獣に驚いて後ずさりでもしたら最悪だ。
そんなことを考えていたのだが、なぜかアリシャが詰め寄ってきた。
「ちょっとレイシス様!? 近すぎませんか!?」
もしかして分かっていないのだろうか。
「だって仕方ないだろ」
「それはそうですが!」
なんだ、やっぱり分かってるじゃないか。
「わたくしが言いたいのはですね――」
「後ろから来てんぞ」
二人で言い合っていると、突然魔獣たちが飛びかかって来た。
誰が見ても隙だらけにしか見えないのだから当然だ。
「あーもう! タイミングが悪すぎますわ!」
「あわわ!?」
思わず逃げようとするフレイヤが動かないよう、さらに力を籠める。
準備しといて正解だったな。
「いま大事なお話をしていましたのに!」
彼女が叫ぶと同時、水晶玉は魔獣の進路を遮るように動き始める。
それもすべてが独立してだ。
アリシャは簡単にやってのけているが、これは七つの魔導具を別々に動かすのに等しい。
そんな器用な事ができる人間はほぼいない。
というか普通はやる意味がない。
やがて飛びかかって来る『フェロシティ』たちは次々と暴風に巻き込まれ、バラバラに切り裂かれていく。
四方八方、360度が射程範囲内である風の領域。
しかもアリシャの場合は自在に調整できる分、広域魔法よりもはるかに強力だろう。
ノーラが最初にこの魔導具を考え出した際、『最強の矛と最強の盾を合わせればメチャクチャ強そう!』なんて言っていたが、この光景を見るたびに納得してしまう。
ただ殲滅するだけなら俺でも可能だが、誰かを守りながらそれが出来るのはアリシャの特権だ。
「レイシス様! フレイヤさんはお任せください!」
水晶玉の一つが目まぐるしく飛び回り、外套の女へと続く道が数秒作り出される。
俺は《"タービュランス"》で加速、急いで駆け抜けると外套の女の眼前に迫る。
「類似する物ですら記憶にない魔導具ですか。やはり世界は広いですね」
彼女は感心したように戦闘を眺めている。
今度は一応別の手を試しておくとしよう。
「《"サドン・ブラスト"》――!」
自信の手元を起点に爆発を起こす魔法。
烈火の書の中でも最速の魔法であり、この距離であれば反応は出来ない。
が、予想通り爆風だけが残り、肝心の本体は瞬時に消え去る。
さらに敵は腕を振るい、光の刃で反撃して来た。
俺は急いでバックステップで距離を取るが、先端が頬をかすめ浅い切り傷が出来る。
時間差で血が滲むがこの程度なら治す必要はない。
「魔術士の中では最高峰、兵士としても一流ですか。正直冗談かなにかだと思っていました」
この際正体がほとんどバレている謎は置いておくとして、現状だと戦力差は歴然だ。
アリシャたちを助ける前、戦闘が始まってからまったくこの女は動いていない。
一歩たりとも、だ。
先ほどの魔法ですら完全に防がれたことから《"ディスマジック"》の術刻印を使っているとは思うのだが、それにしたって異常だ。
この様子だと直接殴りかかったとしても、なにかしらの方法で対処されるだろう。
――破戒の書であれば打開できるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
だが今はフレイヤが近くにいる。
つまりこの手は使えない。
「総当たりしてみるか――」
烈火、潺、さらには疾風に白……。
これだけあれば、さすがにどれかは通るだろう。
そうやって俺が次の手を考えていると、女は不意に笑い出した。
「ふふっ」
「随分楽しそうだな」
「なにを考えていたか当ててみましょう。手当たり次第魔法を試してみるんですよね?」
どうせ読まれたところで問題ない。
『術刻印』は施術に時間がかかる。
たとえ気付かれたとしても、今ここで対処するのは不可能だ。
「まぁ試してみたら分かりますよ」
俺は四つの魔法書、それらに記載されている第三章を次々に詠唱。
さらに可能なものは無詠唱で片っ端から撃ち込んで行く。
だがそのすべてが当たる前に消え、なにひとつ残らず防がれる。
「だから言ったでしょう?」
あり得ない。
これだけの数の魔法に対応するには、それこそ全身に術刻印を入れでもしなければ……。
そう必死に考えていた時だった。
後ろから外套の女目掛けてなにかが飛んで行った。
が、当然それも消滅してしまう。
今のは豊穣の書による魔法だ。
「そんな……!」
フレイヤの声が聞こえて来た。
どうやら彼女が放った物だったらしい。
これで効かない事が分かった魔法がまた増えた。
「――? こんな貧弱な魔法があの理想触媒から?」
意味の分からないひとり言。
「……そうですか。やっと見つけたと思えばこれですか」
突然表情を変えた彼女が言っている事はなに一つ理解できない。
だがこれだけは分かる。
――なにか来る。
「もう要らない」
瞬間、彼女を取り巻く魔力が一変した。
恐ろしいほどの魔力だ。
「アリシャ! フレイヤを連れて下がれ!」
「む、無理ですわ!」
今あの女から視線を外すのは危険だが、それでも急いで後ろを確認する。
見ればいまだに魔獣たちに囲まれており、たしかに逃げれそうにもない。
ふたりの退路を作り出すべく、右手を向け魔法を放とうとする。
その時だった。
「破戒の書、第二部――」
外套の女が紡ぎ始めた詠唱文。
それは俺が何度も探し、それでも見つけることのできなかった魔法だ。
もう存在しないと思っていた。
「――第一章より引用」
いや、心のどこかでは気付いていた。
誰の手にも渡っていて欲しくない、と。
そう俺が勝手に決めつけていただけだ。
「――《"la end"》」
どす黒い赤の歪な球体。
撃ち出されたそれは俺の横へと到達し、今まさに通り過ぎようとしていた。
当然《"ディスマジック"》では防げない。
俺はこの魔法を知らないのだから。
あとで後ろのふたりを治療するという選択も取れない。
破戒の書の性質上、遺体すら残らないのは目に見えているのだから。
……だからもう、手段を選ぶなんて方法は残されていない。
「――!」
俺は破戒の魔法を視界に入れ続け、振り返りながら思考を研ぎ澄ました。




