36. 問題児は流れに任せる
べレールに会うべく歩いていると、フレイヤが俺の腕の辺りを見ながら話しかけてきた。
「そういえばお姉ちゃんにブレスレットを渡したのってレイシスさんですよね?」
「おうよ」
うなずくこともなく軽く返すと、彼女は次にアリシャを見る。
「お二人ともずっと付けていますけれど……」
「まぁドラグシアのお守りみたいな物だな。ミーリヤに貸したが別に深い意味はない」
「なるほど……。てっきりお揃いで買ったアクセサリだと思ってました」
瞬間、アリシャが目を輝かせながら身を乗り出してくる。
「お揃いのアクセサリ――!」
それを言うなら『お揃いの兵器』だと思うが。
お前はフレイヤと違ってブレスレットの正体を知っているだろ。
「レイシス様! わたくしたちお揃いだったんですね!」
「今まで気づいてなかったのか……」
ノーラに渡されたときは作戦直前だったし、仕方ないといえば仕方ない……のか?
「アリシャさんって本当にレイシスさんがお好きなんですね」
フレイヤは微笑みながらそう切り出してしまった。
俺は歩調を早め、一足先に砂浜を目指すことを決める。
先手あるのみだ。
「じゃ、俺は先に行くから」
「どうかしたんですか?」
アリシャが今にもしゃべり出しそうだ。
「まぁなんだ。……頑張れ」
そう言い残してさっさと退散する。
巻き込まれるのはもうゴメンだ。
「ちょっとレイシスさ――」
「そう、あれはわたくしがレイシス様に忠誠を誓った日の話から始まりますわ!」
俺はさらに歩調を早める。
なんとか間にあってよかった。
「レイシスさんっ! 待ってくだ――――ひっ!?」
「まだ終わっていませんわよ!」
我ながら素晴らしい、迅速な撤退判断だったと思う。
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フレイヤを生贄に捧げ、なんとか逃げ切った俺は砂浜の状況を再確認する。
軽症者しかいなかったのか、もうだいぶ落ち着いているようだ。
そもそもミーリヤのように命の危機に瀕する方が珍しい。
彼女の場合はエルフという種族に加え、強い魔力を持っていたことが原因だ。
ほかの種族や並みのエルフであれば、せいぜい二日酔いぐらいの辛さだろう。
その程度であれば豊穣の書でも誤魔化せる。
もちろん根本的な解決にはならないが……。
「あ、レイシス! やっと見つけた~!」
「ん?」
名前を呼ばれ振り返る。
どうやら声の主はルカだったらしい。
「べレール先生に聞いたらどっかに行ったって言うから、てっきり混乱に乗じて逃げ出したのかと……」
「さすがの俺もそこまではしねーよ」
苦しんでる人間を放置してまでサボるとかどんな奴だ。
「ってあれ、フレイヤちゃんはどうしたの? 一緒じゃなかったの?」
「途中までは、な。まあそのうち来ると思うぞ」
「まさか置いてきたの!?」
「置いてきたな」
そう答えた瞬間、ルカに鋭く睨まれる。
いやだって仕方ないだろ。
そもそもアリシャの導火線に火をつけたのはフレイヤだ。
今回の俺は被害者だぞ。
「わたしがフレイヤちゃんを守らなきゃ!」
彼女は叫びながら駆け出そうとする。
が、当然肩をつかんで止める。
「別にひとりじゃない。アリシャが一緒だ」
「アリシャ?」
そういやこいつにはまだ話してなかったか。
「猫耳族で青い髪の転校生がいただろ? あいつだ」
「あーあの子ね。ならまだ安心――――ってそれだと女の子だけじゃん!」
俺の腕を強引に振りほどこうとして来たのでさらに力を込める。
「どうして止めるの!?」
「そりゃお前が行く必要が全くないからな」
というかアリシャからしてみれば周りに人が少ない方がいい。
「だって可愛い女の子が二人だけだよ!? もしレイシスみたいな悪い男に襲われでもしたら――」
「骨、このまま砕いてやろうかな……」
「ごめん、ちょっと言い過ぎた。口が滑っただけだから許して?」
はたしてこれは謝る気があるんだろうか。
まぁ指摘したところで意味はないだろうが。
「でも真面目な話、本当に大丈夫なの?」
「そりゃもう余裕だ。むしろお前がいない方がアリシャは戦いやすい」
「それって私が足手まといってこと?」
彼女はスッと目を細める。
別にそんなつもりで言ったわけじゃない。
というかむしろ逆だ。
おそらくルカはかなり強い。
彼女の魔法は何度も見ているが、一度だって詠唱したところは見ていない。
それどころか詠唱の簡略化……つまり短縮詠唱すら使っていない。
あれだけ息をするように、無詠唱を使いこなしている彼女だ。
弱いはずがない。
もちろん魔法が強いからと言って、戦えるかとなればまた別の話だが。
「アリシャの得意魔法は広域魔法が多いんだよ。だから人が増えるほど全力を出せなくなる」
「あーなんだ、そういうことだったのね」
どうやら納得してくれたらしい。
まあアリシャが民間人を巻き込むなんてミス、犯すわけないんだがな。
単に最悪の場合に備え、目撃者を増やしたくなかっただけだ。
彼女の本気はただの生徒としてはあまりに強すぎる。
「で、俺になんか用があったんじゃないのか?」
「すっかり忘れてた」
いや本題を忘れるなよ。
「先生たちと話したんだけど、明日には学校に戻ろうって事になったんだよね」
それは丁度いい。
最初はミーリヤだけ真っ先に連れ出すつもりだったが、そこまで話が進んでいるなら問題なさそうだ。
大人数で移動できるなら道中も安心できる。
ただ少し早すぎるな。
「まだ森に生徒が残ってるんだろ? そいつらはどうすんだ?」
ここに集まっている生徒たちだが、ざっと見てもそれなりにいる。
が、それぞれ自分の判断で戻ってきただけに過ぎない。
体調不良の有無に限らず、まだかなりの生徒が森にいるはずだ。
全員に《"魔導通信"》を使う、なんてのも現実的じゃないだろう。
「いやーさすがレイシス! 話が早くて助かる!」
「なんか嫌な予感がするな……」
というか十中八九、生徒を集める仕事をやらされるに決まっている。
「てことで手伝いよろしく!」
アリシャから逃げた結果がこれかよ。
包囲網は完成していた、ということか……。
まあこの状況ならルカの言うとおりにした方がいい。
残りの生徒を集めさえすれば、それだけ早くミーリヤも連れ出せる。
「手伝うのはいいが、何人くらいでやる予定なんだ?」
ここの森はとても広い。
一応近くでキャンプをするよう言われていたが、好奇心から奥まで進んだ奴だっているかもしれない。
「有志の生徒と先生たち、あとは私たちを合わせて20人くらいかな」
「他の生徒にまでやらせるとか正気か?」
探知魔法が使えない環境だぞ。
ミイラ取りがミイラになる、なんてことも普通にある。
「べレール先生が認めた生徒だけに限定しているから大丈夫だと思う」
どういう基準で審査したかは知らんが、なぜか不思議と説得力があるな。
てか俺は認められたうちに入っているのか?
思わずルカを見る。
どうやら俺が言いたい事は分かっているらしい。
「レイシスは人数調整だってさ」
「あ、そうすか」
べレールの人選は信じてよさそうだ。
「それでペアの話なんだけど……」
なるほど、二人組で行動させるのか。
確かにそれなら俺一人が混ざったとしても大丈夫か。
俺と組むやつは嫌な気分になるだろうがこの際無視だ。
「俺の相手はルカか?」
「いや、私はライエンと組んじゃってるんだよね」
ん?
「レイシスの相手はそっち」
ルカが指さした先、つまり俺の後ろに振り向く。
……ふむ。
「やぁお前たち。こんなところでまた会うとは奇遇だな」
というか来るのが早すぎだ。
「レイシスさん、お久しぶりですね?」
とても可愛い笑顔だ。
口元が引くついてるところを除けば百点満点だろう。
その後、俺は散々文句を言われ続けることになる。
だがそれだけで満足してくれたらしい。
フレイヤはいつもの優しい彼女に戻り、真剣な表情でルカの話を聞き始めてくれた。




