30. 問題児は海に着く
この世界には常軌を逸した物が数多く存在する。
代表的な物といえば、やはり異端書が真っ先に挙げられるだろう。
精神に作用する魔法が記載された唯一の魔法書、穢魂の書。
ほぼ不可能とされる時間操作、それに最も近い位置にある回帰の書。
あらゆる生物を殺し、壊すことに特化した集大成、死絶の書。
そしてこれら異端書に対抗するべく作られた破戒の書。
どれもこれも、とにかく常識が通用しない問題児たち。
が、常識が通用しないという点であれば、彼女に勝る存在はいないだろう。
「いやー海風が心地いいね~!」
「会長、あまり馬車から乗り出すと危険です」
「こういうのはちょっとくらい危ない方が、いい思い出になるってもんでしょ!」
好き放題するルカと度々止めに入るライエン。
学校を出発してから、もう何度見たか分からない光景だ。
「そろそろ着く頃だし聞いていいか?」
「んー?」
「なぜお前がここにいるんだ」
別にここ、つまり馬車の話じゃない。
一年生全員を四人に分けて乗せる分には問題ない。
なぜかこの馬車だけひとり少ないが、それも気にするほどじゃないだろう。
まぁたかが学校行事で、これだけの馬車を用意するのはちょっとビビるが。
「どうせなら知ってる人と一緒がいいと思ったんだけど」
「振り分けの話じゃねーよ!」
今日から始まる二泊三日の臨海学校。
新入生の交流を目的とした大イベントだ。
もう一度言おう。
目的は『新入生の交流』である。
お前がいる意味が分からん。
「ロズウィリアは会長がいると不満なのか?」
「考えるまでもなく不自然だろ。ルカが来てどうすんだ」
まさか遊びに来たってわけでも……。
いや全然あるな。
「わたし、引率のひとりですけど?」
「生徒が引率なんてするか?」
「お願いしたらなんかオッケー貰えちゃった」
そんな軽いノリで許されるわけあるか。
「会長ほどの実績があると、自主学習の名目でほとんど申請が通るそうだ」
「マジかよ……」
ルカってもしかして、俺が思っている以上に凄い奴なのか……?
待てよ、いい事を思いついたな。
「よしルカ、適当な理由を作って俺もサボれるようにしといてくれ」
とある下級生に魔法を教える実習、なんてどうだろうか。
人に物を教えるためには深い理解が必要だ。
学習という観点で見ても素晴らしい案だろう。
「あ、それは無理。人を巻き込んだのは全部却下されちゃってるもん」
ダメなのか。
てか試したことがあったのかよ……。
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「魔力が濃いな」
「どうかしましたか?」
「いや、ひとり言だ」
つい思っていた事を口にしてしまった俺は意識を戻す。
「えー、では新入生のみなさん。ご一緒にどうぞ」
臨海学校における一通りの説明を終えたルカが両手を広げる。
その先に広がるのは広大な青。
「海だー!」
「「海だー!」」
彼女に続く生徒たち。
軍の点呼に負けず劣らず、素晴らしい声量と一体感と言えるだろう。
それは隣にいるフレイヤも例外ではない。
「海ですー!」
「無理に付き合わんでもいいと思うぞ」
「でも結構楽しいですよ?」
心底嬉しそうな彼女とは対照的に、アリシャは気だるげに肩を落とす。
多分俺と同じ事を思い出しているはずだ。
あとはまぁ空気も原因だろうが……。
「アリシャ、俺らはサボるか」
「ですが先生方は大切な行事だと……」
「なら海に入るのか?」
「そ、それは……うーん……」
たしか最後に海に来たのは二年前ぐらいだったか。
竜翼魔術士団が主催する慰安旅行の時だ。
あの日は大変な思いをした。
楽しく遊んでいたら海で魔物が大量発生だ。
今でも意味が分からない。
遊びに来ていたとは言え、軍人である俺たちの結末はひとつしかない。
結局旅行は中断、血で血を洗う海水浴が始まったというわけである。
「どうせこの後はしばらく自由時間だろ? 俺は好きにするぞ」
ミーリヤの様子でも見に行くか。
「もしかしてまた寝たりするんですか?」
「おう、そんなところだ」
そう適当に返すと、この場を退散するべく背を向ける。
が、ひとつ聞き忘れた事を思い出して振り返る。
「そういやアリシャ、今日は手ぶらなのか?」
「いえ、念のために一応は」
「そうか」
確認を済ませた俺は今度こそ歩き出す。
持って来ているのなら、取り敢えずフレイヤは心配ない。
騒がしかった波打ち際を離れ、木々が生い茂る森、そこに建っているコテージのひとつに入る。
多分俺が泊まる場所もこんな感じの奴だろう。
「先生、どんな感じですか?」
「ロズウィリア君でしたか。彼女なら大丈夫ですよ」
彼はいつも保健室にいる先生だ。
もう中年といった年齢の男性だが、治療術士としての実力は衰えていないと聞く。
俺は軽く会釈を返し、ミーリヤの横に座る。
「なんかごめんね?」
「元々どっかで寝る予定だったんだ。まぁ気にすんな」
「またそうやって……」
少し前、海に着いてすぐの話だ。
俺が馬車を降りると、先に来ていたミーリヤがちょうど倒れてしまった。
それでここまで運ばれて来た、というわけである。
理由も大方予想がついている。
「魔力酔いですよね」
「おや? どこでそれを?」
「ただの思いつきです」
人は空気中の魔力に鈍感な生き物だ。
が、持っている魔力が強い人間となると話は変わってくる。
しかもミーリヤはエルフだ。
いくら人間の一種とはいえ、多種族と比べれば魔力に対する感知能力はかなり高い。
おそらく環境がいきなり変わり、空気中の魔力が急激に変化したことで"酔った"のだろう。
早い乗り物で移動したのだから無理もない。
ちなみに症状としては普通に酔うのとそう変わらない。
先生も最初は、馬車の揺れによるものだと考えたはずだ。
「まぁ明日くらいまでは寝ておけよ。最低でも空気に慣れるまではな」
「ええ、そうさせてもらうわ……」
この場所はそれなりに魔力が濃い。
イデア大樹海ほど、とまではいかないが相当だ。
俺は諸事情があって酔わないが、アリシャが不機嫌だったあたり間違いない。
まぁフレイヤが平気そうなのは不思議だが。
とにかく大事はなさそうで安心した。
「では俺はもう行きます。先生、よろしくお願いします」
「もちろんですよ。君はまだ若いんですから、ちゃんと楽しんで来るんですよ」
「はい、ありがとうございます」
若い、か。
思えばこうして年齢相応の生活をしているのは初めてだな。
まだ実感は薄いが、こうして普通の学校に通っているというのも変な気分だ。




