29. 異端の翼は決意する
ふと目を覚まし、まぶたを開ける。
「スー……スー……」
鼻が触れそうなほど近くで寝ているアリシャ。
彼女は規則的な呼吸を繰り返している。
せめてギリギリまでは寝かせてあげたい。
そう考え、俺はそっとベッドから出ようとしたのだが……。
「んっ……。レイシス、さま……?」
どうやら起こしてしまったらしい。
ちょっと動いただけなのだが、眠りが浅かったのだろうか?
「悪いな。まだ朝早いし寝てていいぞ」
「いか……ないで……」
彼女は俺の袖をちょこんと摘まむと、今度はもう片方の手で目を擦り始める。
仕方ない、もう少しだけ横になっていよう。
起きなきゃいけない時間はまだ先だし、別に問題はないだろう。
「で、いつまでこうしていればいいんだ?」
「ずっと、です」
「いやそれは無理だろ」
「ずっと一緒じゃなきゃイヤです。また離れ離れなんて、もう耐えられませんの……」
すると突然、アリシャは顔を伏せながら体を寄せて来た。
「ずっと……。ずっと一緒です……」
「その、ほんとに悪かったな」
状況的に仕方なかったとは言えだ。
たしかに俺はあの日、判断を間違えた。
それこそ国を敵に回す勢いで戦うべきだった。
あらゆる手を使って『翼』を殲滅するべきだったんだ。
すべてを守る事なんて出来ないことくらい、嫌というほど知っていたハズなのに。
「今度こそ一緒にいよう。もちろんフィリアとノーラも一緒だ」
「はい……」
自分で言うのもなんだが、魔術士としての能力はそれなりに自信がある。
でも俺は無力だ。
ひとりの人間が出来る事なんてたかが知れている。
手の届く範囲の大切な人、それだけで十分じゃないか。
もう高望みはしない。
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時間通りだな。
フレイヤたちと登校していた俺は、見知った顔を見つけると手を振る。
見知った顔、というかちょっと前まで顔を合わせていた相手だ。
「あら、奇遇ですわね?」
「おはようアリシャ」
あのあと自室に帰った彼女だが、ここで再会することは事前に決めていた。
一緒に寮を出るわけにはいかないからな。
俺たちが親し気に話していると、ミーリヤが疑いの眼差しで睨んでくる。
「ちょっと、一体どうなってるのよ?」
「彼女はたしか転入生のアリシャさん、ですよね?」
もちろん返答は考えてある。
「アリシャは昔からの友達なんだ。ずっと離れていたんだが、こんな場所でいきなり再会して驚いたもんだ」
別に嘘はついていない。
ただ重要な情報をごっそり切り落としているだけだ。
「怪し……くはないわね。いきなりレイと仲良くなるなんてあり得ない話だもの」
「おい、なんだそれは」
「たしかにレイシスさんと仲良くなるのって大変ですよね」
「どういうことだよ……」
あのフレイヤにまで言われたとなると流石にショックである。
俺、お前たちになんかしたか?
「レイシス様はとても話しやすい方ですわ。わたくしを受け入れて下さったのも彼だけですもの」
「それってどういう意味よ……」
またも睨まれるが視線を外す。
追及されると面倒だからな。
「でもレイシスさんって向こうから来たんですよね?」
フレイヤは言葉を濁しながら聞いてくる。
『向こう』とはつまり人族領のことだろう。
周りに人がたくさんいるのだし、分かり辛くしてくれるのは本当に助かる。
「ずっと前の話だが、貿易商に付いてこっちに来てたらしいんだ」
「へぇ、凄いですね……」
イデア大樹海は過酷な場所だ。
でも実は人の行き来がない訳じゃない。
少ないながらも、人族領と亜人領を渡る人間はたしかに存在する。
それこそが貿易商だ。
とはいえ安全かと言われればそうじゃない。
むしろ死んでいる人間の方が多いくらいだろう。
ゆえに運ぶ貿易品には高値が付く。
一攫千金を夢見る人間は、今日もあのクソみたいな場所を彷徨っているに違いない。
「……ん?」
ミーリヤは唐突に首をかしげる。
「どうかしたのか?」
「いえ、ちょっといいかしら」
俺は適当にうなずく。
別に変なことはしないだろう。
そう考えていたのだが……。
「なあフレイヤ、コイツはなにをしているんだ?」
「さ、さぁ……?」
フレイヤと並んでミーリヤを見る。
とうの本人はまだ夢中の様子だ。
かと思えば、今度はアリシャに顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らし始める。
「やっぱり……」
「なにが?」
「あなたとアリシャさんから同じシャンプーの香りがしたのよね」
「あ、言われてみればそうですね」
思わず顔が引きつりそうになる。
普通匂いなんて気にするか?
俺が適当に説明を考えていた頃だ。
アリシャが声を裏返しながら言い訳を始めだす。
「そ、それは一緒にシャンプーを買いましたので!」
「あれ、レイシスさんって先週くらいにシャンプー買ってませんでした?」
「あわわ……」
一体なにをしているんだか……。
「久しぶりの再会がてら街を案内してたんだよ。んで、俺のオススメを片っ端から買った結果がこれだ」
「ああ、そんなことだったのね」
「そ、そうだったんですの! それはもう手取り足取りご指導してくだしゃいましたわ!」
「言葉がおかしくなってんぞ。一回頭を冷やせ」
いきなりこの調子か。
これからの学校生活が非常に不安である。
「っと、そうだった。良ければアリシャさんも放課後どうかしら?」
「放課後、ですか……?」
「ええそうよ」
ミーリヤに聞かれたアリシャは首をひねる。
そりゃそうだ、その言い方だとまったくもって内容が不明だ。
「クラスの女子みんなで、水着を買いに行くことになっているんです」
「そんな物買ってどうすんだ」
「はぁ……。また先生の話を聞いていなかったのね……」
「あはは……」
アリシャを見る。
「昨日、先生が準備をしておくよう仰っていましたの」
「準備? なんの準備だ?」
「臨海学校ですね」
なるほど、そういうことか。
もちろん初耳である。
昨日は話を聞いてる余裕なんて無かったからな。
「てか水着ぐらいさっさと買えばいいだろ。女子全員で行くとかめんどくさっ」
一体クラスに何人女子がいると思っているんだ。
集まるだけでも時間がかかるし、そもそも意味がまったくない。
ただ非効率なだけだろう。
「これだから男は……」
「まあレイシス様はこういう方ですので……」
え、これ俺が間違っているのか?
おかしくないか?
「なぁフレイヤ――」
「その……レイシスさんらしくて、わたしは良いと思いますよ……?」
ふむ。
誠に遺憾である。




