117. 異端の翼は待ち合わせる
日が落ちきる一歩手前。
落ち着きを払い、暮れ始めた空とは対照的な騒がしさだ。
俺は気持ちを切り替えるように深呼吸しつつ、待ち合わせ場所として指定された噴水前に突っ立っていた。
ふと視線を感じ横を向くと、こちらに歩いて来るルーシャの姿を確認する。
彼女は俺を見つけるや否や、顔を引きつらせながら並んできた。
「あの、約束の時間はちゃんと覚えてた……?」
「もちろんです。聞き間違いということもないはずですが」
一応時計を確認するがキッカリ10分前だ。
指摘されたようなミスは犯していない。
「普通こういう場合、女性側が待たされるものだって……」
「身分の高い相手をお待たせすれば、最悪首が飛んでも文句は言えないですから」
どこで仕入れた知識かは知らないが、いわゆる『ごめん待った?』『ううん、今来たところ!』のやり取りを言いたいのだろう。
友人とかならまぁ分からなくもないが、俺たちには明確な上下関係が存在する。
場合によっては、最初の一声をあげる前に処罰待ったなしのシチュエーションである。
「なんか調子が狂う……」
「はい?」
彼女の周りは時間にルーズな人間が多いのだろうか。
いやでも辺境伯の家だぞ?
「失礼、何でもありません。こちらの話です」
そう言って言葉を区切ったルーシャは前に躍り出た。
「では行きましょうか。適当に歩き回る……で、構いませんか?」
「ええ、お任せしますよ」
俺たちは活気づいた街並みをしばらく進む。
ときには軽食を受け取り、またあるときは出し物を眺めたり。
祭りの空気にとてもよく溶け込んでいる。まるで年頃の女性のように。
それがずっと引っかかっていた。
「ルーシャ様は誰からも特別扱いされないんですね」
領民がどんな感情を抱いてるにせよ、身分を考えれば何かしらの反応があるはず。
だがルーシャと話した相手は誰一人表情を変えないし、喋り方だってそのままだ。
それに彼女は変装だってしていない。
護衛は数名確認できたが、かなり距離をとっている。
ここまで離れてしまうと問題だ。有事の際に助ける事なんて出来ない。
とにかくあらゆる点が不自然だった。
「私の事を知っている人はごく一部しかいないんですよ。アイオライト家に仕える使用人、公式にはそうなっています」
セレーナを除けば唯一の肉親であるルーシャ。
だが彼女は領主の娘であることを認知されていない。
将来の後継者だというのに、支持者を増やす気なんて微塵も感じられない。
「――まさかあなたは次期当主ではなく、家族とすらもみなされていないと?」
「まぁ……」
彼女の表情からはなにも読み取れない。
諦めであったり、怒りであったり。
それどころか悲しみさえも。
「辛くないんですか?」
「もちろん辛いですよ。でも逃げることは許されないから」
斜め後ろの方角へ、思わず意識が向いた。
ルーシャと会ってからずっと、こちらと間隔を維持し続ける男。
彼は今もこちらを見ている。隠し持った魔導具に手を添えながら。
「護衛じゃなく監視、か。さすがに読めなかったな」
「気付いていたんですか?」
「あの見た目で歩調が一定でしたから」
服装と動きがズレてる時点で違和感しかない。
そんな人間が俺たちを囲むように散らばっていれば、イヤでも気付くだろう。
「にしても分かりませんね。あなたの存在を無かったことにしておきながら、こうして手元に置こうとする理由が」
邪魔なら殺すほうが早いし、そうでなくとも監禁したほうがいくらかマシだ。
今の中途半端な状態が一番面倒だと思う。
「母は不良品であるわたしに興味がないんですよ。でも下手に血を引いてしまった物だから、都合の悪い相手には渡したくない。そんな理由の結果がこれ」
魔法適性は遺伝する。
だからこその束縛、この曖昧な状況か。
「最初はセレーナになろうと頑張った。でもダメだった」
それはさすがに無理だろう。
もちろん考えは口にはしなかった。
目指すだけ無駄なことくらい、ルーシャ本人が一番よく分かっているはずなのだから。
それほどまでにセレーナは異質で唯一無二の存在だ。
頑張れば出来るかもしれない。いつかは成れるかもしれない。そんな形だけの慰めも言えないほどに。
「だからわたしは受け入れたの。不良品であることをね」
言いながら彼女はさらに前へ。
「――ねえ教えて。レイシスから見てわたしが勝っている物はなに? セレーナに無くて、わたしだけにある物って?」
ルーシャは立ち止まって振り返ると、喧騒に紛れながらそう問い掛けて来た。




