115. 問題児は疑われる
ついにミルデリアと約束を交わした日。
ちなみに初日の事件以来、就寝前は細心の注意を払っていたためトラブルは起きなかった。
我ながら良くやったと思う。
あとは早朝に抜け出した件についてだが、あの後フレイヤたちに散々小言を言われた。『逃げるな』だったり、『起こしてほしかった』とか、『朝はちゃんと構って欲しい』だの。
最後はフレイヤの発言だ。ちょっと意味が分からないが、見た感じ寝起きだったみたいだし、まぁ寝言半分だろう。
それに昼からの町巡りは付き合ったし、機嫌も治してくれたので結果オーライだ。
下着を見てしまった事件に関しては誰も口にしない。触れようともしない。
実はあの夜の出来事は無かったのかもしれない。俺の勘違いである。
そんなこんなでもう今日だ。
交換条件であるこちらの資料も用意は出来ている。
「よし、出発するか」
アリシャとテルラに準備が出来たか確認したが、二人とも頷いている。大丈夫なようだ。
俺はフレイヤたちに外出する旨を伝えると、早速宿を後にした。
少し不満げだったようだが、引き留められるようなことは無かったのが救いか。
ルーシャに誘われた夜まで時間はあるものの、余裕があるに越したことは無い。
「そういえばレイシス様、先日は朝が早かったようですが……」
歩き出してから数分。
唐突にアリシャがそう切り出して来た。
今日は真面目な日だからか、当然からかうような口調でもない。
「心配は要らない。別にトラブルがあったとか、そういう訳じゃないんだ」
いや、全く無かったと言ったら嘘になるな。
まあ覗き見(?)事故は人に話すような事でもない。
――っと、忘れていた。あれは勘違いだったな。
ともかくアリシャが懸念したのはもっと別の問題だ。
「わたくしはてっきり火事騒ぎの件で動かれたのかと」
「それに関しては放っておこうと思ってな。どのみち俺たちは今日で帰るんだし、わざわざ面倒ごとに首を突っ込まんでもいいだろ。騎士団がんばれ~」
余計な手出しをして、逆に怪しまれでもしたら困る。
今回は傍観するのが一番だろう。
なんて少し思案していると、いつのまにかテルラに見られていた。
「どうかしたか?」
「ご主人さまって優しいのか冷たいのか、たまに分からなくなります」
「安心しろ、俺はかなり優しいぞ。とことん優しいぞ」
満面の笑みで答えるが、『そうですか』などと適当に返された。
どうやら冗談には興じてくれないらしい。
「恐らくですが、テルラさんの感じた物はどちらも間違いではありませんわ。心優しき冷酷な魔術士。それがレイシス様ですもの」
彼女は表情を崩しながら、まるで全てを見透かしたように。
「その説明だと少し矛盾している気がしなくもありませんが」
「別に難しい話じゃありませんのよ? 敵と味方を明確に区別する。……いえ、味方かそれ以外か、ですわね」
俺の過去を知っている分、彼女の言葉は的確だ。
「そもそも優しいだとか、恐ろしいだとか、そんな物は些細な事ではなくて?」
「アリシャさまはご主人さまの本心について、気になったりしないんですか?」
「考えたこともありませんわね。不敬ですので」
躊躇する事なくバッサリ言い切られた。ちょっと怖い。
「でも実は超絶極悪人だったりするかもしれません。愉快犯、殺人鬼、シリアルキーラとか」
「もしそうであれば、わたくし達なんて一秒も経たず消されているでしょう。そもそも救われたという事実がありますし」
だから考える素振りくらいは見せて欲しい。
そのぶっ飛んだ発想はどこから来たんだ。一体俺を何だと思っている。
「……わたしとアリシャ様が助けられたのだって、本当は体目的かもしれません。今はただ収穫するタイミングを見計らっている、なんて可能性もあります」
ないです。
「面白い仮説ですが、そうなるとなおさら本心を考えるだけ無駄ではありませんか。わたくしたちがレイシス様に襲われれば、抵抗したところで時間稼ぎにもなりませんので」
「言われてみれば……」
「あの、その辺にしてくれませんかね」
このまま好きにさせておいたら、俺が騎士団に連行されかねない。
話し声が聞こえたのだろう。今ですら不審な目で見てきている奴もいるぐらいだ。
「しかし無理やり、ですか……。趣向としては悪くありませんわね」
アリシャが途端に顔を引き締めたかと思えば、今度は俺の目を見つめてきて。
「レイシス様、いかがでしょう?」
「何が『いかがでしょう?』だ。治癒魔法かけんぞ」
アホ過ぎて思わず頭を叩きそうになった。
「どうかご安心くださいませ。上手く出来るか分かりませんが、全身全霊で嫌がるフリをしてみせますわ」
気付いた時には右手を振りぬいていた。
「あふっ――!?」
「しまったな。つい手が出てしまった」
一度は踏みとどまれたのだが、ほとんど反射的にやっていた。
「…………やっぱり悪くありませんわ」
が、叩かれた当の本人は少し嬉しそうだった。
はたしてこれは魔法で治せる部類なのか、激しく気になるところではある。
というか治って欲しい。




