114. 異端の翼は誘われる
ジタバタしてたネコを解放していると、不意に彼女が口を開いた。
「キミが翼……? しかも――」
待った結果がこれだ。思わず頭を抱えそうになる。
「あの。恐れ入りますが、公共の場でそのような発言は控えていただけると……」
「――――あっ! ごめんなさい!」
周囲に人はおらず、彼女の声も小さい。
聞かれた可能性は限りなく低いが、さすがに止めるしかなかった。
しかしミルデリアもよくこんな相手に情報を公開したな。
なんというか、このままにしておくのも不安が残る。
見たところ護衛の類はいなさそうだし、ポロっと口を滑らせそうな勢いだ。
「とにかく今日はお会いできて光栄でした。目的地までお送りしますよ」
「でも……」
「気にしないでください。ちょうど手持ち部沙汰でしたから」
出来る事なら家まで連れて行きたい。
ミルデリアには釘を刺しておくべきだろう。
内心そんな事を考えつつ、従者のように彼女から一歩引いた場所に並ぶ。
「失礼、そういえば紹介がまだでした。自分はレイシス・ロズウィリアと言います。よろしければお名前をお伺いしても?」
彼女に尋ねるが返答はない。
が、数秒ほど経つと小さく答えた。
「…………ルーシャです。ルーシャ・アイオライト」
「ありがとうございます。ではルーシャ様、参りましょうか」
セレーナがたまに話していた姉の存在。
名前を聞いたことは一度も無かったが、まさか本人から教えられることになるとは。
「それで本日のご予定は?」
「特には何も。ただ出歩いていただけなので」
「つまり散歩、ということでしょうか」
護衛を伴う事もなく、たったひとりで?
仮にも領主の血縁者だというのに、一体どういうことなのだろう。
「やっぱりおかしい、ですよね」
「いえ……」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
いや、今のはおかしい表現だな。彼女は一度も振り返っていないのだから。
雰囲気や俺の喋り方から勘づいた、といったところか。
「家にいると暗い気持ちになるんです。それにわたしを見た人も気分が悪くなりますから」
「もう大丈夫です。それ以上の説明は必要ありません」
今の一言でルーシャの扱われ方が垣間見えた。
出会ったばかりの俺が踏み込んでいい問題でもない。
だとしても、これだけは伝えるべきだと思った。
「私からは一言だけ。セレーナは貴方のことを高く評価していました。他でもないあの彼女が、潺の書を飼い馴らしたあの彼女が、です」
セレーナは稀にこう口にしていた。
『あの子は傑物ですよ。対して私は天才などという、極めて曖昧で不安定な他己評価しか持ち合わせていないのですから』と。
俺とセレーナは何もかもが違う。だから意味なんて分からない。
でも彼女が他人の話をするなんて滅多にない。
だからこそルーシャには何かがある。周囲はおろか、本人さえも気付いていない何かが。
でなければセレーナは興味すら抱かないだろう。
それが潺の翼という人間なのだから。
「レイシスはセレーナの事を、どこまで知っているんですか?」
「とても古い仲です。まあ『知っている』なんて言い切れるほど、彼女を理解できているわけでもありませんが」
というか出来るわけがない。
「旧友なのに?」
「セレーナは生まれた時から全てを持っていました。でも俺は違う、何一つ無かった。俺が0で彼女が100、そういう関係だったんです」
出会いからして歪んでいた。
だからこそ陛下は俺たちを遭わせたのだろう。逢わせてくれたのだろう。
「セレーナと俺は真逆なんです。彼女の考えを理解するなんて、逆立ちしても不可能ですよ」
そう話を締めくくると、彼女はしばらく黙り込んだ。
気付けば町に活気が戻りつつある。
もう今日が始まる頃合いだったのか。
「あの、今度もっと教えてください。セレーナやレイシスさんの事を」
「構いませんよ。二日後にまたお伺いしますから、その後にでもどうでしょう?」
つまりエリオラ機関に関する資料を受け取る日だ。
「二日後、ね……。ならちょうどいいです」
ふと前を見ると、アイオライト邸が視界に入る。
「その日の夜はお祭りがあるんです。ご一緒にどうですか?」
ルーシャは言いながら右手を差し出して来た。
俺は肯定の意味を込めてその手を取る。
「是非とも」
しかしお祭りとは初耳だ。
戻ったら少し調べてみるとしよう。




