113. 問題児は町に出る
目が覚めるとベッドの上。窓からはすでに日差しが差し込んでいた。
昨日はたしか気絶してそれっきりのはず。
たとえ意識が無かったとしても、危険を感じれば飛び起きる。魔導通信が入れば反射的に目が開く。
だがそういった記憶はない。
あとなんか少し息苦しい。窮屈だ。
俺は思わず体を動かした。
そのせいで肘に何かが当たってしまった。相当柔らかい何かだ。
ミーリヤの胸だった。
「んっ……」
彼女は小さな声をあげながら寝返りを打ち、俺に背を向ける。
「いや待て、なんだこの状況は」
ミーリヤのうなじで埋め尽くされた視界。
このまま見ているわけにもいかず、首を回しながら反転。
だが今度はフレイヤの顔が眼前に迫ることに。
どうやら俺は、ふたりに挟まれる形で寝かされていたらしい。
まったく意味が分からない。
不慮の事故だったとはいえ着替えを覗き、殴られた結果がなぜこうなるのか。
多分考えるだけ無駄だ。この手のトラブルは説明されたとしても、俺では理解できないことが多い。
「……出るか」
彼女たちを起こさないよう、静かにベッドの外へ。
『散歩してくる』。
簡単な書置きを残した俺はさっさと着替え、部屋を後にした。
ちなみに昨晩フレイヤに殴られた場所だが、壁に小さなへこみが出来ていた。
おそらく全力で殴り飛ばされたのだろう。驚くべきパワーである。
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まだ日が昇ってからそれほど時間は経っていない。
やや肌寒いが過ごしやすい気温だ。
みんなが起き始めるまでの数時間、適当に町でも散策しよう。そう考えた俺は目的もなく歩き出す。
昨日の今日だ。寝起きのフレイヤたちと顔を合わせれば、気まずい雰囲気になるような気がした。
事故を調査していた騎士団が引きあげていたため、軽い気持ちで宿に探知魔法を掛けてみた。
結果としては魔法書を経由しない魔法。つまり人間以外の手による魔法の痕跡。
ライエンの話、どうやら正確な情報だったらしい。
こうなると魔獣が町に紛れ込んだ方法が気になって来るところだが、わざわざ体を動かす気にもなれない。
ここが自分の故郷だとか、守るべき場所であったなら話も違ってきたのだろうが。
「それにどうせ、放っておいても騎士団の人間がなんとかすんだろ」
エーリュスフィアの最北端に位置するアイリステール。
隣国であるクーデルディア聖教国との国境に位置しており、警備を担う騎士団の錬度は極めて高い。
エーリュスフィア騎士団、アイオライト国境警備隊といえば、人族領でもそれなりに有名なほどだ。
もちろん有事の際の脅威としてだが。
まぁとにかく、ここに配置されている人員は他とは違う。侵入した魔獣の捜索から経路の特定、果てには対策まで勝手にやってくれることだろう。
「にしても静かな町だな。ここは」
店を開く準備だったりだろうか。
そういった事をしている人間以外はほとんど見えない。
早朝なのもあるだろうが、シトリスよりは落ち着いている印象だ。
俺はその後も適当に歩きながら、無意識に地図を頭に入れて行く。
別に覚える必要なんてない。初めての場所を覚えようとする悪いクセだ。
「あー待ってよ! 返してってば!」
町の雰囲気に似つかわしくない騒がしい声。
視線を向けようとした時、何か光る物をくわえたネコが目の前を通り過ぎた。
続いて後を追うように駆け抜けた一人の少女。
どこかで見た気がする後ろ姿だが……。
「お願いだから返してー!」
このまま見て見ぬフリをするわけにも行かない。
俺は軽い風を起こしてネコを浮かし、これ以上走れないよう空中で維持する。
「ニャ!?」
驚いたネコは大きく口を開き、鳴き声をあげた。
そのせいでくわえていた何かを落してしまう。
「あ――っ!」
重ねて疾風の書を使い、落下していく物体も風で包む。
あとは調整して彼女の手元に持っていくだけだ。
念のため肩越しに声を掛ける。
「余計なお世話だったか?」
彼女が大事そうにキャッチしていた際、安堵したように大きく息を吐いていた。
かといって問題がない保証はない。
勝手に手を出したのだから、何かあれば謝る必要があるだろう。
「ううん、助けてくれてありがとう。ネコちゃんも全然ケガしてないみたいだし、キミって魔法が上手なんだね」
黒髪の彼女は振り返る。
「それにありがとう。わたしのペンダントを取り返してくれ…………て?」
「おう?」
目を合わせ、思わず固まった俺たち。
どおりで見覚えがあったわけだ。
しかし領主の娘がひとりで走り回っているなんて、さすがに予測出来るわけが無い。
「これは失礼しました。まさかこのような場でご息女と出会うとは、考えもしませんでしたので」
俺は急いで頭をさげる。
「ま、待って――ください!? キミは――! 貴方、は……?」
「こうして言葉を交わすのは初めてでしょうか。先日お伺いした際にお姿を拝見したのですが、ご挨拶するタイミングが掴めず……」
実際は当主であるミルデリアに渋られただけだが、本人を前にして口にするような事でもない。
「先日……? まさか昨日の会合相手というのは――」
「私で間違いありません」
そう答えると彼女は限界まで目を見開き、口元を手で抑えた。
「…………うそ……でしょ?」
なんだこのリアクションは。
自分で言うのもアレだが、いくら『翼』が稀有な存在だからといって、そんなに驚く程のことだろうか。
というかそもそも、彼女は俺の事をどこまで知っているんだ。
「ちなみに先日の会合ですが、内容はご存じで?」
「ちょ、ちょっと待って――――ください!」
あとさっきから気になっていたが、会話がぎこちないなんてレベルじゃない。
人と話すことに慣れていないのか?
いやまぁ意志の疎通が取れるだけマシ……だと思いたい。




