110. 問題児は顔を歪める
宿の方がなにやら騒がしい。
正確には慌ただしいと言うべきか。
宿泊客と思われる人たちや近隣住民などが、宿を取り囲むように見上げている。
騎士団の制服だって数名確認できる。
どう考えても面倒ごとだ。
「おいおい、一体なんの騒ぎだ」
「あ、レイ? お帰りなさい」
どうやら俺たちデート組以外は先についていたようだ。
……いや、ライエンの姿だけ見当たらないな。
どこかのタイミングで別行動にでもなったのだろうか。
「どうやら火事があったみたいでして……」
フレイヤに言われ俺も見上げると、確かに角の一室が黒焦げている。
そこまで被害がないのを見るに、消化作業はすぐに済んだらしい。
「しかし火事なぁ。珍しい事もあるもんだ」
たしかエーリュスフィアも烈火の書を街中で使う場合、潺の書を自身が使えること、もしくは周囲に使える人間が居ることを条件としていたはず。
燃え方から見て、宿の厨房あたりが出火元だと思うが。
「魔法の違法行使か」
「いえ、魔獣が現れて火をまき散らしたそうです。さっき騎士団の方たちが話していました」
「……魔獣? こんな町のど真ん中で?」
「やっぱりレイもそう思うわよね?」
スッと顔を差し込んで来たのはミーリヤだ。
仮にここが端の方だったとしても、町は人口の川に囲われている。
しかもアイリステールに流れている水は特別製だ。
特殊な魔力が混ぜられているため、害のある生物が寄ってくることもない。
「ちなみに魔獣の特定は……出来ていなさそうだな」
消火が済んでいるのに人の出入りが激しい。
調査を行っている真っ最中に違いない。
「町中に通した挙句、警備もいまだ発見できず、ですか。こちらに駐在している騎士団が、そこまで抜けている方々とは考えづらいのですが」
アリシャの言う通りだ。仮に何らかの方法で町に入られたとしても、騎士団が見過ごすとも思えない。
今朝ここに訪れた時も、しっかり門番が配置されていた。警備も十分だった。
それにアイリステールは国境にあたる場所なのだから、団員の士気も高いはず。
「やっぱりいくら考えてもよく分からんな。本当に魔獣の仕業だったのか?」
思わずフレイヤを見てまた聞いてしまう。
だが帰ってくる答えはまったく同じ。
そんなこんなで頭をひねっていると、気付けばライエンがこちらに歩いて来ていた。
どこに行っていたのやら。
「む、ロズウィリアも戻ってきていたのか」
「ういーっす」
適当に返事をしてみたものの、前のように突っかかって来ることはない。
そういえば最近のライエン、俺に対して文句を言わなくなってきたな。
「その分だともう話は聞いていそうだが、どうやら出火原因は魔獣、あるいは魔物と見て間違いない。現場に残った魔力の痕跡から導き出されたものだ」
「この場に居たのは確かってことか」
測定を間違えるなんて初歩的なミスを犯すとも思えない。
となると騎士団は、いまごろ侵入経路を必死に探していそうだな。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
不意にテルラが声をあげる。何か言いたげな表情だ。
「魔獣と魔物って違う物なのですか?」
いま彼女が口にした疑問は珍しくない。
自分から調べでもしなければ知ることも無く、生活に必要な知識という訳でも無いのだから。
「まあ別っちゃ別だが、ほとんど似たような物だぞ」
そう前置きして説明を続けようとすると、意外にもミーリヤが割り込んで来た。
「たしか先祖まで遡ったとき、元が普通の動植物だった場合は魔獣、そうでなければ魔物、だったかしら?」
「よく知ってたな」
「わたしも気になって聞いたことがあるのよ。フレイヤにね」
まさかの情報源だった。
俺は思わずフレイヤを見る。
「た、ただの雑学ですよ。その、昔から本を読むことが趣味でしたので……」
そういえば彼女たちの屋敷にしばらく居候していた時も、フレイヤは大体本を読んでいたっけか。
厳密に言えば今の説明だと少し足りてないが、まあ付け加えるほどの事でもない。
人に害をなすと言う点では魔獣も魔物も変わらないのだから。
兵器として運用する、フェロシティのような例外もあるにはあるが。
「……で、まだ何かあるんだろ?」
俺はライエンに視線を戻す。
火事はすでに収まっているというのに、表情がやけに暗い。
他にも良くない知らせがありそうなことくらい誰が見ても分かる。
「非常に言い辛いことなのだが……」
彼はなぜか俺の目を見て口ごもる。
あまりに深刻そうな顔だが心外だ。
今回に関してはマジで無関係である。
今までみたいに首を突っ込んでないし、もちろん犯人でもない。
「燃え尽きてしまったあの部屋、実はロズウィリアが泊まる予定だった場所らしいのだ」
「…………ほーん」
つまりトラブルの方から首を突っ込ん来た、と。
ここまで来ると、さすがに顔を引きつらせるしかなかった。




