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109. 異端の翼が出会った日

「貴方も陛下のお客さま?」


 それがセレーナとの初めての出会いだった。

 当時の俺はまだ八歳。彼女は一つ上の九つ。


 陛下の私室で顔を合わせた俺たちだが、まあいびつな出会いだったと思う。


「……」


 なんせこの時に俺が取った行動。それは魔法による攻撃だった。

 当時の俺には一目見ただけで、セレーナが脅威に映ったのだろう。

 本能のおもむくままに取った反射的な行動だ。


 しかし放った魔法が彼女に届くことは無かった。

 遮るように生み出された氷の壁が分厚過ぎた。



 何の前触れもなく始まった攻防。だが陛下は慌てる素振りも見せない。

 今思えば、このやり取りすらも予定の一部だったのかもしれない。


「なかなか珍しい挨拶ですね」

「……!」


 俺は何度も魔法を撃ち込んだ。

 思いつく限りの方法をいくつも取って。


 なのに傷一つ付けることすらできない。

 それどころかセレーナは、部屋が荒れることを気にしている節があった。

 彼女は俺の魔法を全て相殺し、周囲への被害すらもゼロにしていたからだ。


 文句なしの完敗、覆すことのできない実力差。


「陛下、この戯れはまだ続けた方がよろしいですか?」


 彼女は俺の事なんて障害にすら思っていない。もしくは、興味すらない、とでも言うべきか。


 その態度が気に食わなかったのか、それとも他に方法がないと思ったのか。

 動機に関してはもう覚えていない。


破戒はかい――の書――――!」


 ぎこちないながらも、俺は一瞬のスキをついて詠唱を挟み込んだ。


「異端の魔法に人ならざる暴力的な魔力――」


 そう告げられた途端、まったく魔法が使えなくなった。

 体内から外へ魔力を流した瞬間から、俺の魔力は彼女の物によって塗りつぶされていく。


 一切の魔法を拒絶する、あまりに強引な制圧法。

 当然その光景を俺の眼は捕らえていた。


 勝てない。勝てるわけが無い。

 セレーナの魔力は等間隔に散りばめられ、無駄がなく、見惚れてしまうほどに美しかった。


 もちろんあの頃はこの感情が理解できず、ただ茫然ぼうぜんとするしかなかったが。


「まだ遊びますか?」


 成す術がなくなった俺は静かに手を下ろした。

 別に諦めたとか、負けを認めたとかじゃない。

 ただ単純に、当時の俺はどうすればいいか分からなかった。


「陛下、そろそろ理由をお聞かせ願えますでしょうか?」

「あなたには彼の友人になっていただきたいのです」

「友人? てっきり教育係だとばかり……」


 これは後になって聞いた話だが、セレーナはこの時点で俺の魔法の使い方、その違和感に気付いていたそうだ。


 よって真っ先に思いついたのが魔法の教練。だからこその『教育係』という発言。


 なんの説明もなくここまで導き出したのだから、つくづく天才と言うのは恐ろしいものだと思う。


「教育に関してはアーネストが担当します。とても強い要望がありましたので」

「大佐自ら……ですか? ということは、彼が豊穣の翼の後継者であると?」

「ええ、そう言っていました。私はかなり反対したんですが……」


 陛下はそう言って深くため息を吐く。


 何度思い出しても笑ってしまう光景だ。

 国の長である彼女が命令を下すことなく、困り果てた表情を見せているのだから。


 いや、それほどまでにアーネストが奔放だったせいもあるか。



----



「……最後まで陛下を悩ませ、迷惑を掛けまくる男だったな」

「レイシス様?」

「悪い。ただのひとり言だ」


 宿屋近くの食事処で飯を済ませ一息ついた頃。

 夕飯にしては早めの時間だからだろうか。幸い俺たち以外に客はいない。



 俺はアリシャに目配せし、テルラに視線を戻すと話を切り出した。


「セレーナは迷子だったんだ。しかも面白い事に俺と同じ場所だ」

「同じ場所……。それは比喩でもなく、でしょうか?」

「あぁ。イデア大樹海だよ」


 もちろん状況は全然違うが。


「彼女は小さい時から好奇心が強かった。そのせいで無謀にも、あの大樹海に入ってしまった。まだ六歳だったそうだ」


 つまり俺がセレーナと出会ったのは、彼女が陛下に拾われてから三年後の話、ということになる。


 たった三年だ。アイツは俺とそう変わらない歳だったにもかかわらず、すでに軍でも目を置かれる存在になっていた。

 年齢の問題による仮入隊でなければ、あの頃から高い階級を与えられていただろう。


「幸い侍女が一緒にいた事もあって、数日間彷徨い続けたのに死ぬことはなかった。そして遂には樹海を抜け、偶然にもドラグシアにたどり着いた、というわけだ」

「それはまた、不幸中の幸いですね。奇跡と言っても差し支えないかと」


 今のが公に明かされているセレーナの過去だ。真実は違う。

 イデア大樹海は無計画で通れるような場所じゃない。


 セレーナは侍女の計画により連れ去られ、ドラグシアに亡命させられた。

 詳しい理由は今でも分かっていない。保護されてすぐ、侍女が衰弱死してしまったからだ。


 手がかりとして残されたのは一通の密書のみ。侍女が懐に隠し持っていた物。


 そこにはアイオライト家の現状と、セレーナに対する苛烈な教育の数々が書かれていたらしい。

 最後に手紙の締めとして、亡命を希望する嘆願の一言。


 この事実はアイオライト家すらも知らない可能性が高い。

 そうした背景もあってか、現在のアイオライト家とセレーナの関係はやや複雑な物になっている。


「しかし何故セレーナさんは家に帰らないのでしょう? 遭難したのは相当昔の話なのですよね?」

「当時の彼女はまだ子供だ。樹海を渡るには危険な年齢だな。そんでドラグシアで過ごし続けた結果、まぁ帰りたく無くなったんだとさ」


 実際はセレーナを手元に置いておきたかった軍の意向。

 彼女が自分の判断で戻るか決めれるようになってから、決めさせるべきとした陛下のお考え。


 ……あとはさっき答えたように、セレーナ本人が『ドラグシアは自由に過ごせるから離れたくない』と言い出した辺りが留まった理由か。


 ちなみにこの発言は俺と出会って半年後くらいに聞いた物だ。どう考えても最初から帰る気ゼロだ。


「とまあ、セレーナの境遇はそんなところか。少なくとも今のままでは、到底アイオライト家を継ぐなんて事はできない」

「本人がおらず、帰る気もないとなれば仕方のない事だと思います。ただ……」

「ただ?」


 言葉を切ったテルラ。

 彼女は一呼吸置くと、ポツリと小さくこぼした。


「拾った迷子に『翼』を与えると言うのは、さすがに理解しがたいと言いますか……」

「……ほっとけ。そういうお方なんだ」


 国のトップとしてのカリスマ性を持ちながらも、身近な人間には決して権力を振りかざさない。

 いや、それどころかチラつかせようともしない。


 だからこそ俺とセレーナは、陛下に仕えることを選んだのだろう。

 いつの日か、貰いすぎた恩を返し尽くせるように。

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