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108. 異端の翼は交渉を済ませる

 ミルデリアの問いに返したのはアリシャだった。


「その件に関しましては、我が魔術士団でも調査を行っている最中でした。勿論、わたくし達がいた頃の話になりますが」


 あの魔法を知っているのは第零と陛下だけ。

 そして使用者が俺である事を知っているのも。


「貴方方の部隊は指揮系統が全く異なります。何らかの情報を握っていてもおかしくないと思いまして」


 そんなことまで知っているのか。

 別にアイオライト家と竜翼魔術士団は協力関係を結んでいるわけでもない。


 接点といえば、せせらぎの翼、セレーナ・アイオライトの存在くらいか。


「誠に申し訳ないのですが、わたくし共は調査に一切関わっていません。当時、我々の部隊は別件を任されていましたから」


 正確に言えば俺だけだが。

 他の三人は王宮に待機させていた。


「魔法を使えば必ず痕跡が残る。それが常識です」


 ミルデリアは何の前触れもなくそう切り出して来た。

 まるでさっさと本題に入ってしまいたい、そう言いたげに。


「しかしあの魔法は違った。わずかな魔力さえ残っていなかった」


 おそらく探知魔法のことを言いたいのだろう。

 魔法は魔力を残す以上、特定されるのは避けようのない事だ。


「このような魔法は前例がありません。いえ、そもそも魔法によるものだったのかさえ怪しい」


 彼女の目は俺を射抜いたまま。


「そんなに怪しいですか」

「出来るとしたら貴方ぐらいだろうと、そう思っただけです」


 この屋敷に罠の類は無かった。近くで待機している使用人が仕掛けて来る気配もない。


 俺が魔法の所有者だと断定しているのなら、真っ先に捕らえて何かしてくるだろう。

 確証はないが、疑念はある。その程度か。


「戦略級を越えたとされ、災厄級に分類された初の魔法。こちらはあの力を手中に収めたいのです」

「それはエーリュスフィアとしての見解ですか? それともあなた個人の?」

「さぁ、どうでしょうか」


 含みのある言い方からして後者の方か。

 こんな魔法、手に入れて何がしたいのやら。


「取り敢えずそちらの要求は把握しました。俺が手に入れている情報はお渡ししましょう。後日書類にまとめておきます」


 もちろん『可能な範囲で』だ。


「こちらから提供する情報に見合う事、期待しておきましょう」




 その後も俺たちは細かい調整をしていき、互いが受け渡す情報の取り決めを行った。


 これで今回の目的は達成した。エリオラ機関に関する調査書は三日後に用意してくれるそうだ。


 会合を終えた俺は立ち上がる。


「ん?」

「レイシス様、彼女は……」


 アリシャも気付いたようだ。

 一瞬だけ、見知った顔が廊下の先に見えた気がした。


 いや、正確に言えば――。


「娘ですよ」


 俺たちの視線に気付いたのか、不意にミルデリアが教えてくれた。


「ということは、彼女がセレーナの姉ですか」


 セレーナはあまり話したがらなかったが、姉が居るとだけ聞いていた。


「ええ。……と言ってもあれは至って普通。セレーナのような才能は持ち合わせていません」


 ひどく棘のある言い方だな。


「翼と比較するのはあまりに酷では?」

「あれはセレーナと同じ血を分けておきながら、何一つ結果を残していません。嘆かわしいことです」


 セレーナは姉の事を高く評価していたはず。

 だと言うのに、この矛盾は一体なんだ?


「よろしければ挨拶させましょうか? まあ有意義な結果は生まないでしょうが」

「いえ、お気になさらず。我々はお暇させていただきますので」


 ここは引いておいた方が良さそうだ。

 ミルデリアの機嫌はあまり良くない。余計な事をして、交渉が流れでもしたら目も当てられない。


「それではまたの機会に。本日は急な謁見、有難うございました」

「こちらこそ、わざわざご足労頂き感謝しております」


 俺はもう一度頭をさげると、振り返ることなくアイオライト邸を後にした。



----



 屋敷を出た俺たちは、宿へ向かいながら先の一件について話していた。


「アリシャはどう思う」

「少々引っかかりますわね。アイオライトの跡取りは、セレーナ大佐の姉妹しかいないとの話でしたが……」


 やっぱりそう思うか。

 普通、跡取りともなれば大切に扱うはず。

 しかも長女だ。家によっては束縛に近いことをされてもおかしくない。


「あの、ご主人さま」

「どうかしたか?」


「向こうはセレーナという方を、次期当主に考えているだけではないでしょうか? それならあの杜撰ずさんな扱いも納得できるかと」


 何も知らないテルラからして見れば、至極当然の疑問か。


「セレーナはこの場にいない人間でな。本人も戻ることを拒否している」

「つまり家出……でしょうか? ちなみに現在はどちらに?」


「ドラグシアだ」

「……聞き間違いでしょうか。いま他国の名前が聞こえた気がするのですが」


「安心しろ、合っている。セレーナ・アイオライトはドラグシアの人間、付け加えるなら竜翼魔術士団所属、せせらぎの翼だ」


 そう答えると、テルラはピタッと黙り込んだ。


 しばらく会話が途切れた後――。


「なぜそんなややこしい事態に……?」

「気持ちは分かる。話せば長くなるぞ」


 亜人領でどう扱われてるかは知らないが、向こうでは割と有名な話だ。

 後で教えても構わないだろう。

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