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107. 異端の翼は訪れる

 アイリステールの中央にそびえ立つ巨大な建造物。

 ここは町全域に張り巡らされた水路が集中する場所であり、全体を管理・統括する場でもある。


 といっても今回の目的はここじゃない。となりにある屋敷の方だ。


「お待ちしておりました。ところで一人多いようですが……?」

「気にしないでくれ。彼女は俺のメイドだ」

「承知いたしました。ではこちらへ」


 門番の脇をとおり過ぎ、執事に案内された俺たちは奥へと進む。

 庭園には川が作られているが、これも魔術的な意味があるに違いない。

 ここはもっとも厳重に守られているハズなのだから。



 しばらく歩いていくと大きな門をくぐり、とうとう屋敷の中へ。

 エントランスの中央では一人の女性と数名の付き人が待っていた。


 中心に立つのは黒い長髪、青い瞳。

 歳はそれなりのはずだが、美貌が衰えている様子はない。


 たしかにそっくりだ。


「我が街にようこそお越しくださいました。――竜姫の翼を担いし者よ」


 彼女はうやうやしく会釈すると、再び顔を上げる。


「いえ、それとも『幻翼』とでも呼ぶべきでしょうか? まさかこうしてお姿を拝見できるとは、夢にも思いませんでした」

「こちらこそお目に掛かれて光栄です。突然の謁見を受け入れて下さり感謝しています」

「ほかならぬ貴方様からの申し出なのですから、断るという選択肢はないでしょう」


 含みのある言い方だな。


「では参りましょうか。お食事の用意は済んでおります」


 彼女に連れられた先は貴賓きひん室。

 先ほど話していた通り、すでに料理が用意されていた。

 着席を促された俺たちは並んで腰を下ろす。


 やがて使用人がワインを注ぐと、ホストである彼女が口を開いた。


「まずは改めてご挨拶を。私はミルデリア・アイロス・アイオライト。国王より当領地を任された身でございます」


 彼女こそがアイオライト領を治めるトップ。

 そしてセレーナの母親に当たる人間だ。

 だからといって気は抜けないが。


 俺は二人に目配せする。


「アリシャ・ルーゲンビリアと申します。ドラグシアではレイシス様と同じ部隊に所属しておりました」

「テルラ・ヴァイオロットです。お付きのメイドをさせていただいています」


 次は俺の番か。


「レイシス・ロズウィリアです。今の身分は学生……でしょうか」

「……ふふっ、面白い事をおっしゃられますね。あのドラグシア最強の魔術士とまで呼ばれる貴方が『学生』ですか」


「追放された身ですからね。あながち間違いでもありませんよ。亜人領に流れ着いた理由もご存じでは?」

「ドラグシアの密偵より報告は受けています。なんでも戦争の大罪人として処刑されたとか」


 やはり耳が早い。

 さすがは国境を任された家の当主と言ったところか。


「しかしこれはどういう事でしょう。私の瞳に映るのは、あの異端の翼に違いありません。はたしてどう生き永らえたのか、興味が尽きないところ――」


 ミルデリアは言いながら料理に手をつける。


「――ですがまあ、本日は止しておきましょう。なんでもご用件があるとのことですし」

「話が早くて助かります」


 俺は軽く頭をさげると、彼女に続いて食事を始める。


 いまから話す内容は今日来た理由そのものだ。

 亜人領では何の権限も持たず、伝手だってない。

 そんな状況だからこそ、彼らの協力が必要だと判断した。


「こちらの要求は二つ。まず『エリオラ機関』なる組織の情報です」


 あれだけの人員と技術力を持つ集団だ。

 国防の一端を担うアイオライト家なら知っていて当然だろう。


「これは驚きました。かの組織をご存じでしたか」

「散々巻き込まれましたからね。嫌でも調べざるを得ませんでした」


「エリオラ機関については我々も調査を行っております。可能な範囲で情報の提供を致しましょう。――レイチェル、資料の用意を」

「ありがとうございます」


 可能な範囲で、か。

 やはり侮れない相手だ。


 レイチェルと呼ばれた使用人は退室していくと、ミルデリアが視線を戻した。


「それで二つ目の要求というのは?」

「騎士団が回収し、エリオラ機関に奪われた異端書の詳細です」


「……そのお話はどちらで?」

「情報屋から買ったんですよ」


「ふむ……。まあさして重要でもありません。深くは聞かないでおきましょう」


 となりのメイドが主犯です。なんて言えるわけない。


「とはいえ残念ですが、あまりご助力できないかと。異端書の運搬を担当していたのはアーベロンが率いる騎士団本隊です。あちらは管轄が違いますので」


 そう口にした彼女はグラスを手に取ると、回しながら目を細めた。


「ですが一つだけ、面白い話があります」

「面白い、ですか」


「測定から破戒はかいの書であることは疑いようがない。しかし使用されている文字が未知の言語であった、と」


 ――当たりだ。

 エリオラ機関の手に渡った破戒はかいの書は、第一部もしくは第二部で間違いない。


「貴方は異端の翼。現存する全ての異端書を統べる魔術士です。この特徴に心当たりがあるのでは?」

「聞かない方が良い。翼の立場から言えるのはそれだけです」


「なるほど、それが竜姫のご意思ですか。となればこれ以上の詮索はやめておきます。私も命が惜しいですから」

「懸命なご判断、感謝します」


 破戒はかいの書、その本質を知る人間は一人も残してはならない。

 それが陛下の願いであり、命令だ。


「少々長くなりましたが、こちらからは以上です。次はそちらの要求をお伺いしましょう」


 今日の会合は一方的なものじゃない。

 お互いが持つ情報の交換、言ってみれば取り引きだ。


「ではお言葉に甘えまして。私がお聞きしたいのは唯一つ」


 ミルデリアはワインを一口含むと、俺の眼を見て切り出した。


「ガーリス公国、王都ラディリアと周辺地域を壊滅。さらにはその場の人間すべてを一瞬にして消し去った、観測史上最悪の魔法――」


 決して反応は示さない。

 悟らせるわけにはいかない。


「――つまり終戦の鍵となった、正体不明の魔法についてです」

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