105. 問題児は脅される
「ルカ、ここでいいのか?」
「あーうん、適当でいいよー」
彼女に言われた通り、書類の束を降ろした俺は大きく伸びをした。
生徒会室に来る時はいつも騒がしいせいか、こういった空気はちょっと新鮮だ。
「あー肩凝った」
「運動不足?」
「ちげえよ。お前がこき使うからだ」
しかも今日は休日だぞ。突然叩き起こされた俺の身にもなれ。
「まぁまぁ、今度ご飯おごるって」
「その言葉、絶対忘れるなよ」
事前の連絡もなく寮に強襲された挙句、朝の挨拶が「手伝え!」だ。
これでお返しの一つも無かったら流石にキレる。
そんな事を考えていた時だった。
生徒会室の入口から吹き荒れた魔力。
「さてさて――っ!」
発生源はルカ。この流れは――潺の書か。
「もらった!」
掛け声とともに出現した氷の雨。
俺は最小限の動きでかわしつつ、彼女の顔を見る。
「おい、一体なんの真似――」
メガネの奥、その黒い双眸が歪んでいた。
「ふふっ!」
気付けば足元には巨大な魔法陣、見上げれば俺を取り囲む氷の鎖たち。
第四章、《"アブソリュート・アルト・プリズン"》。
対象を拘束する軍用魔法のひとつ。
「ルカ、これはやり過ぎだ」
体に巻き付こうとしてきた鎖を掴み、そのまま握りつぶして破壊する。
さらに烈火の書で周りの温度を上げ、他の鎖も触れた瞬間から溶かしていく。
「そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか?」
言いながらルカに意識を戻す。
だが――。
「はい。わたしの勝ち」
気付けば生徒会室が氷の鎖に覆われていた。
「この規模の魔法を同時に行使か? ずいぶんレベルの高いイタズラだな」
使っていたのは第四章だ。《"フロスト・スピア"》といった第三章以下の魔法とはわけが違う。
ふざけるにしても、ちょっと度が過ぎている。
「これでこの部屋はわたしたち二人だけ。ついでに防音の魔法も重ねてある。ねえ、レイシス……」
話しかけながら歩み寄るルカ。
彼女に悪意はない。そんなことは感覚的に分かると言うのに、無意識が魔法を使う寸前だった。
「なんだよ。先に理由を言えや」
やがて俺の目の前、ググっと顔を近づけられ。
「例の継承魔法、教えて」
頭痛がしそうになった。
「お前なぁ……。そんな事のためにここまでやったのか……」
というかこれ、よくよく考えたら防衛装置の方にも記録されてるんじゃないだろうか。
どう誤魔化す気なのか、ちょっと気になって来たな。
「だってこうでもしないと、レイシス教えてくれそうにないじゃん」
「普通は他人に教えるもんじゃない。そんぐらい説明しなくても分かるだろ」
「それはそうだけど……」
継承魔法は家の財産と同義だぞ。
フロードノアの場合は毛色が違うとはいえ、どのみち軍事機密だ。おいそれと教えれるわけが無い。
「わたし以外の人に聞かれる心配はないし、先っちょだけでいいからさ!」
だから大規模な魔法を使ってまで、こんな面倒なことをしたのか。
「断る」
「そこを何とか!」
「絶対にダメだ。もう雑務は終わったんだろ? 俺は帰るぞ」
これ以上は付き合いきれない。
そう考えた俺は、入口に向かって歩いていく。
「仕方ないけど、切り札を使うしかないようね」
「うん?」
「この前の事件、レイシスが主犯だってバラしちゃおうかなー」
この前ってどの事件だ。
そもそも犯罪を犯した覚えは……エーリュスフィアではないな。
「とぼけても無駄だぞー」
「いや、マジで心当たりがない」
事件に巻き込まれまくっている俺だが、どれも元凶は俺じゃない。
まさか亜人領に来る前を知ってるハズも無いだろうし。
「……え、待って、本当に? あんな事したのに気付いてないって、そんな事あり得る?」
「適当なこと言って脅す気なんだろ? その手には引っかからん」
「えぇ……」
なんか噛み合ってないな。
俺が知らない間に犯罪を起こしている可能性。
まさか穢魂の影響を受けたか?
「ごほん!」
ルカは仕切り直すかのように、わざとらしく咳払いした。
「ほら、フレイヤちゃんが誘拐されたときあったじゃん」
「あったな」
「その時にさ、学校の壁を爆散させたよね」
「また明日ー」
最適解は戦略的撤退。
が、先に動いたのはルカだった。すでに肩をつかまれている。
「さ・せ・た・よ・ね!」
「…………はい」
完全に盲点だった。
「あの件、レイシスがやったって告げ口してもいいかなーって」
「――ははは! んなもん言ったところで、誰も信じるわけないだろ!」
抜かりはない。
壁を壊してすぐ、装置がある部屋に入った時点で手は打ってある。
「ふーん、結構な自信あるんだね」
「そりゃ装置の記録から消したからな。いやー惜しかったな。はい、俺の勝ち」
こちとら元軍人、それも本職だぞ。お前が勝てるわけないだろうが。
「ふはははは!」
「あーその記録ね。レイシスが弄ってる隙にコピー取ったから」
「――ははは! …………は?」
待て。いま何と言っていた。
俺の隙を付いてコピーを取ったと、そう言ったのか?
そんな時間はなかったはずだ。あり得ない。
いや。
「――俺のデータが表示された時か」
「正解!」
たしかにあのタイミングならデータを抜き取れる。
抜き取れるが、かなり特殊な設備だぞ……。
あの短時間で操作なんて、触り慣れていないと不可能だ。
「ルカ・オラトレア、貴様は何者だ」
「生徒会長です」
「そうか」
ふざけんじゃねえ。納得できるか。
「いやー、共犯者にされた時点で自衛のためにと思ったんだけど、まさかこんな形で利用できるとはねー」
クソ、しくじった。
彼女がここまで優秀だとは思わなかった。
学園の設備を吹き飛ばしたとなれば、退学どころじゃ済まないのは目に見えている。
最悪フレイヤたちにも被害が及ぶだろう。
「……一部だけだぞ」
「聞こえないなー?」
「継承魔法、一部だけなら教えてもいいって言ってんだ」
これ以上は譲歩できない。
もしダメだった場合、もうルカの記憶を飛ばすしかない。
できれば避けたい結末だ。
「うーん……。まぁいっか。さすがに継承魔法をまるまる教えろってのも酷な話だし」
「一応言っとくが、絶対人に教えるなよ」
「分かってるって。じゃなきゃ生徒会室をこんな状態にしてないし」
それもそうか。
しかしまあ、面倒なことになったな。
ルカに教えれる部分であり、かつ彼女が満足出来そうな内容。
その条件に当てはまる場所となると、セレーナが一から組んだ部分くらいか。
それ以外は絶対にダメだ。流用すれば戦略級の魔法も作れてしまう。
ルカの場合無駄に優秀なせいで、危険度はさらに跳ね上がるだろう。
興味本位で地図を書き換えられたらたまったもんじゃない。
「なあルカ。お前はどうしてそこまで継承魔法を欲しがるんだ」
「だって気になるじゃん。自分の想像もつかない魔法の作りとかさ」
つまり理由は好奇心か。
そういえば彼女と初めて会った時も、散々魔法の話をされたな。
前に言っていた『強力な魔法を利用して好き放題したい』、なんてふざけた理由じゃなくて安心した。
「……まあ及第点か。今からで構わないんだな?」
「そりゃもちろん。じゃあよろしくね!」
そう返され差し出された右手。
俺はルカの手を取ると、指を絡めて強く握った。
「同調は全部俺がやる。楽にしてていい」
「さすがレイシス。やっぱり一人で出来ちゃうんだ」
「ほっとけ」
褒めたところで何も出ないぞ。
「さて……」
始めるとしよう。
「潺の書、第六章、第一節より継承」
彼女の魔力、その波長に自身の魔力をなじませる。
やがてピッタリ重なった俺たちの魔力は繋がり、一本の橋がかかった。
「《"イミテーション・フロードノア"》」
魔法の継承――といっても発動することなんてできない、不完全な状態だが。
そんな不良品の受け渡しが終わると、ルカは静かに目を閉じる。
恐らく魔法を読んでいるのだろう。
スクロールに書き出す必要もないとは、本当に器用な奴だ。
生徒会室は未だに魔法で閉ざされている。もちろんルカの魔法だ。
こじ開けて帰るわけにもいかず、その場でしばらく待っていると、不意に視線を向けられた。
「――ねえ、最後にひとつ聞いても良い?」
「ん? まぁ質問によるが」
「この魔法、どんな女の子にもらったの? 継承魔法なんて渡すぐらいなんだから、やっぱり彼女とか?」
「ちげえよ、ただの親しい友達だ。古くからのな」
「ふーん……。ごめん、ありがと」
そう雑に話を切られたかと思えば、彼女は軽く手を振りながら部屋を出て行ってしまった。
「おい」
もちろんかけられた魔法は残ったまま。
「あいつ、俺が解除できなかったらどうする気なんだよ……」
愚痴をこぼしつつ、部屋の隅に隠されていた魔法陣を破壊。
続けてこの場から逃げるべく、駆け足で後にした。
さっきの魔法の撃ち合い、俺のせいにされたら最悪だからな。




