103. 問題児は身構える
模擬戦騒ぎから一週間。今日が申請の最終日。
今は提出を終え、丁度帰路に着くところだった。
さて、ここで俺のペアとなった相手の顔をもう一度見てみよう。
「なによ。そんなにわたしじゃ不満なの?」
「ただ顔を見ただけだろ」
「メチャクチャ嫌そうだったじゃない」
「気のせいだ、気のせい」
そう、ミーリヤだ。
フレイヤの姉である、あのミーリヤだ。
「うぐぅ……」
「やっぱり嫌そうじゃない!」
こうなってしまった原因。
それは遡ること数日前に起きた、何気ないやり取りのせいだった。
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魔法歴史学の授業が終わり、教師が出て行って昼休憩を迎えた頃だ。
俺は渾身の力作を前にして思わずニヤけていた。
「うーむ。実に素晴らしい」
「なにをしているんですか?」
声を掛けられノートを閉じようとしたのだが、スっと覗き込んで来たフレイヤに見られてしまった。
「あの、これは一体……?」
「昨日食った夕飯の絵」
瞬間、強い衝撃と軽快な音。
発生源はもちろん俺の頭だ。
「レイ、あなたねぇ……」
「ひどい女も居たもんだな」
「あなたがそうさせてるんでしょうが! あ・な・た・が!」
耳元で大声出さないで欲しい。
もし鼓膜が破れたらどうするんだ。放課後にならないと回帰の書は使えないんだぞ。
「あぁもう! 珍しく出席したかと思えば、どうして授業の一つも真面目に受けれないのかしら……」
「さすがに心外だな。内容はちゃんと頭に入っているぞ」
「それ絶対嘘よね」
ミーリヤに睨まれていた。
だが実際本当の話だ。講義は一応聞いていた。
「今日は疾風の書の誕生秘話だろ? 風神と呼ばれた女神もとい、初代エーリュスフィア国王さまが、民衆の健やかな生活のため力を分け与えたって。まったくご立派な奴だよな」
「あ、レイシスさんでも勉強することってあるんですね」
フレイヤ、その心底驚いたって感じの表情はちょっと辞めて欲しい。さすがに少し傷つく。
「最後の余計な一言はさておき、中身はちゃんと合っているのが腹立たしい……」
「俺だって最低限のことは学んでるんだよ。退学したくないからな」
まぁアレ、隅から隅まで間違った歴史だけどな。というか美化し過ぎていて寒気がするぐらいだ。
元は効率的に人を殺すために生まれた、軍事利用目的の魔法群だぞ。
何のために全ての魔法名が短いと思っているんだ。
「あー腹減った。メシ行こうぜ」
「ちょっと待って。ここに来た用を済ませておきたいのだけれど」
「なんだ、俺を叩きに来たんじゃなかったのか。意外だな」
「――――ッ!」
震える肩、握りしめられる拳。
だがミーリヤが殴りかかって来ることは無かった。
しばらく彼女の用とやらを待っていたのだが、一向に話す気配がない。
フレイヤも若干そわそわし始めている。
仕方ない。こちらから振ってみよう。
「それで用件は?」
「…………ペア、まだ決まってないんでしょ」
たしかに決まっていないな。
アリシャに何度も断られている訳だが、さすがにそろそろ潮時か。
あとアレだ。嫌な予感しかしない。
「おーいそこのお前!」
「……あん? 俺か?」
「そうそう! お前お前! 俺たち補修仲間だしペア組まね? まだ相手見つけてなかったよな?」
「誰がお前のようなバカと組むか。ふざけるな」
補修を受けてる時点で、そっちも俺と同類じゃなかろうか。
しかし困ったな。こうなるともう打つ手はない。
「ねえ、いま何でわたしを無視したのかしら」
「あ、あはは……」
まずいな。このままでは押し切られてしまう。
よし、プランBだ。
「ミーリヤ。戦士に求められる重要な要素を知っているか」
「はい?」
「魔法の強さや戦闘力、たしかにどれも大切だ。しかしそんな物は小手先の技術に過ぎない。重要なのはもっと根源的なもの。――そう、鋭敏な危機察知能力だ」
「なんかよく分からないのだけれど、レイが適当に誤魔化そうとしているのだけは理解できるわ」
作戦失敗。完全に見抜かれていた。
悔しいが負けを認めよう。
「だってお前、この後絶対ペア誘ってくる流れだろ」
「……そんなにわたしが嫌いなの?」
いや、なんでちょっとしおらしくなるんだ。情緒不安定か?
「別に嫌ってほどじゃないが、アレじゃん」
「なによ」
「ペアなんて組もうものなら、授業を抜け出すだけで絡んできそうだし……」
まあ建前だが。
「じゃあこうしましょう。今日からペア関係なく、レイがサボったらだる絡みするようにするわ。これでもう大丈夫でしょう?」
「おい」
なんでそうなる。
「そもそもこのままだと、相手が見つからないんじゃないの? ペアを組むのは必須だってことくらい、流石のレイでも知ってるでしょうに」
「そりゃまぁ……」
こんなことになるとは思ってなかったからな。
アリシャが頑なに受け入れてくれない理由さえ分かればいいんだが、それも叶いそうにないのがまた。
「てか期限内に相手を見つけれないとどうなるんだ。延長か?」
「いえ。その時は先生の方で、残ってしまった人たちを組み合わせてしまうらしいですよ」
ということは間に合わなかった場合、顔も知らんような奴と組まされる可能性もあるわけか。
それはそれで面倒だな。
しかも俺は評判がすこぶる悪いわけだし、いくら探しても無駄な気がする。さっきみたいに断られるのがオチだろう。
「よし、ミーリヤでいいか」
少なくとも彼女であれば、俺がドラグシアから来ている事だったり、まぁちょっとした秘密は知っている。
赤の他人とペアを組むくらいなら、ミーリヤの方が何倍もマシだろう。
ふむ。冷静に考えてみれば、妥協点としては悪くない。
「というわけでよろしく――」
凄まじい殺気。そして憎悪。
思わず身構えてしまった。この前の戦争を思い出すほどの威圧だ。
「『ミーリヤでいいか』、ですって……? ねぇ、わたしこれ一発魔法撃ち込む権利あるわよね? 構わないわよね?」
「お、お姉ちゃん落ち着いて! そんな事したら先生来ちゃいますから!」
ブチ切れながら走るミーリヤと逃げ回る俺。そして慌てふためくフレイヤ。
もちろんメシの時間なんて無い。忌々しいことに、この追いかけっこで時間が潰れてしまった。
なお次の授業はベレールの講義だったわけだが、この後どうなったか、それはまた別の話である。




