番外編 大切な人からの贈り物
2018年2月14日にtwitterに投下したSSを加筆して纏めたものです。
本編終了後のあるバレンタインデーの出来事です。
「朱家の娘は莉麗だけじゃないのよ」
「……もちろん、忘れてはいないとも」
皮肉っぽい微笑みを浮かべる玉蓮を前に、エドワードはがっくりと肩を落とした。若く着飾った令嬢に対して失礼だとは分かっていても、落胆を隠すのは難しかったのだ。
今宵の夜会に、朱家の当主は令嬢を伴うと聞いていたから。久しぶりにリリーに会うことができるのではないかと、否、会えるものだと思い込んで舞い上がってしまっていたらしい。
考えてみれば、朱威竜が簡単に娘を彼と会わせてくれるはずはない。それも、恋人や親しい友人が想いを伝え合うこの日に限って。だからこそ、という勝手な期待も、もしかしたらあったのかもしれないが。
「老朱は私を信用していないのは分かっていたんだ……」
「信用してるわ。少なくともワタシには何もしないし何とも思っていないでしょ?」
洋装を纏った玉蓮が、以前より滑らかな本国語を操りながらエドワードに手を差し出す。女性――それも、華夏の女性からにしては、大胆なダンスの誘いだった。礼儀としても、リリーの話を聞かせてもらうためにも、エドワードが断るはずがないのを分かっているのだ。
纏足をしていない玉蓮は、ドレスの裾を翻して優雅に、見事に踊った。どこの家の令嬢かと囁く声がエドワードの耳にも届くほど。彼女の父の名も、生地を提供した彼の商会も、一度に宣伝してくれることになるだろう。願わくば、いずれ彼女の妹――リリーも、こんな華やかな場に出られれば良いのだけれど。
「ああ、楽しかった!」
曲の終わりと共に、玉蓮はくるくると回ってエドワードの手を離した。手の中に残るのは彼女の温もりだけではなくて――何か、固いものを手渡されたらしい。でも、エドワードが声を上げる前に、玉蓮はにこりと笑った目で黙らせる。
「父様には内緒。……莉麗からよ」
小さな声で囁かれた愛する人の名を聞いて、エドワードは掌の何かを握りしめる。
「太太や母様と皆で作ったお菓子。とても美味しいはずだから――次に会う時に感想と……お礼を用意しておくことね」
「ああ、もちろん」
顔を寄せ合って言葉を交わす彼らふたりはもしかしたら恋人同士に見えたかもしれないし、それが噂になれば彼は朱威竜の信用を一層失うのかもしれない。だが、そんなことに気を配る余裕は今のエドワードにはなかった。リリーとの繋がりを実感できるのは、本当に久しぶりのことだったから。
初恋を知ったばかりの少年のように胸を高鳴らせながら、エドワードは渡された小箱らしいものを大切にしまい込んだ。




